15話(改) 僕と月の欠片と
新しいスキルを覚えたと影月達に告げると「じゃあそのスキルを見たら帰ろう。そろそろ昼食の時間だ」と言われてしまった。
コンフィグ画面を立ち上げて時間を確認すると、確かにそんな時間だ。僕もお昼ご飯を食べなきゃ。この世界で食べ物とか飲み物を口に入れても、現実世界でお腹が膨れる訳じゃあないしね。
実際、アースガルドオンラインに没頭する余り、餓死した人もいるらしい。その辺がVRMMOの問題点だと思うけど、その人の集中力にはある意味尊敬する。
「それじゃ、あそこに居るゴーレムでラストだな」
影月が指さす先には、凍った湖のほとりでうろうろしているアイスゴーレムが居た。幸い近くに他のゴーレムはいない。僕達3人は横沸きを警戒しながら、影月を先頭にして目標に向けて歩きだした。
「新しいスキルってどんな魔法なの?」
「ルナライトっていうスキルなんですけど……すいません、初めて使うんで」
「ほう、クラン対抗戦で使えそうじゃないか」
クラン対抗戦だと、皆聖属性か闇属性の鎧を装備して戦いに臨むらしい。
聖属性と闇属性は、火、水、風、土の4属性のダメージを2/3にする。その代わりお互いの属性のダメージは1.5倍になる。確かに、それなら有効打になりそうだ。
聖属性の相手に聖属性の攻撃をしたらダメージは1/2になる。この辺は少し賭けになっちゃうかもね。まぁ、ルーン魔術は補助がメインみたいだし? 攻撃時は補助メインで、防衛時には火力兼補助的な役割になりそうだ。
っと、ゴーレムがこっちに気づいた。それじゃあやりますかね!
影月がゴーレムに突撃してターゲットを取ったのを確認して、僕はルナライトの発動地点をゴーレムが中心に来る様に指定し、解き放った。
ルナライトが発動すると、アイスゴーレムの上空10メートル付近に小さな月が現れた。
次の瞬間、月は地面に落ちてわれてしまったグラスの様に砕けると、破片の一つ一つが光の球体となり、対象を目がけて一気に降り注いだ。月の欠片が地面に次々と着弾し、大地が揺れる。ゴーレムに降り注いだそれは、まるでモンスターの荒々しさを癒す様な柔らかい波動を生みながら消えて行く。
「綺麗……」
そう呟いたのはアルトだろうか、多分見入っているんだろう。でも、それは僕も同じだ。本当に攻撃魔法なのかと聞きたくなるくらい、ルナライトは美しかった。
ダメージが入っているのか疑いたくなるけど、アイスゴーレムのHPバーを見ると6割程減っている。なるほど、一撃の威力はアロー系の魔法より高いみたいだね。
「なあ、綺麗なのは分かったからさっさと倒してくれ。HPが!」
「あっ……す、すいません!」
ルナライトの余韻に浸っていた僕らを現実に引き戻したのは、アイスゴーレムからいいのを一撃貰ってHPが真っ赤になった影月だった。……ごめん、すっかり忘れていたよ。
「……ねぇ影月。お昼ご飯の時間、30分遅らせるわね。カズキ、狩りを続けるわよ。あ、殲滅はルナライトでお願いね」
どうやらアルトはルナライトのエフェクトが気に入ったみたいだ。まぁ、僕もルナライトの熟練度が上がるから良いんだけどさ。
◇
「それじゃカズキ君、またな」
「カズキ、またルナライト見せてね」
「あ、はい……」
結局、アルトの強い希望で狩りはあれからも続いたんだ。一時間も。
影月達と別れた後、僕は現実世界で昼食を食べてからミッドガルに戻って、ドラゴンフォースの溜まり場を目指していた。
今回のレアアイテムは、アイスゴーレムが落としたコールドアーマーだけ。後はアイスゴーレムの素材くらいかな。勿論、僕だけ経験値を稼がせて貰ったから、アイテムは全部影月達にあげた。影月とアルトは「気にしなくても良いのに」と苦笑していたけど、やっぱりこういう事はしっかりしないと駄目だと思う。
ルナライトの熟練度も30くらい上がって、僕の経験値もかなり増えた。やっぱり非公平PTだと上がりが早いね。
ルナライトは中範囲中威力の殲滅魔法だ。古代魔導師の戦術級魔法に比べると使い勝手は凄く良い。けれど、消費MPが少々高い。一発撃っただけでMPが1%、つまり400弱持っていかれる。これはあれだね、クラン対抗戦で連射する様な場面になったら、あっという間にMPが無くなっちゃうからMPポーションの管理はしっかりしないと駄目だ。
