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僕は宮廷魔導師  作者: ゆうき
裏返った現実
20/20

20話 僕と新しいたまり場

「あわわわわ……」


 僕の家は今、襲撃を受けている。


「ん~……ベッドの下には何も無いわね。キリアー! そっちはどう?」


 ベッドの下に顔を突っ込んでがさごそと物色をしているドラゴンスピリッツのマスターことエレナは、お目当てのブツを見つけられなくて残念そうにしていた。ふんっ、見つかってたまるか!


「こっちには何もないわー! くそう、私の勘が此処にあるって告げていたのに……!」


一方キリアは冷蔵庫の中を探し終えてリビングへと戻って来た。


「あらあら~本当に何も持ってないのかしら~?」


 こちらアンジェラ。彼女は最初から僕と一緒にソファーに座っていた。どうやら最初からいかがわしい物は何も持ってないと踏んでいたのだろう。何気にドラゴンスピリッツの中ではアンジェラが一番要領がいいのかもしれない。


「ま、現実じゃないしな」


「でひゃひゃひゃ! ゲームの中にまでエロ本あるとか運営も分かってるよな!」


「そりゃそうだけど……しかしまぁ、マイホームねぇ」


 3バカは3バカで始めこそ探す素振りを見せていたけど、僕が涙目になっているのに気づくとすぐに探すのを辞めてくれた。……どうやら、友達に自分の部屋のガサ入れをされるという苦行を分かってくれたみたいだ。


 と、いう訳で僕の家のガサ入れが始まって既に10分。未だ躍起になって探しているのはエレナとキリアの二人だけとなった。


 僕はもう見つからないだろうと踏み、自分の部屋に戻って金庫の暗証番号を入力し始めた。


 


 アースガルドオンラインではPKをされると自分の所持金を奪われる為、倉庫の他に『金庫』というシステムが存在する。文字通り、金銭や貴重品を保管するシステムだ。倉庫には収集品や装備などを詰め込めるだけ詰め込む事が出来るけど、お金だけは保存する事が出来ない。まだ金庫というシステムが実装される昔に高レベルプレイヤーが他のプレイヤーの家のセキュリティを破り、保管していたお金を根こそぎ持っていってしまい、運営にかなりの数の苦情が届いたからだ。


 運営はこの件を踏まえ、倉庫の他に金庫を作った。金庫は自分以外のいかなるプレイヤーも開けることが出来ない。住民票に記載されている番号というパスワードが必要だからだ。


 さすがに、このパスを知られてしまうとどうしようもない。そこまでは運営は関与しないと明言していた。



 僕はパスを打ち込み、金庫を開けた。そこには自分の貯金額が記載されたIDカードと、思い出の装備品が眠っていた。


 初めてアースガルドオンラインの大地に立った時の装備。初めて魔道師になったときに、錬金術師のミツミからお祝いにと貰った杖。初めてレベルがカンストしたときに貰った祝いの品など、その装備達を見つめる度、僕の脳裏に走馬灯の様に思い出が蘇って来る。


 今思うと、あの頃は楽しかった。攻略情報など存在せず、とりあえず見つけたダンジョンに突撃して即死し、その失敗談を掲示板に報告する。そして徐々に未知のダンジョンを踏破し、敵の弱点などを報告する日々。


 このゲームから抜け出せなくなった今、その掲示板を見る事は叶わない。全て自分の経験というデータベースを頼りにするしかないんだ。


「カズキー! お金もったー?」


 ……どうやら少しの間感傷に浸っていたらしい。僕はIDカードを手に取り、過去の思い出と共に金庫の扉を閉め、皆の下へ戻る事にした。


「お、お待たせしました。エレナさん、これをどうぞ」


「ん? ……うわー、うわー。見た事の無い額が載ってるわ」


 100M。百万の百倍。一億。エレナの瞳に$が浮かんでいるんだけど、突っ込みをいれるかどうか迷うな……。


 どうやら皆も気づいていたらしい。一同、エレナにじと~っ……とした視線を寄せていた。


「……エレナ? カズキくんのお金。クランのたまり場のお金」


「も~エレナちゃんってお金大好きなのね~」


「エレナの姐さん、まさかとは思うけどピンハネとかしないっすよね」


「ぶははは! どこの世界でもカカア天下って奴か!」


「おま、しっー! しーっ!」


 総スカンとは、この事か。


「……はっ! みんな! 急いで戻ってクランホームの再契約をするわよ! 転送の羽使えないんだから。ほら、駆け足!」


 何気にサラっとひどい事を言われているエレナだったけど……バツの悪さの方が勝ったみたい。赤い顔して必死に誤魔化してるけど、全然迫力がない。ほら、その証拠に皆ニヤニヤしているし。



