13話(改) 僕と明けない夜と
「えと、すいません。時計の迷宮以外でどこか良い狩り場ってないでしょうか……?」
そんな僕の言葉で、ドラゴンフォースの溜まり場は動き出した。
あれから僕は現実世界に戻ってすぐに寝て……4~5時間は寝ただろうか。起きぬけに歯を磨いて、そのまますぐにアースガルズオンラインの世界に帰ってきた。どうせ両親は暫く帰ってこないんだ。その間位好きにさせて貰おうと思う。
いい加減時計の迷宮にも少し飽きが来た。何せ僕がデストラクションを手に入れてからずっとあそこでソロしてたんだから……。たまには息抜きに違う狩り場に行ってもいいだろう? 今なら99になったばかりだからデスペナルティもないし。
「そうだな……カズキはインファイトタイプだから……。相手がスキルを使ってこない方が良さそうだな。となるとニヴルヘイムのダンジョンか、スヴァルトアルフヘイムのダンジョン辺りが良いだろう」
ニヴルヘイム……アースガルズが実装される一つ前のパッチで実装されたマップだ。氷に覆われた世界か。あそこなら弱点は風に固定されるから、シルフの腕輪が活躍しそうだ。人が居ない所を見計らって、遠くからライトニングアローを連打すれば問題ないな。
スヴァルトアルフヘイムは、アースガルズの2個前のパッチで実装されている、ダークエルフが住む世界だ。エルフとは仲が悪いけど、ハイエルフの僕に対してならいきなり攻撃を仕掛けてくる事はないだろう。むしろ上位種族という事で崇められたりしそうで怖い。相手の属性は闇メインだけど。
ただ、ガルドの情報ではダークエルフとダンジョンで対峙した場合、高確率で沈黙攻撃をしてくるとの事。
後、スヴァルトアルフヘイムにはフェンリルを拘束するための足枷が存在しているはず。これもいずれ入手するクエストとか実装されるんだろうなぁ。じゃないとオーディンが食われる。色々と裏があったはずだけど、これ以上の事は調べないと分からないや。
さて、どっちに行くべきか……。
スヴァルトアルフヘイムは、気候に関しては特に寒暖差が激しくはなかったはず。だけど相手が闇属性ってのがきつい。
闇属性は、聖属性の以外の属性攻撃を2/3にしてしまう。それに沈黙攻撃が一番つらい。沈黙耐性を持っている装備って高いんだよなぁ……クラン対抗戦で需要があるから。
ついでに言うと、ニヴルヘイムは極寒の地だ。対策を取らないで現地に赴くと凍結して動けなくなってしまう。むぅ、悩みどころだ。
ああ、ちなみに今日はエレナ達はまだログインしてないよ。アンジェラは仕事だってさ。エレナとキリアは午前中だけ講義があるから、それが終わったらログインするって昨日寝る前に言ってた。エレナとキリアって現実でも友達なのかな……?
何時までもウジウジしても仕方が無い。属性が通らない相手程魔法使いにとって苦手だ。
ディバインアローを取り終えるまではニヴルヘイムで狩りをしよう。先ずは凍結耐性持ちのアクセサリーを買いに行かなきゃ。
「ありがとうございますガルドさん。とりあえずヴルヘイムに行ってみます」
「ああ、気をつけてな」
僕は溜まり場を後にすると、露店商が数多く並ぶ大通りを目指して歩き始めた。
酒場を出た瞬間、僕に奇異の視線が突き刺さるけど、もう割り切ることにした。道行く人がほぼ100%振り返るからね。僕は客寄せパンダかっての。
回りの視線を掻い潜りながら、僕は大通り目指してひたすら歩き続ける。途中声を掛けて来たプレイヤーが、「それは新しい装備か」と尋ねて来たけど、冷たく秘密ですって言ったら苦笑して立ち去って行った。中には隠し職についてしつこく聞いてくる人もいたけど、GMコールするぞと対応したら苦い顔をして立ち去って行った。無料で情報が手に入ると思うなよ!
溜まり場から大通りに通ずる道を抜け、僕はミッドガルの中心部に辿りついた。
そこはとても大きな広場になっていて、皆思い思いの場所に露店を開いている。ここは完全な歩行者天国になっていて、ドラゴンや馬に騎乗したまま通行することは出来ない。
ちなみに、この広場の中でなら何処でも露店を開いて良い。
広場の中心部にはオブジェ付きの大きな噴水があり、この水を求めて訪れる初心者プレイヤーがチラホラと見受けられる。
噴水から湧き出る水には僅かだけど回復効果があって、アルケミストギルドで購入出来る空き瓶で掬えば「ミッドガルの水」という回復アイテムになる。これは初心者救済措置だね。空き瓶は1個5Gとお手頃な値段だから、初心者クエストを終わらせたばかりでお金をあまり持っていない初心者の懐具合も痛むことは無い。
まぁ、何時までも蘊蓄をたれている訳にもいかないので、お目当ての商品を探しますか!
