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先輩、コロシです!ver.4 マル暴編  作者: 双鶴


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第9話「踏み込む覚悟」

 昨日見た“逃がされた幹部”の姿が、頭から離れなかった。

 あの背中の跡。

 あの怯えた目。

 あれは、ただの行方不明じゃない。


 翌朝、署に入ると、先輩はすでに資料を広げていた。


「おはようございます、先輩」

「おはよう、後輩」


 いつも通りの静かな声。

 でも、机の上の資料はいつもより多い。


「先輩、何か分かったんですか?」

「分かったというより……“繋がった”」


 先輩は一枚の写真を指で押さえた。


「昨日逃げた二人。

 どちらも“同じ人物”と接触している」


「同じ人物……?」


「この男だ」


 先輩が示したのは、昨日裏口から出てきた“最初のスーツの男”だった。


「彼はフロント企業の外部協力者。

 でも、最近は組の内部にも出入りしていた」


「内部にも……?」


「そう。つまり“橋渡し役”だ」


 背中が冷たくなる。


「後輩。

 暴力団の内部で何かが起きるとき、

 真っ先に動くのは“橋渡し役”だ」


「じゃあ……昨日の逃走は……」

「逃走じゃない。

 “処理”だよ」


 処理。

 その言葉が、妙に重かった。


「後輩」

「はい」

「今日、お前は“踏み込む覚悟”を試される」


「踏み込む……?」


「見るだけじゃなく、考える。

 考えるだけじゃなく、繋げる。

 繋げるだけじゃなく、“踏み込む”」


 先輩は淡々と続けた。


「ただし――」


 その声が、急に低くなる。


「踏み込むということは、危険の中に入るということだ。

 だから俺は、まだお前の名前を呼ばない」


「……まだ、ですか」


「まだだよ。

 名前を呼んだ瞬間、お前は俺と同じ場所に立つ。

 同じ危険を背負うことになる」


 その言葉が、胸に刺さる。


「先輩。

 俺……いつか、同じ場所に立てますか?」


 先輩は少しだけ目を細めた。


「立てるよ。

 でも、今日じゃない」


「また今日じゃないんですか!」


「今日のお前は、踏み込んだら転ぶ」


 ひどい。


 そのとき、課長がフロアに入ってきた。


「おい、お前ら。

 昨日の幹部、裏路地で倒れてたぞ。

 意識はあるが、何も話さない」


 空気が一瞬で変わった。


「先輩……」

「行くよ」


 車に乗り込むと、先輩はシートベルトを締めながら言った。


「後輩。

 今日、お前は“踏み込む覚悟”を持て。

 でも、踏み込むのは俺だ」


「俺は……?」

「お前は“見る側”でいい。

 まだ名前を呼ばれてないんだから」


 その言葉が、妙に悔しかった。


「先輩。

 俺、いつか名前を呼ばれたいです」


 先輩は前を向いたまま、静かに答えた。


「呼ぶよ。

 お前が“自分の足で立てるようになったら”」


 車は静かに動き出した。


 ――踏み込む覚悟。

 それは、まだ俺には重すぎる言葉だった。


 でも、逃げたくなかった。


(名前を呼ばれる日が来るなら……俺は、その場所に立ちたい)


 そう思った瞬間、

 胸の奥で何かが静かに燃え始めた。


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