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「宮さんのお弁当、相変わらず、すごいね」
食堂で同じクラスの山田さんに声をかけられた。
「まあね」
僕の弁当は小さい二段重ねの重箱と決まっている。
「いつもすごく綺麗」
「ご存知のとおり、うちの厨房を取り仕切ってるのはプロだからね」
いいな~と山田さんと知らない女の子たちのグループが口々に言う。
彼らは例え弁当といえどこれっぽっちも手を抜かない。確かに毎日おいしいものを食べさせてもらっている。
とはいえ、二段が重ねの重箱はかなりの容量だ。育ち盛りとはいえ、勿論、全部食べられるはずがない。
「昌文、ほれ、リクエストの烏龍茶」
「さーんきゅ」
杉江が隣の席に座る。
「こっちは、コンソメスープだ」
矢田は向かいだ。
この二人は幼馴染だ。矢田は幼稚園から。杉江は小学校三年生からずっと一緒だ。
杉江の家は共働きで、矢田の家は母親がいない男所帯だから弁当まで手が回らない。だから、僕が弁当を提供する代わりに、飲み物やおやつなんかは二人が用意してくれるのが暗黙の了解になっている。
「今日は千鳥さん作だよ。宮下さんも神戸さんもお休みだから」
「……なんで?」
通常なら二人が一日交代で僕の弁当を作る。弁当を作らなかった方が、その日の神社の賄いを担当する。
両親を早くに亡くしたせいで僕は『お袋の味』というものを知らないが、うちのごはんは美味しいので不自由を感じた事はない。
「風邪」
「めずらしい」
「まあね。でも、たまにはいいと思うよ……二人とも毎日張り合って大変なんだから」
重箱の一段目にはチャーハンのおにぎり。二段目には彩りも鮮やかなおかずがぎっしり詰まっている。
「おお、エビチリに春巻きにしゅうまい……すげえ、うまそう」
杉江はいただきます、と手をあわせる。
つられて僕と矢田も手を合わせた。
千鳥さんの作るエビチリにはふわふわの卵が入っているのが特徴だ。卵がチリソースとからみあっていて本当においしい。エビがなくてもこのソースがあればご飯三杯はいける。
「これは何だ?」
矢田が箸にとったのは蓮根。
「ああ、蓮根の飴だき。甘いから最後がいいかも」
青菜と豚肉の炒め物は生姜がきいている醤油味。しゃきしゃきした青菜の歯ざわりがよくて、そんなに野菜は好きではないのについつい食べ過ぎてしまう。
カキのぴり辛フライは姫さまの好むものの一つで、下仁田ネギがたっぷりなのが千鳥さん流だ。
千鳥さんが作るのは、台湾の家庭料理をベースにしたもので、あまり油を使わないものが多い。あっさりしているのにボリュームもあって食べ盛りの男子高校生でも大満足だ。
「昌文、今日はどうすんの?」
杉江と矢田は僕を名前で呼ぶ数少ない人間だ。
「え、まっすぐ帰るよ。節分の準備で忙しいんだ、今」
2月3日は節分だ。うちの神社は年間に百以上の行事がある。
そのうちの八割強が神事で、残る二割弱が祭事。節分は両方だ。
「豆と餅まくんだよな」
「そう。あと「古神札焼納」と「追難弓」がある」
「なんだ、それ」
「古いお札を焼くのと、弓引いて厄払いをする神事。どっちもあんまり一般の人には関係ない」
この二つは神事だから、一般の人は出席しない。神職にある人間と氏子総代だけでとりおこなう。
うちは、基本的に神事には一般人は入れない。
「へえ。……昌文は何やんの?」
「俺は宮さんだからいろいろ……」
姫様に言われていつも右往左往。とにかく忙しい。
「……とりあえず今は帰ると福豆と福餅の小袋詰めやってる」
うちの神社はこのあたりの一之宮だ。初詣の人出もすごいけど、節分もそれに負けず劣らず。この小袋詰めは近所のおばちゃん達をアルバイトに総動員するくらい大変な仕事なのだ。
「いつも忙しくしてるよな、毎月毎月何かやってんじゃねえの?」
「行事多いからね、ウチ。……まあ、氏子さんが熱心なのもあるけどさ」
ご利益あるから熱心なのか、熱心だからご利益あるのか……とにかく、毎月、行事が多い。
『斎主』である僕はそのほぼすべてに参加しなければならないのだ。
「スギと矢田は部活?」
「そ」
「ああ」
スギは新聞部で矢田は弓道部。矢田のお祖父さんは、僕の弓の師でもある。
「……昌文、夜、弓引きにいっていいか?」
「どうぞ」
うちの神社には弓道場がある。どうせ、僕も毎日ひいている。
弓を引く神事は少なくないし、今の時期は追難弓を控えているので、練習は欠かせない。
「何か大会あるの?」
「いや。6時までしかできないからちょっと物足りないだけだ」
「社務所に寄ってくれればわかるようにしておくから」
「わかった」
うなづくと、矢田はいつものクセで中指で軽く眼鏡の縁をもちあげた。
(何か話したいことがあるのかな……)
別に理由は無かったけど、何となくそんな気がした。