14話(改) 僕と極寒の地と
「ねぇ、支援して欲しい? して欲しい? して欲しいんでしょ? ほら、何とかいいなさいよ影月。カズキも回復なんてしないで良いわよ。こいつは死ぬ一歩前で戦うのが好きだから気にしないで熟練度を上げて頂戴」
「……えっと、影月、さん……?」
「気にしないでそのまま熟練度を上げてくれ。彼女は戦闘になると何時もこうだ」
狩りを開始して15分。僕は早くも帰りたくなっていた。
ミッドガルの端にあるポータル・ゲートを使って、僕達急造PTはニヴルヘイムマップのフィールドダンジョン「凍てついた大地」に到着した。
所々大きな岩が転がっているだけで、後は吹雪が吹き荒れる、見渡す限り白銀の世界だ。
遠くでアイスゴーレムが徘徊しているのが見えるだけで、他に敵は見当たらない。
先ほど購入した「燃え盛る心」を装備し、僕は何時でも敵が出てきても大丈夫なように臨戦態勢を取る。此処に来たのは一人目のプレイヤーを育てていた時以来だから、敵の行動パターンを綺麗さっぱり忘れてしまったんだ。警戒するに越したことはない。
この狩場の推奨レベルは90なので、熟練度を稼ぎつつ経験値も手に入れるには持ってこいのダンジョンだ。今回は非公平だから、それもまたひとしお。
狩り方、と言うには少し語弊があるかもしれないけれど、影月が少しずつアイスゴーレムを引っ張ってきて、僕がルーン魔術やディバインアローを使い、ひたすら熟練度を上げる作戦だ。
ルーン魔術の熟練度だけをを上げるのならば、狩り場は初心者向けの場所でいい。しかし攻撃魔法の熟練度を上げるとなると話は変わってくる。
一撃で倒してしまうと、再び敵を集めるのに時間がかかるからだ。下手に動くと沢山のモンスターに囲まれて回復剤を無駄に消費してしまうかもしれないという事で、この狩り方を採用したと言う訳だ。
だけど、狩り場に到着してすぐにアルトの雰囲気が変わった。
町で会った時は至って普通の女性だと思っていたんだけど、狩りを開始してからの彼女は本当に凄かった。影月への罵詈雑言が止まらないのだ。まだ酔っ払いに絡まれたほうが楽かもしれない。
……いやさ、おかしいとは思っていたんだよ。アルトが杖じゃなくてフレイルを装備していたんだもん。
影月も影月で、抱えたアイスゴーレムの攻撃を日本刀で受け流している。……おそらく侍の回避系のパッシブスキルでも上げているんだろう。
パッシブスキルっていうのは、そのスキルを覚えているだけで勝手に発動するスキルの事を指す。ソードマスタリーとか、日本刀修練とかがそれに該当する。
それに対して、僕が今熟練度を上げているディバインアローはアクティブスキル。自発的にスキルを使わないと意味を成さないスキルの事だ。
この狩り方は理にかなっている。僕が攻撃魔法の熟練度を上げ、影月が回避系のパッシブスキルを上げ、アルトが支援魔法の熟練度を上げて……うん、非公平PTだから経験値は僕だけに入るけど、これなら皆の熟練度が上がる、効率の良い稼ぎ方だね。
アルトさえ真面目に支援してれば。
どうにもこの人Sっ気が強い。僕のMPが尽きて回復する為に座った時は自然回復力を向上するスキルを使ってくれるし、僕に対してはしっかり支援してくれる。でも、影月には最低限。ほんと最低限の支援しか行わないんだ。
影月が必死に受け流す様を見て、サディスティックな笑みを浮かべてるし、これはこれで彼女なりの信頼なのだろうか。こいつなら死なないから大丈夫っていう。
「えっと……いつもこんな狩り方なんですか?」
「あら、影月はこれくらいじゃ死なないから大丈夫よ。それよりカズキ、熟練度の上がり方はどう?」
アイスゴーレムを倒し終えた時、アルトに熟練度の上がり具合を尋ねられた、僕は次の敵を影月が抱えてくる前に、彼女に促されるままスキルの詳細をチェックした。
ディバインアロー:10/1000
ルーン基礎修練:0/0
救いのルーン:0/1000
癒しのルーン3/1000
二重詠唱で15分の間連打してこの速度。まぁ、こんなもんか。これが普通だったら悲惨な事になっていそうだ。いやはや、グリントに足を向けて寝れないなこりゃ。
詠唱に時間がかかると、当然殲滅が遅くなって狩りの回転が悪くなる。だから魔法系のスキルの熟練度の最大値は1000と低めにされているけど、これが騎士系の物理攻撃スキルだったら最大値は1500~2000まで跳ね上がる。
つまり僕は他の魔法職に対して2倍の速度で熟練度が上がって行くって事だ。これなら今日中にルナライトを覚える位までは行けるんじゃないだろうか。