古代魔導師が覚える戦術級魔法に、トルネードっていう風属性の魔法がある。これは古代魔導師3人が揃って初めて詠唱が可能になる魔法で、詠唱に30秒もかかる、消費MPも最大MPの50%、と馬鹿げたスキルだけど威力絶大だ。
クラン対抗戦の切り札だそうだ。話だけ聞くととんでもない魔法だけど、使いどころに困りそう。起死回生の一手かもしれないけど、そんな状況に追い込まれたら悠長に30秒も詠唱してられないと思う。しかもトルネードは、古代魔導師のスキルツリーの中でも上位に位置するスキルだ。熟練度上げも大変だろうに。恐らく開戦直後にぶっ放して相手の戦意を削ぐっていう使い方が一番良いんだろうなぁ。
……話が逸れた。ああ、宮廷魔導師のスキルの事を考えていたんだっけ。
次はルーン魔術を上げないと駄目かな。癒しのルーンの熟練度を上げるのは簡単だけど、救いのルーンがきついなぁ。状態異常をひたすら解除し続けるって……。そんな頻繁に状態異常にしてくるモンスターって居ない気がする。これはエレナ達に頼んでPVPフィールドに行くしかないか。
それに、ルーン魔術のスキルツリーも気になる。救いのルーンと癒しのルーンのどっちが次のルーン魔術を出す為の鍵になるのか。それによってどっちを先に上げるか決まってくるんだけど……。先駆者っていうのはこういう時つらいな。何せ、全くと言っていい程情報がない。
実装前のβテストを思い出すなぁ。あの時はステータスの上げ方やスキルの熟練度システムについて情報なんて無かったから、手分けをして検証したもんだ。
僕は一人でぽちぽちと検証していた訳なんだけど。魔法使いは分かりやすくて助かった。ひたすらINTを上げるだけで大丈夫だったんだから。
まぁ、当面は暇な時にソロで癒しのルーンの熟練度を上げて、メンバーに暇人が居たら救いのルーンの熟練度上げを頼めば良いか。
「も、戻りました」
カラン カラン
相変わらず、来客を知らせる鈴は良い音を出してくれる。
「ああ、おかえりカズキ君。熟練度は上がったかい?」
「あ、は、はい。ディバインアローは150、ルナライトは30まで上がりました」
「……相変わらず熟練度を上げるのが早いね。さすがドラゴンフォースのエースだ」
そう言いながら溜息を吐いたガルド。
「エースって……やめて下さい」
「魔砲疾走何て名誉を貰ったんだ。これぐらい良いじゃないか」
何やら色々含みを感じる。……またエレナ達に弄られたのかな? ていうかVRMMOで二つ名って、色々痛い気がする。どこかのファンタジー世界じゃないんだしさ。
このゲームの中で何人かはそういった扱いを受けているけど、いずれも有名人だ。
「あ、あのっ、僕の職位ってどうなるんでしょうか」
そう、実は結構気になっていた。
僕の職位。
二つ名をそのまま職位にされても困るし、マスコットとかにされても困る。ちなみに3バカ達の職位は皆同じで「特攻野郎Dチーム」で落ちついている。これはドラゴンフォースが結成されてから変わっていないらしく、本人達も気に入っているそうだ。
一方、エレナ達の職位はコロコロ変わっている。「おねえたま」とか「影の支配者」とか「カカア天下」とか。……こっちもこっちでかわいそうだよなぁ。間違ってはいないと思うけど。
とりあえず僕の職位は、次の職位変更会まで「お客様」のままらしい。なんか、気づいたらドラゴンフォースの一員になっている気がするけど、まぁ、これはこれで楽しいからいいか。
僕を取り巻く環境も変わってきた。特に、ここ最近はそれが顕著だ。
思い返してみると、全てはスタッフオブグリントを手に入れてからな様な気がしないでもないけど……。ドラゴンフォース以外の知り合いも増えた。まぁ、打算も含まれているけど、嫌な気持ちはしないな。スタッフオブグリントには感謝しなくちゃ。
と、ここで溜まり場の奥でログインを知らせる一筋の光が立ち登った。
現れたのはエレナの竜騎士だ。授業、終わったのかな?
