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先輩、コロシです!ver.4 マル暴編  作者: 双鶴


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第3話「兆しの正体」

 黒い車が止まってから、空気が変わった。


 昨日までの張り込みは、ただの退屈だった。

 でも今日は違う。

 車のドアが開く音ひとつで、背中に汗がにじむ。


「後輩、双眼鏡」

「は、はい!」


 俺が渡すと、先輩は静かに覗き込んだ。

 その横顔は、いつもの無表情なのに、どこか鋭い。


「……やっぱりだ」

「何が“やっぱり”なんですか?」


「昨日までいなかった顔がいる。

 それも、あの組の“外側”の人間だ」


「外側……?」


「暴力団は、内部の人間だけで動くときは静かだ。

 外部の人間が混ざるときは、何かが起きる前兆だよ」


 先輩は淡々と説明する。

 俺はただ、心臓の音がうるさくて仕方ない。


「後輩」

「はい」

「深呼吸」


「……バレてました?」

「バレバレだよ。お前、緊張すると肩が上がる」


 そんなところまで見てるのか、この人は。


「でも先輩、もしあれが“兆し”なら……どうするんですか?」

「どうもしないよ」

「えっ」


「観察するだけだ。動くのは、もっと後」


 先輩は双眼鏡を下ろし、俺のほうを向いた。


「後輩。マル暴の仕事は“止める”ことじゃない。

 “起きる前に気づく”ことだ」


「……止めないんですか?」

「止めるのは、もっと大きな力の仕事だよ。

 俺たちは、その前の“気配”を拾う」


 その言葉が、妙に胸に残った。


「後輩」

「はい」

「昨日言ったこと、覚えてる?」


「“名前を呼ぶのはまだ早い”ってやつですか?」

「それ」


 先輩は少しだけ視線を落とした。


「名前を呼ぶということは、その人を“現場に巻き込む”ということだ。

 名前を呼んだ瞬間、俺とお前は同じ場所に立つことになる」


「同じ場所……?」


「責任も、危険も、覚悟も。

 全部、同じになる」


 先輩の声は静かだったが、重かった。


「だから俺は、お前が“見えるようになる”までは名前を呼ばない。

 呼んだら最後、もう守れなくなるから」


 守れなくなる――

 その言葉が、妙に胸に刺さった。


「……先輩」

「ん?」

「俺、そんなに頼りないですか?」


「頼りないよ」

「即答!」


「でも、伸びしろはある」


 先輩は窓の外を見ながら続けた。


「後輩。お前はまだ“表”しか見ていない。

 人も、事件も、組織も。

 マル暴は“裏”を見る仕事だ」


「裏……」


「裏が見えるようになったら、名前を呼ぶよ」


 その瞬間、建物の扉が勢いよく開いた。


「先輩、誰か出てきました!」

「後輩、声を落とせ」


 出てきたのは、昨日見た幹部と、

 今日初めて見るスーツの男。


「……動くな」

「え?」


「まだ“兆し”だ。

 でも、兆しは兆しでも――悪いほうの兆しだ」


 先輩はシートに深く座り直し、

 まるで嵐の前の静けさみたいに息を整えた。


「後輩」

「はい」

「今日、何かが始まる」


 俺はごくりと唾を飲んだ。


 マル暴の世界が、

 いよいよ本気を出してきた。


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