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先輩、コロシです!ver.4 マル暴編  作者: 双鶴


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第1話「マル暴に来たんですけど」

 マル暴――正式には「組織犯罪対策課」。

 警察学校の同期からは「一番ヤバいところ」と言われ、

 先輩からは「お前には一番向いてないところ」と言われた部署。


 なのに、なぜか俺は今日からここに配属された。


「先輩! 今日こそ殴り込みですか!」

「しないよ。あと殴り込みは違法だよ」


 マル暴の先輩は、氷みたいに静かな人だ。

 声を荒げたところを見たことがない。

 怒っているのか、喜んでいるのか、眠いのかも分からない。


「後輩、今日の任務は張り込みだ」

「張り込み……ですか?」

「うん。動く前に“見る”。それがマル暴の基本だ」


 張り込み車両の中は、思ったより狭かった。

 缶コーヒーの匂いと、先輩の淡々とした筆記音だけが響く。


「先輩、あの建物にいるのが……」

「暴力団のフロント企業。今日は“兆し”を見る日だ」


「兆し、ですか?」

「暴力団は、殴る前に動く。動く前に考える。考える前に、必ず兆しがある」


 先輩は、まるで天気予報でもするみたいに静かに言った。


「例えば、いつもより出入りが多いとか、

 いつもより静かすぎるとか、

 いつもより缶コーヒーの銘柄が違うとか」


「最後の必要あります?」

「あるよ。人間は、緊張すると好みが変わる」


 そんなこと、どこで学ぶんだ。


「後輩、今日の目標は“何も起こらないこと”だ」

「えっ、事件が起きたほうが……」

「起きないほうがいいに決まってるよ。

 事件が起きたら、誰かが泣くから」


 先輩は窓の外を見たまま、静かに言った。


 その横顔が、妙にかっこよかった。


「……でも先輩」

「ん?」

「俺、マル暴に来たって友達に言ったら、

 “お前、絶対すぐ死ぬ”って言われました」


「正しいね」

「正しいんですか!?」

「後輩は、勢いだけで生きてるから」


「じゃあ、俺はどうすれば……」

「まずは、静かにすること」


 先輩は、俺の缶コーヒーを指さした。


「それ、開けるときの“プシュッ”が大きい。

 あれで相手に気づかれる」


「そんなことで!?」

「そんなことで、だよ」


 俺は缶をそっと置いた。


「後輩」

「はい」

「今日の任務は、静かに、観察して、

 “何も起こらなかった”と報告すること」


「……地味ですね」

「地味だよ。でも、地味な仕事が一番強い」


 先輩はそう言って、またメモを取り始めた。


 俺は缶コーヒーを握りしめながら思う。


(……地味すぎる。でも、かっこよすぎる)


 こうして俺のマル暴生活は始まった。


 ――そしてこの日の“何も起こらない張り込み”が、

 後にとんでもない事件の入口だったことを、

 このときの俺はまだ知らない。


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