 ちなみに3バカのお笑い担当がエレナをからかい続けて、臨界点を見極める事が出来なかったのかどうかは知らないけど、世界を狙えるアッパーを食らって車田飛びをしていた。ああ、エレナの後ろに銀河が見える。


「カズキくん、教育に悪いから見ちゃだめだからねー」


「そうよカズくん~。ほら、私達は先に行きましょう?」



 そんなエレナと3バカをよそに、キリアとアンジェラは僕を笑顔で見つめてきた。……あの、お二人は何で笑顔でこっちににじり寄ってくるんでしょうか?


「行きは3バカさん達でしたから~今度は私達が運ぶわね~?」


「アンジェラ、途中で交代よろしくね」


 くっ、運営が逆セクハラを導入しなかったのが悔やまれる……! 恥ずかしいのと嬉しいのがごっちゃになって僕の顔に熱が集まってくる。エルフも空を飛べればよかったのに。そして後ろから両脇に腕を入れられ、ひょいと持ち上げられる僕。鏡を見なくても分かる。かおまっか。


「んふふー。アンジェラアンジェラ、これからの移動はこうしよっか」


「そうね~カズくんも喜ぶだろうし」


「ぼ、ぼ、僕は嬉しくなんか」


 顔に続き言ってることも真っ赤である。


 余談だけど、僕の運び方は数種類ある。始めはおんぶだったんだけど今はお姫様だっこが一番多くなっている。




 カラン カラン



 とは鳴らなかった。少しの間ではあるが家主の居なくなってしまった酒場は更地になっていた。NPCのバーテンダーも居なくなってしまった。あちこちに散らばっていた空の酒瓶や、棚に陳列されていた酒も綺麗さっぱり無くなっていた。誰かここに残っている人が居ないか少し期待していたけど、その願いも届く事は無かった。本当に昔の同盟先に移籍してしまったらしい。


 その光景を目の当たりにし、皆少し寂しげな様子だったけど、エレナが頬を一度叩いた後皆に語りかけ出した。


「居なくなってしまった人の事を悔やんでも仕方ないわ。早く契約して、建物だけでも元に戻すわよ」


 早くもエレナにはクランマスターとしての自覚が生まれ始めていた様だ。こういう時、必ず舵をとる人間が必要だ。マスターは皆を鼓舞する必要がある。


「今の私達は弱小も弱小。でも、いいじゃないそれで。ここにいる7人はドラゴンハートの心を受け継いでいるわ」


 エレナが皆を必死に励まそうとしている様子が表情からも見て取れる。彼女は大学生だと言っていた。何時になったら脱出できるか分からないゲームの中、不安に押しつぶされそうな中、彼女は自分の折れそうな心を必死に押し込めて皆を激励する。


「一人でも残っている限り、ドラゴンハートは死なない。私は絶対にこのクランを潰さないわ。だから、ドラゴンハート(皆の拠り所)が絶対に壊れる事もない」


 気迫溢れるその様子に、普段はおちゃらけている3バカ達も真剣な様子で聞き入っている。無論、キリアも、アンジェラも、僕も。


「だから、ドラゴンハートを見限った連中を見返してやろうじゃない。脱退していった連中が戻ってきたいとお願いするような、そんなクランにしてやるわ。私は、絶対に諦めない!」


 ……エレナは、現実でも皆を引っ張っていく様な性格をしているのだろう。他の皆とは圧倒的に交流を持った時間が短い僕でさえ、それが手に取るようにはっきりと分かった。


「以上! ドラゴンスピリッツのたまり場を作るわよ!」 



 まるで物語の演説を聴いているようなそれを聞き入っていた僕らは、白昼夢から無理やり引き戻された様な感覚とでも言うのだろうか、不思議な感覚に陥っていた。


 エレナが四苦八苦してコンフイグ画面をいじくっている。……ここでスパっと作業が終われば格好良く締まったんだけどねぇ……。


「……アンジェラ、ちょっといい?」


「はいは~い。どうしたのエレナちゃん」


 アンジェラはニコニコと微笑みながらぱたぱたと駆け寄り、エレナにクランホームの建築方法を教えていた。他の面子もコンフィグ画面を立ち上げて確認しているけど、表情から察するに苦戦はしていない様だ。例によって僕も確認した訳だけど……エレナって本当に機械音痴なんだなぁと実感させられるだけだった。一体、どうやってこのゲームを導入したのだろうか。


