17話(改) 僕と異常事態と
ドラゴンフォースの皆は、不安と諦観に塗れた面持ちで溜息をついていた。かく言う僕は、混乱の極みに陥っている。辺りを見回してみると、相変わらずポリゴンの欠落や異常表示は治っていない。……本当にどうしたのだろうか? このゲームが稼働してからこんなバグは一度も無かった筈だ。
「あ、あれ? 僕、自分の家でログアウトした筈なんですけど……」
「それは私達も同じよ。私とキリアはともかく、アンジェラは自分の家でログアウトした筈なの」
「そうなのよ~。メンテナンス終わったからログインしたんだけど……気づいたら此処に居たの~」
「そういや、ガルドの奴だけ来てねぇな」
どうやらドラゴンフォースの皆は、メンテナンス明けに続々とログインしたらしい。そう言えば、何時だったかガルドがクランイベントをするって言ってたな。あれって今日だったのか。……まだガルドは来てないみたいだけど、今までの感じからすると来ない可能性も考えられる。僕の中では、ガルドが運営会社の社員っていう疑念が晴れた訳じゃないんだ。
まぁ、そんな事はどうでも良い。それより問題なのは、どうしてログアウトした場所とログインした場所が違うのかっていう事だ。
例外として、自分が購入した家が該当するけど、基本的に町の外ではAFKは出来るけどログアウトすることは出来ない。
僕が最後にログアウトしたのは自分の家だ。つまり、町の外という事になる。それがどうして、ログイン場所がドラゴンフォースの溜まり場になっているんだ? 今回のメンテナンスで所属クランの溜まり場に強制送還される様になったとか?
……可能性としては無くはないけど、それだったら告知するはずだ。少なくとも、メンテナンスが終わった直後に公式のHPを覗いてみたけど、そんな記述は無かった。
だとしたら、これはバグか。皆はもうGMコールしたのかな。
「あの、GMコールは……これバグだから報告しないと……」
当然、いくら無料ゲームだからって言っても、不具合対策がこれ程までにおざなりになっているのは問題だ。すぐに直して貰わなくっちゃ。
僕はGMコールをする為にコンフィグ画面を呼び出す。フォン という無機質な音と共に呼び出されたそれにも変化が生じていた。……GMコールボタンが、無い。これは一体どういう事なんだろうか。GMコールにまで時間を割く事が出来なくなったという事か?
僕の焦りを読みとったのだろうか、エレナがどこか諦めた様な表情で答えてくれた。
「GMコールボタンなら無くなってるわよ。……ついでに、ログアウトボタンもね」
僕は慌ててログアウトボタンを探す。……無い、何時もならコンフィグ画面の下層領域にログアウトボタンがあったのに!
「……ログアウトボタンが消えた? え? ログアウト、ボタン、ない、ボタンが……!? そ、そんな……僕、僕、死んじゃう!!」
「落ちついてカズキ」
「……私達も散々喚き散らしたわ。でも、喚いたってログアウトボタンが復活する訳じゃないでしょう?」
確かに、何時もなら真っ先にちょっかいを出してくるキリアが、椅子に座って項垂れている。3バカ達も、キリアと同じ様に席に付いて俯いている。
……無理もないと思う。だって、行き成りログアウトが不可能になりましたなんて言われたら誰だって混乱する。
VRゲームに用いるヘッドギアは、脳に直接電気信号を送っている。ログアウトするとヘッドギアから送られてくる微弱な電波を適切な手順で遮断して現実世界に戻ってこれるのだが、プレイ中に無理矢理はずすと、意識が戻って来なくなる恐れが高い。イメージとしては、PCの強制シャットアウトと似ている気がする。
あれも無理矢理電源を落とすとPC本体にダメージが行く。一回では何とも無いけど、回数を重ねるに連れて色々と問題が出た筈だ。
それを防ぐために、ゲーム内部で強制ログアウト時刻を設定できる様にシステムが組まれていたんだけど、今回の不具合で、それすら撤去されてしまった様だ。
これは以前から問題視されていて、そろそろ年齢規制が掛るとか言われていたけど、今回の事件はその矢先に起こってしまった。