今日は珍しく露店が多い。それに加えて結構な数の出店が出ている。そこかしこから客寄せの声が上がり、美味しそうな臭いが漂ってくる。僕の姿はこの喧騒の中に溶け込んでいるみたいで、声を掛けてくる連中は殆ど居なかった。
……気づいたら、両手に出店で出される様なチープな串焼きに持っていた。恐るべし出店ぱぅわ。
ほら、お祭りとかで屋台があるとさ、そこまでお腹が空いていなくても気づいたら並んでいることってない? 杏飴とか、バナナチョコとか。
ああいうのって、家に持ち帰ってから食べてもあんまり美味しくないよね。その場の雰囲気がスパイスになって、美味しさを倍増させているのかな?
っと、いけないいけない。危うく本来の目的を忘れる所だった。さて、さっさとお目当ての物を探しますかね。
僕はこういう時、片っ端から商品を見て歩く。だって、実際露店の目の前まで行って商品を見ないと、隅っこにちょこんと陳列されている掘り出し物があるかもしれないから。
今回僕が探しているのは「燃え盛る心」というアクセサリーだ。
特にステータスが上昇するという訳ではないが、このアクセサリーには凍結耐性がついている。つまり、ニヴルヘイムで狩りをするに当たって欠かすことが出来ないアクセサリーなのだ。
しかしこのアクセは産出量が余り多くない。何せ10M級のA級レアアクセサリーだ。下手をすると1個も見つからない可能性もある。むしろ見つからない可能性の方が高い。
品薄になった時は12~3Mで見かける事が多いけど、仕方無いよね。クラン対抗戦で使う可能性が高い一品だし、多少高くてもそろそろ手に入れないと。
ちなみに僕の資金は150M程ある。PKされた時15M持っていかれるぞって突っ込みたくなるかもしれないが、ちゃんと家に130M置いてあるさ。手持ちは20Mちょいだ。
まぁ、無かったら仕方が無い。多少きついとは思うけどスヴァルトアルフヘイムに行かざるを得ないな。
今回中央の広場に集まっている店は、露店と出店が7:3ぐらいの割合で出ている。恐らく、一緒に狩りに行くメンバーを集める事が出来なくて、仕方なしに金稼ぎに奔走しているのだろう。この時間って何気に書き入れ時でもあるし、悪くない判断だと思う。
そして予想していた事だったけど、別の露店に移動して品揃えを確認する度に、店主が僕を奇異の視線で見てくる。さすがにこれは回避出来ないな。偶然モンスターがドロップしたって言っても通用しないだろうし……。
「いらっしゃい! ……見たことねぇ装備だな。どこで手に入れたんだ坊主?」
「……秘密です」
「んだよいいじゃねぇか」
「……秘密です」
「……」
なんてやり取りを何回もこなしながら、僕は一件、また一件と露店を虱潰しに当たっていく。
やはりA級レアだけあって、中々見つからない。まぁ、まだ露店巡りは始まったばっかりだ。気長に探しますかね。
……
…………
………………
6割位回っただろうか、ついにお目当てのアクセサリーを見つける事ができた。……むむ、12Mか。少し高いなぁ。
「いらっしゃい! お、「燃え盛る心」がお目当てか? 運がいいなお前。そいつぁ昨日入荷したばっかりだぜ」
ふむ……。相場が10M。昨日入荷したばかりっていう言葉を信じるなら、恐らく他の露店では出てないはずだ。だから相場の2M↑で露店に出してるんだろうね。
このまま値下がりするのを待つっていう手もあるけど、他の人に買われちゃう可能性がある。仕方ない、少し割高だけど12Mで手を打つか。
「すいません、燃え盛る心を下さい」
「まいどあり! ほら、12Mよこしな!」
12Mは手痛い出費だったけど、これで晴れてニヴルヘイムダンジョンでソロが出来るようになった。階層は……8か。
8Fの主食モンスターなら通常攻撃以外はアイスアローしか使ってこないし、経験値そこそこだ。主食モンスターの名前はアイスゴレーム。INTも低いし、足が遅いからクルッポと同じ感覚で狩れそうだね。
さて、これで装備は整った。あとは防具屋に行って精錬するだけだね。
僕は広場を後にし、防具屋へと歩を進めた。
防具屋は、町の中心部である噴水を挟んで、ミツミさんの道具屋とは反対方向にある。
少し時間がかかるけど、僕の防具はまだ未精錬だ。壊れないギリギリのラインまで強化する必要がある。
武器や防具は、一度強化すると+1という数字が名前の後に付く。2回精錬すれば+2、3回精錬すれば+3といった具合に。
これは武器のランクや防具によって異なるんだけど、精錬には安全圏がある。それ以上の精錬をしてしまうと、失敗する可能性が出てくる。
精錬に失敗すると、その装備は電子の彼方へと消え去る。これで僕のルーンスタッフは数多く天に召されました。
でも、過剰に精錬するのは一般的には「有り」とされている。
じゃないと、被弾前提の前衛の人達はやってられないよね。皆を守る壁になったり、おとりになったり。そう考えると、前衛って一番お金が掛る職業なのかもしれない。
相変わらず、この通りでも僕に話しかけてくる人が多い。……いい加減走ってやり過ごしてしまおうか。
「ちょっといいかなカズキ君」
……聞きおぼえがあるぞこの声。明けない夜のアルトと影月だな。今度は腕を掴まないみたいだ。またGMコールしますと言われるのが嫌なのだろう。
「……なんですか? 急いでるんですけど」
「……この子話す気ゼロね。ま、ドラゴンフォースに入ったなら問題ないか」
アルトは溜息を付きながらそう呟いた。……ん? どうして僕がドラゴンフォースに入るとマシなんだ?