 エレナがコンフィグ画面の前で百面相をしている様子を見て楽しんでいたのもつかの間、更地になっていた場所に行き成り光の柱が立ち上って、気がつけばそこには以前の酒場と瓜二つな建物が出来上がっていた。


 「うう……やっと出来たわ。何よアレ、お金払ったらすぐに出来上がるんじゃないの?」


 疲労困憊(精神的な意味で)なエレナは背を丸めて此方に戻ってきた。


「面白かったわ~。お金を使って内装を決める事が出来るのね~」


 それに対しアンジェラは相変わらずニコニコと微笑み、両手を胸の前で合わせながら戻ってきた。凄い差である。


「おっ、出来上がったみたいだな! 一番呑みは譲らねー!」


「だひゃひゃひゃひゃ! 待ってろよお酒ちゃん! んでかわいいバーテンダー!」


「くっ、一番乗りは俺だ!」


走る3バカ呆れる姐ズ。


「全くあいつらは……。さ、早く入りましょ」


「あらあら~。3バカさん達は相変わらずお酒が大好きなのね~」


「ほら、カズキくん」


 キリアが僕に手を差し出してきた。見上げてみると、そこには憑き物が落ちたかの様に晴れやかな笑顔があった。……何これ、手を繋げって事?


「どうしたの? ほら」


 ……こ、断れない! こんなキラキラした笑顔を浮かべられたら断るに断れないじゃないか!


 くそっ、今回は負けを認める事にしよう。きっとキリアも不安に押しつぶされないように必死なんだ。そうに違いない。だから仕方ないけど手を繋いでやることにしよう。


「……はい」


「あらあら~まるで姉弟みたいだわ~」


「キリアが姉、ねぇ」


 僕とキリアを見て微笑ましい光景だと喜ぶアンジェラ。そして現実のキリアを知っているせいか、何とも言えない表情をするエレナ。……というか、さっきからアンジェラは3バカ達の事を「3バカさん」と呼んでいる。これはもう周知の事なのだろうか。


「あの、アンジェラさん。……3バカさんって、その」


 考えてみたら僕も3バカの名前を知らなかった。3バカという名前がしっくり来すぎて、クランメンバー表を見なかったとか、知ろうとしなかったとか、そういうことでは決して無いと言っておく。


「ああ、酒呑みに突撃したあの3人よ。上から順にスクリュードライバー、↓的、アドニスよ」


 アンジェラが言う前に、エレナが答えてくれた。ていうか上から順って。いや、言いたいことは分かるけど。それに何時も笑ってる人……何がしたかったんだろう。マトさんとでも呼べばいいのだろうか。


「ほーら、カズキくん早く入りましょう? お姉さんお腹すいたなー」


「あらあら~それじゃ私がごはん作るわね~」


 その言葉を聴いて、エレナが慌てて酒場に突撃していった。アンジェラは頬に手を当てて首を傾げているけど、恐らく僕の顔は青かったに違いない。まだ食べた事は無いけど、甘いご飯なんて食べたくないよ。ほら、キリアも笑顔が張り付いたまま硬直してるじゃない。



 





 カラン カラン







 3バカに遅れる事僅か。僕は新しいたまり場である酒場のドアを開けた。



 何故だか、カウベルの音が懐かしく聞こえる。僕達の帰宅を待ち望んでいた様な、そんな音色に聞こえた。


 3バカ達は楽しそうに酒を呑み、それを見て呆れるエレナとキリア。そしてその光景を見てニコニコとアンジェラは微笑んでいる。全く同じとは言えないけど、何時もの光景が戻ってきて僕は心の奥が暖かくなった。

 

「とりあえず拠点は確保したわ。これでホームレスになることは無くなったわね」


「うーん、カズキくんの家に泊まるって選択肢も捨てがたかったけど……」


「いいわね~。今度カズくんの家に泊まりに行きましょうか~」


 なにやら危ない発言が聞こえた気がするけど、聞こえない。聞こえてないったらっ。さっきは秘蔵のコレクションが見つからなかったから良かったけど、次に見つからないという保障はない。バレたらぜったい、ずぇぇぇったいイジられる。


「ぼ、僕の家は狭いので……その……」


 天丼は笑いだけでいいよ、もう。

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