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「じゃあ、いってきます」


 八時ジャストに僕は神社を出る。

 神社から僕の通う森之宮高校までは十分弱。森之宮高校はこのあたりでは一番の進学校で、越境入学者も多い名門校だ。

 元は森藩二万石の藩校で、その為か武道に特に力をいれている。

 僕は幼い頃から剣道と弓道をやっているが、神社の仕事がいろいろあるので部活には入っていない。朝夕の神社内にある道場での稽古がすべて。神職として役に立つ腕を必要としているだけなので、別に学校で部活をする必要はないのだ。


「気をつけるがよいよ」

「ん。大丈夫だよ。御守りあるし」


 そっと首元の御守りに服の上から触れる。姫様が手ずから用意してくれた御守には姫様の神力がこめられていて、いざという時、僕を守ってくれる。危険の近くに踏み込んだりすると、手のひらサイズのかわいらしい姫様が御守の中から出てきて危険を知らせてくれるのだ。小さな姫さまは、普段は神力をたくわえるためにお守りの中で眠っているらしい。姫さまに見送られて、自転車を漕ぎ出す。


「おう、おう、昌文、今日は飛ばさないでいいのかよ」


 声がした。


「あー、クロウ……自分でこぐから大丈夫だよ」


 自転車のハンドルのところに、佐川急便のマークのような飛脚の格好をした半透明の少年が浮いている。

 名前はクロウ。一応、こんなんでも神様だ。たぶん、自転車の神様だと思うんだけど、八百万とはよく言ったもので神様はいろいろなものに宿るので正確には何の神様かはわからない。


「俺っちに任せとけって。絶対、おまえより早いから」

「あー、いや、そうじゃなくってさ……」

「ふふん。俺っちに勝てるヤツなんざ、いやしねえぜ」


 僕は、人の話を聞かないのが神様の特徴だと思う。もしくは、姫様のように話は聞いてくれても、結局結論は変わらないのどちらかだ。


「……普通でよろしく」


 せめて、付け加える。


「がってんでぇ。いーっくぜーっ」

「普通だよ、普通!」

「わーってるって」


 でも、僕の言葉にも関わらず、黒いオーダーメイドの自転車はおそろしい勢いでスタートをきった。


「車をぬかすなーっっっ」


 僕がこいでいるわけではない。むしろ、足がペダルに巻き込まれないように必死だ。


「おれっちがあんな図体でかい鋼の塊に抜かれちゃなんねえだろうよ!」

「ばかっ、僕の足が壊れるっ」

「ヤワだなー。もうちょっと鍛えたらどうだ?」

「違うから!スピードおとせー」

「ちっ、仕方ねえなぁ」


 舌打ちが聴こえる。だいたい、ハンドルに交通安全の守札をべったりはられているというのに役に立ちやしない。

 姫様、食べ物以外にあんまり興味がないからなぁ。

 暴走する自転車にまたがりながら、僕は小さな溜息をもらした。




 ◆◆◆




「おはよ、宮さん」

「おはよ」

「宮さん、おは」

「おはよ」


 僕のことを、大概の人間は『宮』とか『宮さん』と呼ぶ。概ねこれは、お宮さんの子供……つまり、神社の子という意味だ。

 神社の人間が僕を『宮さん』と呼ぶ時は意味が少し変わる。彼らがそう呼ぶのは、僕が姫様に選ばれた者……神社の斎主であるという意味からで、これはちょっとのようでなかなか大きな違いなのである。なんか、皇族とかどっかのえらい人みたいだけど、あまり気にした事が無い。


「なあ、なあ、宮さん、節分の日って神社で何かやるだろ?屋台出んの?」

「出るよ。境内の参道沿いに20くらいかな。でも、昼間だけだから」


 商店街は商店街でいろいろ店先でやるので、いわゆる縁日の屋台の人たちは境内で店を出す。いつも来るテキ屋の親分さんとも打ち合わせをして、姫様のお好きな飴細工の人とわたあめは絶対にいれるように言ってある。この二つがないと姫様の機嫌は途端に悪くなるのだ。

 うちの祭事に来る屋台の人たちはかなり厳選されている。まずかったら絶対に売れない。うちの境内では雰囲気で売れるなんてことはまずない。その代わり、おいしかったら長蛇の列だ。


「去年来た焼き鳥の人来るかなぁ?」

「ああ……あの人は屋台やめてお店開いたんだよ。今年の初詣の時に御札買っていったから」


 去年、一番人気だった屋台は子狐さん達全員の強い推薦で焼き鳥。その後も屋台がとても繁盛したので店を構えることになったらしく、御礼参りに来たのだ。


「へえ」


 姫様は最近、密かにグルメな神様として知られているらしくて、最近絶対に料理人とかその類の人だとわかるお参りの人が増えた。

 うちの宮下さんも神戸さんも未だに精進、精進といって努力と創意工夫を怠らないし、うちの付近の店では『姫神さん御用達』と言われて、うちの神社に店の品を納めることが名店の証とされている。三丁目の丸鉦豆腐や二丁目の魚正などは毎朝早朝に神饌としておさめにくるし、梅香堂もほぼ毎日のようにおさめにくる。

 『萱蕎麦』という全国チェーンの蕎麦店の本店は今でもこの花森商店街にあり、支店を出す際には必ずその支店の職人が本店に修行に来る決まりになっているそうだ。


「宮さんち神社ってグルメ神社って言われてるんだろ」

「そういうのは、勝手に雑誌の人が書いてるの。うちの神社は厄除けだってば。まあ、お稲荷さんと七福さんもいるから商売繁盛とか金運招来とかもあるけど」


 単に姫さまがおいしいものが好きなだけだ。姫様に納めが叶えば一流の料理人の折り紙をもらったようなものだけど、だからといってお店が繁盛するとかそういうのは別の話。姫様は、所詮、自分自身の努力だといつも言ってる。


「宮さんって将来、神主さんになるの決定なんだろ?」

「うん。っていうか、もう宮司だから」

「え、もうそうなの?」

「そう。特例だけどね」

「へえ~」


 感心したような表情。でも、別に感心されるようなことじゃない。


「……つまんなくない?将来、選べなくて」

「別に……僕、宮司になりたかったから、ずっと」


 僕の幼稚園の文集を見るがいい!将来の夢は宮司だ。小学校の卒業文集も、中学の卒業文集もみんな将来の夢は同じだ。


「なんで?」

「え、そりゃあ、うちが大好きだからに決まってるじゃん」


 うちというか、僕は姫様が大好きだ。姫様の斎主である自分が何よりも大事。だから、努力するのも苦にならない。

 特例を当然にする為の努力は怠らないようにしているのだ。

 ゆえに、僕の学校の成績は悪くない。好きなものの為にする努力は楽しいものだ。

 ……数学だけは勘弁して欲しいけど。


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