事実、ドラゴンフォースの皆は熟練度が上がりきっていない。唯一一番レベルが高いガルドだけ、竜騎士のスキルツリーの最後に現れるドラゴンブラストを習得している。なんでも皆後少しの所までは来ているらしいが、ドラゴンブラストの前提条件となるスキルが中々上げにくいらしい。パッシブ系のスキルだろうか。
え? 狩りの最中に余計な事考えていて良いのかって? 勘弁してよ。こうでもしていないと、この気まずさに飲み込まれてしまいそうなんだ。
明けない夜の連中にとっては慣れっこなんだろうけど、初めてPT組んだ相手とこの状況が続くのって、とても気まずい。勝つためには手段を選ばない人達だけど、打算とはいえ非公平PTで僕のレベル上げを手伝ってくれている。そこまで悪い人達では無いと思うんだけど……。人の事言えないけど、濃い人達だね。
「あっははははは! 何よ影月、カズキの視線が気になるの? 随分余裕みたいねぇ。そんなことしている暇があるなら「受け流し」の熟練度でもシコシコ上げてなさいよ!」
なるほど、今影月が上げているのは受け流しっていうスキルなんだ。……回避率でもあがるスキルなのかな?
「そろそろヒールをくれないか。HPが赤くなった」
「しょうがないわねぇ……ヒール!」
……ちょっと、なんで一回しかヒールしないのさ。まだ影月のHP黄色いままだよ?
アイスゴーレムを探すために一人マップを彷徨う影月の姿は、何ていうかとても哀愁が漂っていた。……一緒に行動した方が良いんじゃないか?
「あの、アルトさん、僕らも影月さんと一緒に捜しまわった方が……」
「ん? ああ、大丈夫よ。彼はいつもあんな調子。低レベルプレイヤーの壁をするのが大好きなのよ」
……影月も影月で変わった人なんだなぁ。いや、お人好しか?
『ちょっと来てくれないか? アイスゴレームが固まっててそっちに引っ張る事が出来ない』
と、僕が影月の性格を考察し始めた時。彼からPT会話が聞こえてきた。どうやらアイスゴレームが密集していて、少しずつこっちに持ってくる事ができないらしい。
『めんどくさいわねぇ……。今行くから待ってなさい』
『わかった』
僕とアルトは、少し遠くに離れてしまった影月の下へと走り出した。
今まで僕らはマップの奥の方で狩りをしていたから気付かなかったんだけど、中心部に近づくにつれて、凍ってしまった湖が見えてきた。このエリアにはアイスゴーレムしかいないっていうのに、無駄にディテールには力を入れているなぁ。開発段階ではここにMVPを配置する予定だったのかな。
だとしたら……氷の竜とか? 居たとしたら強いんだろうなぁ。
「見えたわ! ……あの馬鹿何で戦ってんのよ!」
「え? ……!」
アルトの視線を追うと、そこには6体のアイスゴレームと戯れている影月が居た。……なんか結構な勢いでHPバーが増減してるんだけど。ああ、ポーション代が。
「すまん敵に見つかった。早く倒してくれないか?」
6体のアイスゴレームが繰り出す波状攻撃を、影月は攻撃を食らいながらも受け流し、時に反撃し、その場で持ち堪えていた。……さすがは明けない夜のマスター。僕がもし接敵を許したとしたら、恐らく一瞬でHPバーは真っ黒になって、デスペナルティーを貰って、セーブポイントへ直送されるだろう。へいお待ち! って感じで。
「あーもう! ヒール! ヒール! ……レジストアーマー! ……アクセラレーション!」
何だかんだ言って、アルトも緊急時にはしっかり支援する。ちょっと見直したけどさ、普段からこのくらい支援してあげようよ……。
「……。」
僕は手をかざし、狂ったように攻撃を繰り返すアイスゴーレム目がけディバインアローを2重で発動する。
放たれた光の矢は、一直線にアイスゴーレム達目がけて突き進む。
……さっきから違和感を感じていたんだけど、ディバインアローは他の属性のアローに比べて直線性が高い、そして速度も速い。……おなじアロー系の魔法なのに、なんかスキル調整ミスでもしたのかなぁ。
光の矢の連射を浴びたアイスゴーレム達は、見るも無残にボロボロと崩れ落ちて行った。事前にアイスゴーレムの情報を確認してなかったから詳しい事は分からないけど、シルバーウルフと比べたら幾分か弱いみたいだ。弱点じゃないのに一体当たり3発で沈んだし。
さすがガルド。恐らく魔法耐性も低い敵をチョイスしてくれたに違いない。まぁ、2.1枚目の職位は消えないと思うけどね!