「あ、こんにちは」
「やっほーカズキ、ガルド」
「ああ。授業お疲れ様」
「全く、せっかくの夏休みだってのに何であの大学は補講とかねじ込んで来るのかしら……。あれ? キリアはまだログインしてないの? 家に帰ったらすぐにログインするって言ってたんだけど」
エレナは溜まり場をキョロキョロと見回す。今溜まり場には、僕とガルドとエレナの3人しかいない。考えてみると、ガルドも中々の暇人だ。平日の夜や休日はほぼずっとログインしている。本人は社会人って言っていたけど、残業とかしていないんだろうか。
「メンバー表を見る限りでは、キリアは来ていないな。別キャラでも動かしてるんじゃないか?」
「う~ん……。ま、待ってればその内来るわよね。カズキ、それまで狩りしましょ狩り。ガルドも暇なら一緒に行かない?」
「はい、大丈夫です」
「構わないぞ」
ところで、竜騎士、竜騎士、宮廷魔導師っていう火力に偏ったメンツで何処に行くのだろうか。アンジェラが居ないとつらいねぇ。やっぱりドラゴンフォースの弱点は支援職の少なさかな。竜人族っていう攻撃面に偏った種族だと支援職作る人少ないし、募集を掛けても中々来ないんだってさ。
という事で、ポーションと肉を巾着袋限界まで詰め込むために、露店に出かける事にした。
肉はNPCが売ってくれるし、ポーション関連はミツミの所へ行けば問題ない。これならすぐに準備は終わりそうだ。
◇
肉の補給を完了して、僕達はポーションの補充をする為にミツミの所へ向かっていた。
NPCはミッドガル中央部、つまり露店街の所に配置されている。マチェットを肩に担いで無言で立ちつくすオサーンは、中々にシュールだ。
肉にも色々な種類がある。ゴブリンの肉、ミノタウロスの肉、ドラゴンの肉、等々。その中でもミノタウロスの肉はダントツで人気がある。ていうか皆これしか買わない。
上位の肉になる程、値段も張るけど効果も高い。けどでかい。だから巾着袋のスペースを食う。
今回のパッチで収集品と食材系の見直しが行われた。食材系と収集品系には重量と大きさが割り当てられて、巾着袋にも収納限界が明確に決められた。この辺はゲームバランスを考慮したみたいだね。
ポーションや万能薬といった回復剤は99個まで。食材と収集品は重量とスペースの限界まで。
回復量と巾着袋の限界量を計算して、一番効率が良い肉を皆買う。その結果がミノタウロスの肉になる訳だ。
ただし、欲張って限界まで積むと、倒した敵の素材やアイテムなどが入らなくなってしまう。前に3バカ達が「ドロップが拾えねえええええええでも肉捨てたくねえええええええ」って叫んでいたけど、まぁ、3バカだし。
3バカは今日は皆バイトだってさ。こっちは皆フリーターらしい。てことは夜になったら主要メンバーで狩りにいけるか。
だいたい、ドラゴンフォースのメンバーは平日の夜にログインすることが多い。休日、特に土曜日は皆予定が詰まってたり仕事があったりして、殆ど人がいない。
クラン対抗戦に参加しているクランだけど、対抗戦に参加するかどうかはメンバーの自由。参加したかったら参加してくれって方針らしい。
以前、中堅から大手に上り詰めようとやっきになっていた時、それでメンバーが揉めに揉めて、解散の危機に発展したとか。今でもそれで大手クランだっていうのだから、個人のスキルの高さが伺える。
同盟クランはもっと人数が多い。恐らく50人以上いるんじゃないかな。
これは僕の持論なんだけど、人数が多ければ良いって物じゃないと思うんだ。
人数が多ければ多いほど、クランとしての統率は取れなくなっていく。これは現実世界にも当てはまる。
以前一度だけ興味本位でクラン対抗戦を遠巻きから見ていた事があったけれど、質より量を求めた下位のクランは悲惨だった。
碌に統率も取れず、前衛は指示を待たずして突撃。後衛も回復剤の残りを確認しないで、敵を見かけたら即攻撃。支援が振り回されていて可哀そうだった。
『こんにちは。ごめんエレナ、ちょっとリアルで用事が出来ちゃって遅くなっちゃった』
不意にキリアの声が頭の中に響いた。
『遅いわよーキリア。狩りに行くからあんたも準備してね。ちなみに行き先はまだ決まってないから』
『こんにちは』
『お、来たな。これで前衛二人に後衛二人か。支援が欲しいけど、アンジェラのログインは夜になるって言ってたしな……』
『ちょっとエレナ。それでどうやって狩りするつもりなのよ』
『とりあえず肉とポーション補充しとけば良いんじゃない?』
『アバウトねぇ……。アンジェラが居ないんじゃ仕方が無い、か。勿論カズキくんも一緒に行くのよね?』
『はい、新しいスキルも覚えましたし……』
『了解。よーしお姉さん張りきっちゃうぞー』
『あんたは何処かの親父かっ。今ミツミの道具屋に向かってるわ、待ってるからさっさと来なさい』
『はいはい』
狩り方についてあれやこれやと一人で試案するガルドに、そんなことお構いなしにボケるキリア、そして突っ込みを入れるエレナ。
狩り前の会話は何時もこんな感じ。普段ならここにぽわぽわしたアンジェラが加わるんだけどね。
さて、次の狩り場は何処になるのかなぁ。