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先輩、コロシです!ver.4 マル暴編  作者: 双鶴


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第10話「名前の重さ」

 裏路地で倒れていた幹部は、意識はあるものの何も話さなかった。

 怯えた目だけが、すべてを物語っていた。


 俺と先輩は、再びフロント企業の前に戻ってきた。


「先輩……今日で、全部繋がるんですか?」

「繋がるよ。

 でも、全部“見える”わけじゃない」


「見えない部分があるんですか?」

「あるよ。

 暴力団の世界は、見えない部分のほうが多い」


 先輩は双眼鏡を覗きながら続けた。


「後輩。

 お前は今日、“踏み込む覚悟”を持ってここに来た。

 それは分かってる」


 胸が熱くなる。


「でも――」


 先輩の声が低くなる。


「覚悟だけで踏み込むと、死ぬ」


 背中が冷たくなる。


「だから俺は、お前を名前で呼ばない。

 名前を呼んだ瞬間、お前は俺と同じ場所に立つ。

 同じ危険を背負うことになる」


「……先輩は、俺を守ってるんですか?」


「守ってるよ」


 即答だった。


「でも後輩。

 守られてるうちは、名前は呼ばない」


 その言葉が、妙に悔しかった。


「先輩……俺、いつか名前を呼ばれたいです」


「知ってるよ」


 先輩は双眼鏡を下ろし、俺のほうを向いた。


「後輩。

 名前というのは、“覚悟の証”だ。

 呼ぶ側にも、呼ばれる側にも覚悟がいる」


「覚悟……」


「お前は今日、覚悟を持ってここに来た。

 でも、まだ足りない」


「足りないんですか……」


「足りないよ。

 でも――」


 先輩は少しだけ笑った。


「昨日よりは、ずっといい」


 そのとき、建物の裏口が開いた。


 昨日の“橋渡し役”の男が出てきた。

 だが、昨日とは違う。

 顔色が悪く、手が震えている。


「先輩、あれ……」

「後輩、声を落とせ」


 男は周囲を見回し、裏路地へ消えていく。


「……終わったな」

「終わった……?」


「内部で“処理”が終わったということだ。

 だから橋渡し役が外に出てきた」


 背中が冷たくなる。


「後輩。

 今日で“線”は全部繋がった。

 でも、俺たちが踏み込む段階じゃない」


「じゃあ、俺たちは……」

「“見届ける”だけだ」


 先輩は静かに息を吐いた。


「後輩」

「はい」

「今日、お前はよく見た。

 昨日より静かだったし、昨日より冷静だった。

 そして、昨日より覚悟があった」


 胸が熱くなる。


「でも、まだ名前は呼ばない」

「やっぱり!」


「まだ早い。

 名前を呼ぶのは、“同じ場所に立てる”ようになってからだ」


 先輩は車のエンジンをかけた。


「後輩。

 今日、お前は一歩前に進んだ。

 それで十分だよ」


「……先輩」


「名前は、いつか呼ぶ。

 でも、それは“お前が自分の足で立てるようになった日”だ」


 車は静かに動き出した。


 街はいつも通りだった。

 でも、胸の奥だけが熱かった。


(名前を呼ばれる日は……必ず来る)


 そう思えたのは、

 先輩の言葉が、初めて“優しさ”として聞こえたからだった。



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