第4話 勝利の暁は、死んだふりを覚えることにあり
道端で不運に見舞われるのはまあいつものこととして……よりによって、ガチャ運まで最悪とか……おまけに出てきたヒーローが初心者ってどういうことよ。
三十歳の紳士である俺様が、プライドを捨ててコスプレみたいな恥ずかしい魔法少女になったのに、結果はたったのCランク。次は降臨する前にヒーローの経歴をちゃんと確認してから決めないと……いや、次なんてないんだ!
「ひ、み、つ、って言いたいところだけど、今回だけは特別に教えてあげるにゃ。実はね―」
「待て」
俺が一歩踏み出したとたん、シートンという名のでかい男がサッと俺の前から飛び退いて、わざと距離を取った。
「お前に近づかれたくないんでな……俺の推測が正しければ、お前はエーテルを吸収しながら、同じエーテルを持つものを操れる。まるでDNAみたいに……そいつのエーテルが残ってるものなら、お前の思い通りになるんじゃないのか……」
「……」
チッ、やっぱりそんなに甘くなかったか。
「はは、そんな都合の良いこと、あるわけないにゃ?」
「確かに信じがたい話だ。だが、お前がセイモンのナイフを拾った瞬間から、彼の運命は決まっていた……ただ、それも代償なしの能力じゃないんだろう。そうでなきゃ、そこまで慎重に使わないはずだ」
はぁ……まったく、ヒーローだろうが異変者だろうが、どいつもこいつも生意気な奴らばっかりだな。
「じゃあ、お前はどうする?降参するか?それとも逃げるかにゃ?」
「逃げる?いや、さっき言っただろう。勅命は絶対だ……それを果たすまでは、この場を離れるつもりはない」
「……は?まさかこのまま、うちの前で野宿でもする気……にゃ?」
言いかけたその時、シートンが地面から、さっき俺が投げた『電線』を拾い上げるのを見た。
「ふん、やはり思った通りだ。見た目だけの、ただのロープに過ぎんか」
「うっ……」
こいつ、俺と野郎の戦いを観察するために、わざと気づいてないフリしてたってことか?
俺はあの天才的な目くらましが成功したと喜んでたのに。
「だがちょうどいい。コード『N-Alpha』——」
「ちょ、待って……何にゃ?!」
……この起動式、俺の使う『鍵』と似たタイプ?!
さっきまでの勝利の喜びは一瞬で吹き飛び、シートンの予想外の行動に、全身が一気に緊張に包まれた。
「――無限鉄鋼!」
目を瞬きする間もなく、さっきまでシートンが適当に握っていたロープが、まるで鉄筋のように硬くなっていた……
そして彼の雄叫びと共に、丸太のような逞しい肩の力を借りて、金属光沢を放つ鉄のロープが、まるで落下する隕石のように投げられた。
一瞬で、その中心から放たれた熱風がビリビリと肌を焼き、音速を超えたかのような爆音の尾を引きながら、かすっただけで周囲のガラスが次々に粉々に砕け散っていく。
……まずい!避けられない!
いや、正確にはあの速度を避けられないわけじゃない。問題は、その一撃に込められたパワーが、明らかに先ほどやつのナイフを上回っている。このまま放っておいたら、廊下の壁に大穴が開くどころじゃすまない。最悪、フロアごとぶち抜かれる……!
もしそんなことになったら……近くにいる少女も巻き込まれてしまう。
「くそっ……ここで怪我したら労災にならないんだぞ!おい、ノア!どんな防御でもいい、今すぐ出せにゃ!」
『詠唱中――』
「詠唱なんかしてる場合じゃない!終わる前に死んじゃうにゃ!」
おなじみで無駄に派手なカラフル気泡がポンポンと爆ぜる中、背面が水晶のように透明で、正面に可愛い猫顔が彫られた八角形の光の盾が、俺の前に瞬時に展開された。
――ドォォン!
