墓参り
17日、今日も休み。
だからというわけでもないが、お盆ということもあるので、親の墓参りにでも行くことにしようと決めた。
街の外へ出る時には、教頭へ申請を出す必要がある。
生徒に何かあった時のための緊急連絡先のようなものだと思えば、納得はできる。
「じゃあ、日帰りってことですか」
「まあ、仕方があるまい。校長と委員会の方々からの指示だよ」
「教育委員会からの指示でしたら、仕方ないですね」
公立ということで、ここは教育委員会の指揮下にある。
教頭は妙な間を開けて。
「あ、ああ。そうだな。上からの指示っていうことさ」
それからいつものように軽く笑って、俺に許可証を出してくれる。
「公休という扱いになるから、常用タクシーを使ってほしいのと、領収書を持ってきてくれたら、清算しよう」
「分かりました。では、そのようにします」
俺は教頭に挨拶をしてから、カバンを持って墓参りに出かけた。
タクシーは気を使ってくれたのか、教頭が呼んでくれたようで、高校のすぐ前に止まっていた。
「どちらまで?」
「河面霊園まで」
「あいよ」
ゆっくりとタクシーは動いていく。
俺は、それから記憶がしばらく飛ぶ。
どうやら、疲れていたようだ。
すっかりと眠りこんでいたと、タクシーの運転手が教えてくれた。
昼間のうちに着けたようで、受付のところへと向かう。
ベルを押したが、誰も来ない。
どうやら壊れているようだ。
「すみません、誰かいますか?」
事務室の中に声をかけても誰も返事をしない。
仕方ないから、受付のところに名前を書く神があったから、適当に名前を書こうとすると、インクが出ない。
もういいやと思い、俺は親の墓へと向かうことにした。
場所はいつもと同じところ、B区画の39番だ。
なんとなく、毎年来てしまうのだが、今年は違っていた。
「おや、今年も来たのですか」
ご老人が、墓を先に洗っている。
「えっと、どこかでお会いしたことがありますでしょうか…」
「ああ、昔々のことだから、忘れているだけだろう」
老人は、しゃがみながらも雑巾でゴシゴシと力強く洗い続ける。
「しかし、息子の墓を磨く事になろうとはな……」
「“息子”の?」
その時、初めて違和感を感じた。
「…お主は、まだこちら側に来るべきではないようだな。孫よ」
老人が立ちあがり、それから俺に向かって何か言った。
何を言ったのか、それどころか、それからの記憶はあいまいだ。
気が付いたら、俺は深い霧の道、タクシーの中でゆられていた。
「おや、お目覚めですか」
「ここは、どこですか」
はっきりとする意識。
俺がどこにいるのかを聞く前に、既に場所は分かっていた。
「帰り道の山道ですよ。ちょっと霧が出てきましたが」
タクシーの中でも、下っているという感覚はある。
「どうしますか、直接家の方に送りますか?」
「よろしく頼みます」
「はい、分かりました。住所については大丈夫ですよ。教頭先生の方から先に頂きましたので」
なら、安心だ。
でも、何か大切な記憶が無くなっているような気がして、仕方がなかった。
家へ着くと、お金を支払い、領収書を受け取って、タクシーを降りた。
そして、荷物を下ろした時、無くしたものに気が付いた。
タクシーを見送り、家へと入るとすぐに確かめる。
「こちら側へくるべきではない」
自分以外の人が書いたメモだ。
それが、忘れていたものの正体だ。
こちら側とは何なのか。
それに、あの老人は俺の親を“息子”と呼んでいた。
そして自分を“孫”だともいった。
とすれば、あの老人は、俺の死んだ祖父になるはずだ。
別に霊感があるわけでもない俺が、なぜ唐突に祖父が見えるようになったのか。
そして、祖父が何を言いたかったのか。
それを突き止めることが、俺の優先事項となった。
最優先なのは、学校の授業であることは、言うまでもない。