表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

黒髪の乙女は光を抱く

ステルラと闇の精霊

最近、ずっと考えていることがあった。

以前壊滅させた《血を欲するものたち》、戦闘において感じる力不足、

ノワールに対する劣等感。

リリーを守るのは自分だと、凍りついたはずの心が叫ぶ。

だから、この機会はステルラにとって好機だった。


「少し、用が出来ました。先に眠っておいて下さい」


宿の食堂で食事を取り、もうそろそろ休もうかという時だった。

相変わらず3人は年頃の男女というのに、同じ部屋を取って休んでいた。

このパーティー唯一の常識人であるステルラにとって悩ましい問題ではあるが、

リリーが一人で眠れないというのなら仕方がない。

それに自分が却下すれば、アレクシスと二人部屋を取るからいいですと笑顔でリリーが言うものだから、性質が悪い。


「めっずらしーっ。ステルラが夜遊びなんてさ!」


骨付きにかぶりつきながら、アレクシスがニコッと笑う。


「夜遊びだなんて…!ステルラさん、わたしじゃ、やっぱり満足出来ませんか?」


アレクシスの発言に悪ノリしたリリーが涙目になりながらステルラの腕を掴む。


「ご、誤解を招くような発言はやめてください!二人とも!!」


周りで食事を取る人間たちの冷たい視線に気がついて、ステルラは顔を真っ赤にしてリリーの手を払いのけた。常に無表情の彼が表情を崩す数少ない瞬間に、アレクシスとリリーは嬉しそうに顔を見合わせた。

ステルラは頭を抱えつつ、マフラーを巻きなおす。


「…知りあいがこの街の近くにいるんで、会いに行くだけですよ。ちなみに、女性ではありませんから」


「なーんだ、つまんないの。ね、リリー」


「そうですね。……でも、本当に大丈夫ですか?」


リリーの桃色の瞳が、心配そうにステルラを映す。

彼女は僕の思惑に気づいているのかも知れない――なんて一瞬考え、ステルラは心の中で否定する。感知能力に優れている彼女でも、人の心は読めない。


「心配はいりません。それと、アレクシス。リリーに変な真似したら凍らせますからね」


「こぇー」


そうして能天気に肉を貪り食うアレクシスと、やはりどこか心配そうにその背中を見つめるリリーに見送られ、ステルラは宿を出た。



黒の濃淡のみで、その他の色が一切ない――闇の精霊。


「精霊というからもっと厳かな感じかと思っていましたが、えらく俗物的なんですね」


男性の形をした精霊は、スーツ姿に、長い髪を後ろで結んで、モノラルを掛けている。

各地に存在する常闇の洞窟に呼び掛けることで、召喚できる闇の精霊でも、

ステルラは上位の存在を呼び出したはずだった。


≪それ、精霊仲間にも言われるんだよね。お前は威厳が無いのか―てね≫


しかもやけにフランクに喋る。

濃い闇の魔力とプレッシャーさえなければ、目の前の精霊が上位だとは信じられない。

これまでの旅の中で見かけた精霊たちの姿と、闇の精霊の姿を重ねて、苦笑するしかない。


≪それで、人の子。キミは、闇をその血に宿したいんだ?≫


闇の精霊は、美しい容貌を皮肉げに歪ませる。


「愚かとお思いでしょうね」


ステルラは自嘲する。それでも、闇の精霊から目を逸らさなかった。

ここで引くわけにはいかない。

精霊はふわりと浮いて、くるくるとステルラの周りを飛び始めた。

実体のない手でステルラの頬を撫で、ふっと笑った。


≪キミから、あの女の気配がするね。ノワールの気配も。

――――ふーん、どこまで識ってるの?≫


「…さあ?貴方こそ、何をご存じなのですか」


ステルラは曖昧に肩をすくめた。


≪ボクにカマかけているつもり?ふんっ、小賢しいなあ~。

…でも、いいか。身の程知らずなキミに、ボクの力を分け与えてあげる。

だけど、分かってるよね?キミがいくら貴族だからって、新しい属性を宿すことの難しさをさ≫


「実際に見てきましたからね」


頷いて、≪血を欲するものたち≫のことを頭に浮かべた。

本来宿らぬ属性をその血に宿らせる時の代償。


―――炎は、精神を焼き尽くす。

―――水は、精神を押し流す。

―――風は、精神を吹き飛ばす。

―――土は、精神を崩す。

―――光は、精神を消し去る。

―――闇は、精神を呑み込む。


特に、闇は扱いが難しい属性だ。赤い瞳が特徴の魔族の多くは、闇を司る。闇の貴族もいるにはいるが、その絶対数は少ない。ステルラがこれまで会った貴族は、みなどこか陰鬱な表情をしていた。

ただ、彼女だけが。リリーだけが、闇をその身に宿しながらも、輝いていた。


「僕はもうリリーのためだけに生きているのです。だから、彼女と同じ属性を宿したい」


≪ボクには理解しがたい感情だなあ。愛ってやつ?≫

そう言って、闇の精霊は軽薄に笑った。



「ツヴァイ、フィア――氷よ刃となれ」


掌に水と風の魔力を集め、氷の刃を創り出す。ステルラは刃で躊躇いもなく、腕を切りつけた。鮮血がとめどなく流れ落ち、闇の精霊が展開した魔法陣を染め上げていく。


≪闇よ、血に絡みつき、浸食し、宿れ≫


闇の精霊の身体が指先から溶けだし、ステルラの傷口に吸い込まれていく。


「……っ!!」


異物感に、眉をひそめる。闇の魔力が流れ込んできた途端、全身を負の感情が駆け巡る。

過去の嫌な記憶、醜い感情が次々と蘇ってくる。脂汗が流れ、心臓が激しく脈打ち、酸素を求めて喘ぐ。


「僕は……っ、リリーを守るためならなんだってする…!!」


それがステルラの決意。

ステルラと契約した上位の闇の精霊。

人間生活に興味津津。俗物と成り下がったと、

他の属性の精霊からは蔑まれ、同属からはもっとそれらしくしてくれて懇願されていたりする。

リリーの存在が興味深いので、ステルラと契約したに過ぎない。

あくまで暇つぶし。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