耳をつんざくような轟音が四方に響き渡り、激しい衝撃で足元がふらつく。正面から押し寄せる風圧に、必死に盾を支える俺の、少女化された華奢な身体を、まるで嵐の中の葉っぱのように一方的に蹂躙してきた。
……そんな極限状態の中、腰のスカートだけは揺るぎなく太ももを守り、どんなに強い気流に吹かれても、決して安全な角度を超えて揺れることはないようだ。
この意味不明な『絶対防御』が、他の正しい場所に使われればいいのに……。
「うっ……ぷはっ、危うく死ぬとこだったにゃ……」
ようやく衝撃が収まり、口の中の砂をぺっぺっと吐き出しながら、少女の周囲以外が壊滅状態になった廊下を見渡し、思わず安堵のため息をつく。
……良い知らせは、軽い擦り傷程度で済んだこと。俺も、少女も、命に別状はなさそうだ。いまいち信用できなかった『シールド』、意外にもけっこう頑丈だったにゃ。
……悪い知らせは、さっきの強烈な衝撃で、俺の手にあった『シュークリーム』が飛んでいって、手の届かない下の植え込みに落ちてしまったこと。
これで完全に武器を失って、ピンチどころか大・大・大ピンチにゃ……。
でも、相手も俺と似たような『鍵』を使ってるなら……きっと連発はできないはずだ。次は俺が反撃する番――だった?
ボロボロのシールドが消え去り、次にどうするかを考えようとしたその時――ふと、片腕の感覚がなくなっていることに気づいた。
柔らかな感触も、白く透き通る肌も失われ、代わりにそこにあったのは、まるで石にでもなったかのような、硬くて埃まみれの腕。
「う、うそ……さっきのかすり傷のせいにゃ?!」
驚きとともに額から冷や汗が滴る俺を見て、シートンはサングラスの奥で、珍しく冷笑を浮かべていた。
「エーテルに影響を与えられるのは、お前だけじゃない……俺も領主様から授かった『鍵』によって、さっきみたいに万物を硬化させる能力を持ってる……しかも、硬化したエーテルを物体に付着させれば、傷口から相手の体内に入り込める。つまり、ほんのかすり傷でも致命傷になり得る」
「あの威力満点の一撃は、表面的な餌だけだったのか?!わざと防御させるつもりで……チッ、外見はあんなに正々堂々としてるくせに、やることは卑怯だにゃ!」
「ふん、さっきセイモンはお前と正面から戦うことを選んだが、その結果は巧妙な計算と能力によって敗れた。これが、お前の言う堂々とした戦い方か?」
「……それもそうにゃ」
でも、こんな非人道的な怪物と同列に扱われるのは、なんだか気に食わない。
「別にお前を侮っているわけじゃない。むしろ、特別な手段を使わなきゃ倒せないほど危険な相手だってことだ。どうだ?今、力の差を思い知ったなら、大人しくあの少女と一緒に連れて行かせろ。そうすれば硬化を解除して、命も今は助けてやる……ただし、その後の生死は領主様次第だ」
「悪いけど仕事があるんだ。毎日時間通りに出勤しなきゃいけない人間には……気まぐれな出張なんてする余裕はないにゃ!」
そう言いながら、俺は密かに指を動かした。『シュークリーム』を失った魔法少女が今使えるのは、さっきまで敵だったセイモンが残した匕首だけ。
廊下や壁、天井に刺さっていた匕首が一斉に集まり、俺の前に隙間のない刃の壁を作り上げた。
「無駄だ。そんなものに何の意味もない」
例の厄介な硬化能力のおかげで、シートンはその致命的な刃の嵐の中を、まるで散歩でもするかのように歩いてきた……指先の手袋から身につけている黒いローブ、さらには足元の靴が跳ね上げる水滴まで、彼が硬化させたものは何でも、襲いかかる攻撃を簡単に無効化してしまうようだ。
気づけば彼の歩いた両脇にはナイフが雨のように突き刺さり、全力を尽くしてなお最後の防壁を失った俺は、彼の前にただ立ち尽くすしかなかった。
そして、シートンはぴたりと歩みを止め、冷え切った声で告げる。
「チェックメイトだ……観念したか?」
「……」