「ふぅ……それじゃ再開するか。アルト達はここで待っていてくれ」
「全く……。死ぬんじゃないわよ? さっきまでいた所のモンスターは倒しちゃったんだから、この先ゴーレム達がいっぱい居るわ」
「分かってるさ。それじゃ、行ってくる」
「待ちなさい。支援をかけるわ」
今度こそ影月は支援をフルに貰うと、日本刀を肩に担いで、雪を一歩、また一歩を踏みしめながら索敵を始めた
◇
狩りを開始してから3時間が経過した。
僕達は休憩を挟みながらアイスゴーレムを狩り続けている。途中コールドアーマーなんてB級レアを拾ったが、生憎僕には装備できないし、非公平PTを組んで貰っているから影月達にあげる事にした。
それを聞いた影月は「実は水属性の鎧を忘れて来て困っていたんだ」とおおいに喜び、その場で装着しだした。それを見たアルトは顔を真っ赤にして手に持ったフレイルで影月をぼこぼこと殴っていたが、PTを組んでいるからダメージは通らないしPK判定も出ない。影月はそれをどこ吹く風といった様子で「これでアイスアローのダメージが減る!」と、一心不乱に鎧の付け替えをしていた。……あれはセクハラにならないのか。ギリギリセーフなのかなぁ。
ちなみに、鎧を脱いでもインナーがあるため、普通の職業だったら完全には裸にならない。
恐らく運営に悪戯心が働いたのだろう。なんと侍のインナーは褌一丁なのだ。……その内女性プレイヤーから苦情が出そうだ。
皆燃え盛る心を装備しているから問題ないが、本来こんな狩り場で鎧を脱ぐなど自殺行為だ。すぐに状態異常「凍結(大)」になってしまう。
状態異常凍結は、その度合いによって小と大に分類される。
凍結(小)は、徐々にHPが減り移動速度が10%ダウンする。回復剤さえ有ればそれ程困った事にはならないんだけれど、問題は凍結(大)だ。
これにかかってしまうとHPの減り方こそ凍結(小)と変わらないが、衝撃を加えて氷を砕かない限り移動と行動ができなくなってしまうのだ。
PTを組んでいるメンバーは当然攻撃が出来ない。だからPKで一撃貰うか、敵の攻撃をわざと食らうしかない。
狩り場に他に誰も居なく、さらにモンスターも居なかったら大変だ。移動することもアイテムも使う事ができず、HPが0になるまで待つしかないのだから。
と、影月が着替え終わった。さて、狩り再開かな。
アルトはまだ顔に集まった熱が冷めていないみたいで、ウ~……と影月を睨んでいたが、彼はその様子をどこ吹く風といった様子でカラカラと笑い飛ばすと、新しく装着した鎧の感触を確かめながらキョロキョロと辺りを見回し、近くに居たアイスゴーレムを抱えてこっちに戻ってきた。
「……全く、現実でもあいつはああなのよ。風呂上がりにパンツ一丁でリビングをうろうろするし、そのままテレビを見だすし……やんなっちゃう」
「ど、同棲してるんですか?」
「そ。結婚はまだしてないけどね」
……一瞬でも影月に同情した僕が馬鹿だった。もう、これっぽっちも、同情なんてしてやるもんか。
そんな見当違いな憎しみを込めたせいなのか、僕がアイスゴーレムに放った光の矢は、さっきまで撃っていた物とは違っていた。
さっきまでのディバインアローなら、モンスターに着弾したらその場所で光が爆ぜていたのだが、今放ったディバインアローは貫通したのだ。
ついでに2発撃ちこんでアイスゴーレムが倒れるのを確認した後、僕は手のひらをマジマジと見つめながら原因を考えた。……何が違う? 何が変わった?
……熟練度が上がって仕様でも変わったのかな。ちょっと熟練度をチェックしよう。
ディバインアロー:150/1000
ルナライト:0/1000
ルーン基礎修練:0/0
救いのルーン:0/1000
癒しのルーン10/1000
……おお、ルナライトが使えるようになってる。ディバインアローの熟練度150がルナライトの前提条件だったのね。
よし、ディバインアローの熟練度上げはこれくらいで良いだろう。次はルナライトの熟練度上げだ!