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「あれ、宮さん、おかえりなさい」

「あ、ただいま」


 あちらこちらからおかえりなさいの声がかかる。近所のおばちゃん達……もとい、花森商店街婦人会の皆様方だ。だいたい、祭事で人手が足りないときは婦人会の人達にアルバイトに来てもらうことになっている。このおばちゃん達はそれなりに統制もとれていて、なかなか侮れない戦力なのだ。


「宮さま、福餅、福豆共に袋詰は終わりましたので、今日は境内の清掃をしていただきました」


 禰宜の山城さんが頭を下げる。


「そう。じゃあ、後は僕の仕事だね。了解」


 この餅と豆に祝詞をあげるのは斎主である僕の仕事。祝詞をあげるといっても、ようは身を清めてから姫様に御願いをするのだ。ちょっとした幸運を分けてもらえるように。

 僕はまだ16歳になったばかりだが、既に「正階」という階位を持つ宮司でもある。

 これは実は特例措置だ。この年齢で「正階」を得ることは普通できない。所定の研修を受けるか、養成所に通わないと取得できないものだからだ。

 でも、うちの神社は世襲を定められている。世襲を定められている神社っていうのは神と祭祀者が何らかのかかわりがある場合が多い。もちろん。うちもその例に漏れず。

 で、うちの社格から言うとうちの神社の宮司には「正階」を持っていないとなれないのが近代神社制度で定めた決まりだ。本来。こういう場合どうなるかというと、僕が成人するまで……というよりは正階を取得するまでの間、本庁から代理として宮司代務者が派遣されてくるのが普通だ。

 でも、あっさりと姫様に却下された。まったく聞く耳もたずで却下だった。

 姫様曰く『我の祭祀者は幼かろうと何だろうと昌文であるのに、なぜそうでないものを置かねばならぬ』

 神様が人間のルールに従うか……答えは誰に確かめるまでもなく、否だ。従うわけがない。

 神様には神様のルールがあり、人間がそれを曲げることはまずできないものなのだ。

 だから、当然、曲げざるをえなかったのは人間のほうだった。

 紆余曲折の結果、神社本庁は苦渋の決断でたった十歳の僕を正階の宮司に任じた。これはきっと特例中の特例だろう。姫様にどれだけ脅されたのか、ちょっと知りたい気がするけど、聞かないであげるのが人情だろう。


「明後日までに全部御願いしますね。土・日はお札と御守りですから」


 山城さんは年齢不詳に見えるけど、そろそろお嫁さんに来てもらわなきゃいけない三十五歳。

 山城さんちの家は代々、うちの神社の禰宜であり敷地内の稲荷社の神主を務める家柄だ。うちの神社の禰宜でもあるのは、稲荷社の白狐様が姫さまのお使い狐だから。

 婦人会の皆様がたくさん持ち込む見合い写真に目もくれない。まあ、仕方ないよね。山城さんがお仕えしている白狐様が大概の女の人を気に入らないからね。

 稲荷社の白狐様はモデル顔負けの美形なお狐様だ。でも、女嫌い。あれは絶対に何か女性にトラウマ抱くような事件があったと見た。恐いから口には出さないけど。


「はーい」


 ふっと空気が張り詰める。


「おかえり、昌文」


 姫様だった。

 山城さんがすぐに膝をついて頭を垂れる。


「ただいま、姫さま」


 僕の足元に子狐達がまとわりついてくる。

 もちろん、ただの狐だと思ったら大間違いだ。


「用事を済ませたら奥においで。おいしい菓子がある」

「……梅香堂さん?」


 梅香堂は姫様が気に入っている花森商店街随一の老舗菓子舗だ。毎週、必ず菓子を献上してくれているうちのお得意様。


「いや。山城の土産じゃ」

「え、山城さん、出かけたの?」

「あ、いえ、明日から権宮司として当社で勤務する深沢という者がもってきたものでして……」

「ああ、来るって言ってたね」


 うちの神社は一般神社だけど権宮司がいる。本当はうちの神社には置かない職階だけど、これは僕が高校生で宮司なのでそれを補う為の特例措置だ。まあ、お目付け役みたいなものかな。神社の仕事自体は、僕と山城さんで何とかなるものだから。

 本庁でどう考えているのか知らないけれど、権宮司は、長くて一年くらい、短いと一ヶ月で代わってしまう。

 五年前、僕が宮司になった時からこの間の高山さんまでで12人。ちなみに高山さんは、うちにいた半年の間に髪の分量が半分になってしまった可哀想なおじさんだ。半年いたんだから結構長い方だったんだけどな。


「ご挨拶は明日ということで、今日は寮の方で引越しをしております」


 神社の裏門の脇に職員の為の寮がある。単身者の為の1DKだ。


「そう。……どこからきた人?」

「奈良です」

「へえ……でも、なんでわざわざ奈良からうちなんだろうね?」


 都心までは電車で40分。都内に比べれば格段にのんびりとしている田舎で、そもそも神社なんて京都や奈良の方がたくさんあるだろうに。


「さて……本庁の考えていることはあまりわかりませんので……」

「まあ、そうだよね」


 うちみたいな田舎の神社は、僕みたいな特例措置でもない限り、本庁と関わることなどまずない。


「誰が来ても問題などないよ。それよりも、山城、茶をいれるがよい。和藤園より献じられたものを濃い目にな」

「かしこまりまして」


 山城さんは恭しく頭を下げる。山城さんの階位は明階。伊勢神宮以外ならどこでも宮司になれる高い位を持ってるのにうちの禰宜をやってるのが不思議だ。階位で言うなら僕は山城さんより一つ下なのだ。でも、山城さんは所詮階位など人間が決めたことだから……と言う。姫さまには勿論の事、僕にもとても恭しい。


「どんなお菓子なの?」


 奈良の名物なんて柿の葉寿司しか思いつかない。


「干し柿と芋を使ったもので、これがなかなかの逸品でな」


 姫様が気に入ったという事は、おいしいということだ。


「楽しみ。……すぐに着替えてくるよ」


 子狐達にせかされながら僕は自室に戻った。

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