俺が無表情で彼を睨みつけると、シートンも少し残念そうに首を振った。
「そうか……たしかにお前は貴重な存在だが、そこまで頑固なら……仕方ない。ならば俺はお前を――」
「ばーん!にゃ!」
「ん?今度は何のつもりだ?」
不思議そうにこちらを見るシートンの前で、俺はゆっくりと指を彼に向けて、空中で『撃つ』ような仕草をしてみせた。その直後――
遥か下方の側面から、一筋の閃光が突然走った。まるで天啓の雷鳴のごとく、一瞬で彼の巨大な背中を撃ち抜く。
「ぐあっ?!」
大きくバランスを崩したシートンは、強烈な痛みに顔をしかめ、負傷した背を押さえながらその場に膝をついた。額からは大量の冷や汗が褐色の肌をつたって流れ落ちていく。
……さすがに全身硬化処理した体だけあって、さっきセイモンを一撃で溶かした強力な魔法――シャイニング・ジャッジメントでも、重傷を負わせるのが精一杯みたいだ。
「でも歩くときは気をつけないとね。関節部分の衣服は扱いにくいでしょ?適当に『硬化』したら、動くのも大変になっちゃうにゃ」
「……くっ、まさかそこを狙っていたとは!?やはり油断も隙もないやつだ……だが、お前の杖はもう手元にないはず!一体どこから攻撃した?まさか本当に魔法少女の魔法で!?」
「ははっ、そこまで期待されても困る……魔法で出したっていうより、最初から仕込んでおいたんだよ」
「……仕込んでいた、だと?」
半信半疑で私の指差す方向――すなわち、下の茂みに視線を向けたシートンは、次の瞬間、まるで何かに気づいたかのように目を見開き、冷徹だった表情が次第に焦りに染まっていく。
「あのシールドは杖を使わずに自分で作ったのか?!わざと詠唱を始めた杖を投げ捨てたのか?!」
「あぁ、あの魔法の威力はすごいけど、正面からお前の頑丈な硬化を破るのは難しいと思ったにゃ」
「貴様……まさかあの時から……ここまで計算済みだったのか?!」
「ふふっ、計算なんてないよ。勘だよ勘!それに、前にも言ったでしょ?俺は小さい頃からクラスで唯一『底知れない』って評価された男にゃ!」
……実は単に手を滑らせただけ、なんて言えないよね。
「どうやら俺もセイモン同じく、自分の油断に代償を払わされたようだ……だが、魔法少女……いや、俺をここまで追い詰めた見知らぬ者よ。忘れるな、今この瞬間もお前の身体には硬化の呪いが侵食を続けている。少し待てば、最終的に勝つのは俺だ。残念だが、時間は俺の味方だ」
汗で濡れたサングラスを外し、初めて素顔を見せたシートンは、驚くほどの傷跡が刻まれた両目で俺を見つめ、その眼差しには相手を認める敬意と……余裕の自信が満ちていた。
「……確かに、そう見えるかもね。でも、さっきお前が言ってたよね――『エーテルに影響を与えられるのは、お前だけじゃない』って。そうだにゃ?」
「それがどうした。今さらお前に何ができる……?!」
まるで夢の中の光景みたいに、呆然とした顔のままのあいつが、オレの鎖骨まで達していたはずの石化が、まるで時を巻き戻すように徐々に引いていくのを見た時——その瞳の奥にあった最後の理性の砦が、ボロボロと崩れ始めたのが分かった。
「そ、そんな……バカな……!まさかオレが、わざわざお前の体内に流し込んだ硬化エーテルまで……吸収したのか?!」
恐ろしい真実に気づき、必死に顔を上げたシートンは、思わず俺に向かって叫んだ。
「さぁ、どうかにゃ?でもまあ、間一髪だったってのは間違いないね、さっきの一撃で稼いだ時間がなかったら、今頃俺はもうアウトだったかも……いやあ、考えるだけでも本当に危なかったにゃ」
「くっ……何が『間一髪』だ!結局全部お前の計算通りだったんだろうが……化け物、本物の意味で理解不能な『怪物』め!」
「黙れ!人のこと怪物って言う奴こそ怪物だにゃ、ぺっ」