更に、ネットカフェならいざ知らず、一人暮しの環境下でプレイしている人は最悪だ。助けてくれる人がいない。
両親が旅行から戻ってくるまで後4~5日あったはずだ。最悪、誰にも気づかれないで餓死してしまうかもしれない。
そんな中、アンジェラが喋り出した。
「多分運営が対処していると思うの~。以前にもこんな事例はあったし、高カロリー輸液さえ点滴することが出来れば餓死はしないわ~」
……そういえばアンジェラは看護師だって言ってたな。少し、聞いてみるか。
「……ど、どれくらい生きられるんでしょうか?」
「ん~……水無しだと5日位だと思うわ~。でも今は夏だから……冷房が無かったら2~3日が限界だと思うの~」
冷房入れっぱなしにしておいて助かった……。とりあえず4~5日は大丈夫そうだ。後は運営や知り合いが通報して、どれだけのプレイヤーに点滴が行き渡るか。旨く行けば、運営側がログインしているプレイヤーのIPアドレスを調べて対処してくれるかもしれない。この際、個人情報がどうのこうの何て言っていられないと思う。
僕達は不具合が対処されるまでの間、未だに実感が湧かない死への恐怖と闘いながらこの世界で過ごしていくという選択肢しか残されていなかった。
溜まり場にコールタールをぶちまけた様な、ねっとりとした重い雰囲気が漂い続ける。この場の雰囲気に当てられてしまったのか、誰一人として喋ろうとはしなくなってしまった。
餓死する前にログアウトボタンが復帰するか、点滴を受けられるか、……それとも間に合わないで死んでしまうか。
ゲームの中に居る僕達には何も出来ない。この時ばかりは、生まれて一度も縋りつくことなど無かった神様に祈りを捧げた。
でも、少しだけ、ほんの少しだけ。未だ実感が湧かない死への恐怖の他に、ヴァーチャルリアリティと現実世界がひっくり返った事への期待感が胸に宿っていた。
この感情は表に出しちゃ行けない。もし出してしまったら、仲間達から冷たい目で見られてしまうかもしれないから。
「……すいません、ちょっと、調べ物をしてきます」
「ちょっとカズキ!?」
「おいカズキ! 調べ物って何を調べるんだよ!」
……そんな心配そうな目で僕を見ないでよ。僕は皆から心配される様な状態じゃない。むしろ侮蔑の視線を送られてもおかしく無いんだ。
僕を引き止めようとするエレナ達の横を潜り抜けて、僕は現状の把握から始める事にした。
カラン カラン
ドアを開けて見える景色は、相変わらず、歪んでいた。
空を見渡せば、まるで水面に苔がびっちりと生えてしまったかの様な緑色。所々浮かんでいる雲は、どの雲もモンスターの形をしている。そして、見渡す限りの幾何学模様だらけの建物。
もはやマイルドになったシュルレアリスムではなく、シュルレアリスムそのものと言っても過言ではない。本当に、どうなってしまったのだろう。
すれ違うプレイヤー達は、誰もが現状を把握出来ていないみたいで、あたふたと道行く人にログアウト方法を尋ねる人や、喚き散らす人、更にはGMを大声で呼んでいる人も居た。
今回のメンテナンスの後、新規参入で新しくログインしてきた冒険者も居た。開始早々こんな事件に巻き込まれてしまったのだから、トラウマになってもおかしくはないかも。
死ねば現実に帰れると皆に呼びかけて、集まったプレイヤーを引き連れて何処かに行ってしまった人達も居た。恐らくダンジョンに行ってモンスターに殺されに行くのだろう。
……彼らの行動も、分からなくはない。恐らく、僕がそこまでこのゲームにハマっていなかったら、きっと彼らと同じ行動を取っただろう。
あれこれと思考を巡らせる中、僕に問いかける人物が一人。
「ちょっとカズキ、調べるって言ってたけど、何を調べるのよ」
「……回復剤の効果とか、食材系の変化、とか」
……エレナがついてきたのは予想外だった。一人にして欲しいんだけどなぁ。でも、ここまで来て拒絶してしまうと不信がられてしまうかもしれない。仕方ないけど、一緒に調べるか。
僕達はそのままミッドガル中央部、露店通りまで足を運び、異変の詳細を調べて回ることにした。