「その様子だと、ガルドからは何も聞いていないみたいね。私はアルト。明けない夜のサブマスターを務めているわ」
「僕は影月。明けない夜のマスターを務めている」
なんかいきなり自己紹介始まったんだけど。……僕はお前らと慣れ合うつもりはないぞ。
「はぁ……あの、この杖はいくら積まれても譲る気は……」
「いや、君がドラゴンフォースに入ってくれたのならもう良いんだ」
「そうね、カズキ君程の実力があれば、仲間として心強いわ」
仲間? 今こいつら仲間って言ったのか?
「……仲間とは?」
「……やれやれ。本当にガルドから何も聞いていないのか」
「彼、何処か抜けている所があるものね」
僕が首を傾げながら彼らを見つめていると、影月達は苦笑しながら解説してくれた。
「明けない夜はドラゴンフォースと同盟を結んでいるんだ。カズキ君はクラン対抗戦に出たことが無い様だし、知らないのも仕方が無い事なんだけどね」
「そういう事。あ、同盟はうちらだけじゃないわよ? 後もう一つ「King’s Sword」ていうクランも同盟を結んでいるわ」
……なるほど、話が見えてきた。
恐らく、今回影月達は僕をクランに誘おうと思っていたのだろう。だけど僕がドラゴンフォースに加入しているのを見て、もう勧誘する必要もないし、杖を手に入れる必要も無くなったと判断した訳だ。
正直助かった。こいつら今まで勧誘して来た連中の中でも、取り分け熱心にクラン加入を勧めてきたんだ。
まぁ、お仲間になったって言うのなら、そこまで警戒する必要もない訳だ。わざわざ堅っ苦しい敬語で話す必要もないね。
「そうですか……すいません、それじゃ僕はレベル上げしたいんでそろそろ……」
「まってまって、まだ話しは終わっていないわ」
ひくくっ。僕の頬が引き攣った。まだ何か有るって言うのか。
「今までのお詫びも兼ねて、一緒に狩りに行かないか? PTは非公平でいいからさ」
PTを組んで狩りをする際、公平か非公平か選ぶ事ができる。
公平に設定すると、誰が倒しても経験値はPTメンバー全員に等分される。逆に非公平だと、倒したプレイヤーにしか経験値が入らない。……何か裏があるのか?
「まぁ、クラン対抗戦の前に、あなたの戦力を把握したいって言うのが正直な所よ。でも悪い話しではないでしょう? 一応、私も影月も腕には自信があるわ」
……なるほど、理にかなっている。僕はクラン対抗戦は初めてだ。お互いの強さも知らないで一緒に戦うなんて愚の骨頂だね。初めて意見が合った気がするよ。
「ついでに言うと。……カズキ君なんだろう? 隠し職へ到達したプレイヤーって言うのは。目の色も変わっている事だし、種族も変わったのかい?」
まーバレるか。そりゃ見たことない装備付けてるし、目の色も変わっているし。こいつらも馬鹿じゃぁないな。
「……はい、そうですけど」
「職業名を教えて欲しいのだけれど……良いかしら?」
「……宮廷魔導師です」
「分かった。それじゃあカズキ君の準備が出来たら狩りに行こうか。恐らく転職したてで熟練度もあんまり上がっていないだろう? クラン対抗戦も近いし、君には力を付けて欲しい」
「あ、はいそういう事だったら大丈夫です」
と言う事で、予想外の人物と一緒に狩りに行くことになった。まぁ、影月とアルトは前衛と支援だし、何気にバランス良いPTだよなぁ。珍道中にならなければ良いんだけど。