彼の前に歩み寄ると、膝をついたシートンは、さっきまで俺が彼を見ていたのと同じ恐怖の目で俺を見上げていた……今、彼の目の奥で何を考えているのかはわからない。怒りかもしれない、後悔かもしれない。あるいは純粋な未練かもしれない。でも、どんな感情であれ、最後に大きく見開いた傷だらけの目に映る灰色に揺れる瞳孔の中心には、ただ一つ、銀髪の魔法少女の――幼くも無慈悲な顔がくっきりと映し出されていた。
「あ、そうそう、最後に一つだけ教えてあげるにゃ」
血と埃にまみれた白い手袋を、シートンの頭に軽く乗せ、ハゲ部長の頭みたいなツルツルした感触を味わいながら、小声で言った――
「さっきのエーテルで分かったんだけど……お前が使ってる領主からの『鍵』、あれ、ただのニセモノだよ。本物だったら、勝負はわからなかったかもにゃ」
「なっ……!?」
「――無限鉄鋼にゃ」
驚きの表情を浮かべたシートンが口を開いた瞬間、彼は頭からつま先まで喋れない石像になってしまった。
「結局、盲目的に領主なんかに従ったって、こんな結果を招いたってわけ……利用されただけの馬鹿者にゃ」
返事の来ない独り言を言い終え、目の前で完全に脅威ではなくなった敵を見て、やっと安堵のため息をついた俺は、ふらつく足でよろよろと数歩歩き、そのまま壁に背中をつけて力なく滑り落ちるように座り込んだ。
「はぁ……もう少しで終わりかと思った。いや……ある意味、終わりも同然かにゃ」
激しい鼓動を落ち着かせようと努めながら、目の前の惨状を見て、思わず頭を抱えたくなった……最初の死への恐怖はもう麻痺してしまい、危機を乗り越えた後の余韻も特に喜びをもたらさない。それどころか、今はむしろ瞼が重くなるような疲労感と、これからどうやって大家さんの損害賠償に対処するかという深い絶望感が押し寄せてくる……。
「うぅ……今から宝くじ買いに行けばまだ間に合うかにゃ……いや、弱音を吐いてる場合じゃない。あの子、無事かな……まだ今のうちに、急いで病院に連れて行かないと――」
……えっ?
しかし、歯を食いしばって立ち上がり、疲れ切った体を引きずって角の少女のところに向かおうとした時、予兆もなく体に変化が訪れた――
一瞬の間に、あの雪のように白くてすべすべだった肌が元のゴツゴツした質感に戻り、しなやかだった手足もずっしりとした重量感を取り戻していく。
無邪気で可愛らしい魔法のワンピースは、四方に散る光の中で儚くなり、手に持っていた武器と一緒に光の粒子となって、ゆっくりと上昇し、周りの空気に蒸発するように消えていった……代わりに現れたのは、毎朝あくびをしながら鏡の前で見慣れた疲れた顔のヒゲ面と……数日間洗っていない臭い古いワイシャツだった。
『警告――最大エーテル臨界値に到達。安全システムにより強制解除を実行します』
「おいおい?!なんでこんなタイミングで――」
——ゴンッ!
言い終わらないうちに、小さな体から大きな体に戻った俺は、勢い余って顔面から冷たい地面にぶつかってしまった。
「ぐっ、俺のイケメンフェイスがぁ……」
せめて降臨解除くらいカウントダウンしてくれたっていいじゃない!始まりも終わりもいっつも唐突すぎなんだよ、マジで……
鼻を押さえて、中から止まらない鼻血を止めようと顔を上げていると、遠くの後ろから微かにサイレンの音が聞こえてきた。
「ちっ、またしても遅れてやってくる治安官か……ほんと、手柄だけ持ってくのだけは得意な連中だな。まあ、群星協会のやつが片付けに来るよりはマシか」
足元でまだ息をしている少女を見て、少し安心して目を閉じた。耳元で子守唄のように近づいてくるサイレンの音を聞きながら、脳内ではひたすら羊を数えるように、雀の涙ほどの貯金残高を指折り数えていた。
高鳴る鼓動も、ようやく静まっていく——
……結局、暖かいお風呂に入ってベッドに潜り込むことはできなかったな。
部屋に戻る力はまだあるけど、多分すぐに引っ張り出されて現場の惨状を説明させられるだろう。だったら――
もう少しここで死んだふりをしていよう。




