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先輩、コロシです!ver.4 マル暴編  作者: 双鶴


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8/10

第8話「線が繋がる」

 フロント企業の前に着いたとき、昨日とは違う空気が漂っていた。

 静かだ。

 静かすぎる。


「先輩……今日は、誰もいませんね」

「いないね。だからこそ、危ない」


 先輩は車を少し離れた位置に止め、双眼鏡を覗いた。


「後輩。昨日の幹部、まだ戻ってない」

「行方不明のまま……?」

「そう。家族からの通報は本物だ」


 先輩は淡々としているが、声の奥に緊張があった。


「後輩」

「はい」

「今日の任務は“見る”だけだ。絶対に近づくな」


「わ、分かりました」


 そう言いながらも、胸の奥がざわつく。

 昨日の“ほころび”が、今日“裂ける”気がしてならない。


 そのとき――


 建物の裏口が、ほんのわずかに開いた。


「先輩、あれ……」

「後輩、声を落とせ」


 先輩の目が鋭くなる。


 裏口から出てきたのは、昨日の幹部ではなかった。

 見たことのない男だ。

 スーツは乱れ、ネクタイは外れ、顔色が悪い。


「……逃げてるな」

「逃げてる……?」


「昨日の幹部と同じ歩き方だ。

 肩が上がって、視線が泳いでる」


 男は周囲を警戒しながら、裏路地へ消えていく。


「先輩、追いますか!?」

「追わない」


「またですか!」

「追うのは刑事ドラマの中だけだよ」


 先輩は双眼鏡を下ろし、静かに言った。


「後輩。あれは“逃げる人間”じゃない」

「えっ、じゃあ……」

「“逃がされた人間”だ」


 背中が冷たくなる。


「逃がされた……?」

「そう。自分の意思じゃない。

 “誰かに外へ出された”歩き方だ」


 そんなことまで分かるのか、この人は。


「後輩」

「はい」

「今日、お前は“見てはいけないもの”を見るかもしれない」


「……え?」


「でも、絶対に声を出すな。

 名前を呼ばれてないということは、

 まだ“巻き込む段階じゃない”ということだ」


 その言葉が、妙に胸に刺さる。


 そのとき――


 建物の裏口が、もう一度開いた。


 今度は、昨日の幹部だった。


 ただし、

 昨日とはまったく違う顔をしていた。


 顔色は土のように白く、

 足取りはふらつき、

 何度も後ろを振り返っている。


「先輩……あれ……」

「後輩、絶対に声を上げるな」


 幹部は裏路地へ向かう。

 だが、その背中には――


 “誰かに押されたような跡”があった。


「……先輩、これって……」

「言うな」


 先輩の声が低く、鋭く、冷たかった。


「後輩。今見たものは“事件の入口”だ。

 でも、まだ“事件”とは言えない」


「じゃあ、何なんですか……?」


「“見えてしまったもの”だよ」


 幹部は裏路地の奥へ消えていった。


 街はいつも通りなのに、

 胸の奥だけがざわついている。


「後輩」

「はい」

「今日、お前はよく見た。

 昨日より静かだったし、昨日より冷静だった」


「ほんとですか……?」

「ほんとだよ」


 先輩は少しだけ笑ったように見えた。


「でも、まだ名前は呼ばない」

「やっぱり!」


「まだ早い。

 名前を呼ぶのは、“同じ場所に立てる”ようになってからだ」


 先輩はエンジンをかけた。


「後輩。

 今日見たものは、忘れるな。

 でも、誰にも言うな」


「……はい」


「明日、もっと深いところが見える」


 車は静かに動き出した。


 ――見えてしまったものは、もう戻らない。


 俺はシートベルトを握りしめながら思った。


(名前を呼ばれる日は……近いのか、遠いのか)


 その答えは、まだ分からなかった。


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