変わり果ててしまったNPC、オブジェクト、そしてアイテム。NPCの肌の色は前の状態より悪くなっている気がする。露店通りの中央にある噴水からは真っ赤な水が湧き出で、ポーションや食材の外見も変わっている。変わっていなかったのはプレイヤーのアバターと装備品だけだった。……僕の家も、期待しちゃいけないんだろうなぁ。
「……前より酷くなってるわね。ミッドガルの街じゃないみたいだわ」
「この分だと、他の世界も変わってるかと」
ミズガルズの世界でさえこの有り様だ。ニブルヘイムやシュバルトアルフヘイムなんてもっと酷くなっているかもしれない。
刻一刻と死へのカウントダウンが進む中、僕達は探索を続けた。
町中で叫び続けるプレイヤーはどんどん増えて行く。右往左往していた連中が、ようやく今置かれている状況が理解できたのだろう。
「……エレナさんは餓死することが怖くないんですか?」
「……さっきも言ったけど、カズキが来る前に散々喚き散らしたわ。でも私は一人暮しじゃないから、ニュースを見たお母さんかお父さんが通報してくれると思う。それでも、怖いわ。怖くない訳ないじゃない。何時戻れるか分からないのよ?」
「そっか……そうだよね」
「カズキの方こそ、なんであんなに冷静で居られたのよ。あんただって一人暮しじゃないだろうけど何時戻れるか分からないのよ?」
エレナの疑問に、僕は答える事が出来なかった。だって、ちょっとワクワクしているだなんて言ったら……。
「……。」
「……ごめん」
俯いて答えを探していた僕を見て、エレナが謝ってきた。……違うんだエレナ。そうじゃないんだ。気丈に振舞っていた訳じゃないんだよ。
それっきり、会話は途絶えてしまった。
歪んだ風景が追い打ちを掛けるかの様に、僕達の心に重くのしかかる。何時帰れるか、何時死んでしまうか分からないという不安と恐怖を増長するそれは、今の僕達には重すぎる。でも、溜まり場に戻った所で重苦しい雰囲気が解消される訳でもない。
こんな状況で明るい会話等出てくるはずもない。負の連鎖は僕とエレナだけではなく、ドラゴンフォース全体、いや、プレイヤー全体の行く末を暗示しているかの様だった。
◇
ミッドガル全体を歩きまわって、冷静なプレイヤーと情報交換をしながら僕とエレナは解決策を探した。
行動を起こしたプレイヤーの数はそれなりに居て、色々と試行錯誤していたみたいだ。
・死んだら復帰地点に戻されて、レベルが1ダウンする。
・ポーションや回復剤は外見こそ違えど、効果に変わりはなし。
・NPCの店は全て消えてしまった。
・ワープゲートは撤去され、新しく見つかった隠し職「ヴァルキリービショップ」のスキル「アトラクタフィールド」のみ世界間を移動できる。転送の羽と帰還の羽はアイテム一覧から消えてしまった。
・クランチャットとPTチャットが使用不可に。
今の所判明しているのはこれくらいだ。デスペナルティがかなり厳しくなっている。料理に関しては、ゲーム内で空腹になる事は問題ないけど、嗜好品が皆無になってしまった。恐らく、これが一番痛い。モンスターを倒して食材を稼いで、自分で調理しろって事なのかな……。
この世界での楽しみと言えば、狩りを覗いたら生産系のスキルを使って商売をする事と、カジノ位しか無い。料理を提供する事をこのゲームの楽しみにしていたプレイヤーが居たけど、果たしてこんな状況で呑気に作れるものかどうか。
後、自棄を起こしたプレイヤーがカジノに入り浸りになって、PKを繰り返して資金稼ぎをするかもしれないっていう情報も入ってきた。……人間って怖いよね。
「カズキ、そろそろ戻らない? 溜まり場の皆が心配だわ」
「……そうですね。そろそろ戻らないと、僕達も心配されてるかもしれないです」
エレナが溜まり場に戻ろうと提案してきた。……余り気が進まないけど、僕とエレナは溜まり場に戻ることにした。そろそろ、ドラゴンフォースの皆達に現状を知ってもらって、これからどうするか考えないと駄目だ。
何時までも溜まり場で生きるか死ぬかの2択に怯えて過ごすよりも、気が紛れる方法を探した方が得策だと思う。