第8話:ピンチと王子と平手打ち
ユリウスへの教唆、詐欺行為、そして私への陰謀。…これで、あなたの罪状は全て揃った。私の婚約も、名誉も、きっちり返してもらうわよ!
そして――わたしは、恐怖に震えるか弱い令嬢の仮面を、ゆっくりと、脱ぎ捨て、氷のように冷たい、素の瞳で彼を見据える。
ここからは、賭けだ!私は、ネックレスを強く握り込み、アレクシス殿下に助けを求める!
お願い!届いて……守って、アレクシス様!
「そういえば、自己紹介がまだでしたわね、バルトロさん」
「…なんだ、その目は」
「私の名前はアンジェーヌ・フォン・クライネルト。役職は、第二王子付き、対商王特別捜査協力官心得…といったところかしら」
「は?何が、特別捜査だ!生意気なんだよ、おまえはよ!」
バルトロの顔が怒りに歪む。
「その目!イライラさせる!数ヶ月は様子見をしようかと思ったが、やめだ!すぐにでも両目を潰して、娼館へ売り払ってやる!」
そう言って、バルトロは私の両手をつかみ、ナイフを取り出し、私の目の前に突きつけた…ナイフの切っ先が、私の瞳を捉える。冷たい鋼の光に、死の予感がよぎった。
え?いきなり、ピーンチ!いや、もう、無理かもー!
絶体絶命の中、この状況を脱する方法を、必死に考える。前世で見た護身術動画を必死で思い出した。狙うは人体の急所…!スカートの裾が邪魔になるのも構わず、思い切りハイヒールで蹴り上げた!
「グォ!」
鈍い音と共に、男が呻く。あ、見事に当たった、男の急所!
両手がとかれた隙に、急いで扉へ向かう…が、鍵がかかってる!
「くそ!この、どブス女!今すぐ殺してやる!」
背後で、バルトロが床に落ちたナイフを拾い上げるのが見えた。
もう時間がない!仕方がないので、テーブルにあった花瓶を持ち上げ、振り返りざまにおっさんに投げつけた。
「どこを狙ってる?もう逃げ場などないんだよ!」
ガッシャァァァン!!
部屋の窓ガラスが、凄まじい音を立てて粉々に砕け散った。投げた花瓶が、窓に当たったのだ!
そうだ、カエラがトランクに入れてくれた、あのショール!私は、すぐさまトランクを開け、一番上に置かれていた大判のショールを掴み取る。
カエラの祈りが込められた、丈夫なシルクのショール。これを、ロープ代わりにするのよ!
私は、ショールの一端を重いベッドの脚に固く結びつけると、もう一端を砕けた窓の外へと投げた!
「お願い!助けてー!アレクシスさまー!何でもしますからー!」
叫びながら、窓枠に足をかけ、ショールを伝って降りようと体を乗り出した、まさにその瞬間!
「逃がすかァッ!」
背後から、獣のような手が伸びてきて、私の髪を鷲掴みにした。
「ぐっ…!」
強引に部屋の中へと引きずり倒され、私は床に叩きつけられる。
「ははは!誰も助けは来んぞ!王子も、おまえがこんな場所にいるとは知るまい!」
再び、両手を捕まれ、バルトロが、狂ったように高笑いした、その時だった。
ドンッッ!!と、轟音と共に、部屋の扉が蝶番から吹き飛んだ。
黒い影が、嵐のように室内へとなだれ込んでくる。それは、王家に仕える近衛騎士の中でも、精鋭中の精鋭で構成された、アレクシス殿下直属の部隊『月影の猟犬』!
彼らは、重装備の騎士とは違い、音もなく、しなやかな動きで、驚愕する傭兵たちの懐に滑り込むと、剣の柄で急所を打ち、あるいは鮮やかな体術で関節を極め、一瞬で戦闘能力を奪っていく。
阿鼻叫喚の地獄絵図になるかと思われた室内は、プロフェッショナルの手によって、静かに、そして迅速に制圧されていった。
そして、砕け散った窓枠の中心に、月光を背負って一人の男が静かに降り立った。白銀の髪を夜風になびかせ、その金色の瞳は、燃えるような怒りの光で、私の腕を掴むバルトロを射抜いていた。
「…アレクシス、殿下…」
「アンジェ、待たせたな。商王バルトロ。貴様の独白、実に聞き応えがあった」
彼の声は、地を這うように低く、絶対零度の冷気をまとっていた。
「…な、なぜ、ここが…!」
「俺の『餌』に、発信機と録音機を兼ねたお守りをつけておくのは、狩人として当然の嗜みだろう?」
アレクシス殿下は、私の胸元で青く輝くネックレスを指し示す。その光景に、バルトロの顔が絶望に染まった。
「離せ。その汚い手を、俺のアンジェーヌから」
「ひっ…!」
アレクシス殿下の凄まじい殺気に、バルトロの手からナイフが滑り落ちる。その隙を逃さず、隊員たちが彼を取り押さえる。
腕の拘束から解放された私は、隊員に押さえつけられ、なおも何かをわめいているバルトロの前に、まっすぐに歩み寄った。
バシンッ!
乾いた音が、静まり返った部屋に響き渡る。私の渾身の平手打ちが、ヤツの頬に炸裂したのだ。
「―――『どブス』は、あなたの方よ」
そして、全ての力を使い果たしたかのように、倒れこむ私を、いつの間にか隣に来ていたアレクシス殿下が、力強く、しかし優しく抱きとめてくれた。
「…よく、耐えたな」
耳元で囁かれたその声に、
「ネックレス!意味なく持たせたりしないとは思ったけど!説明しといてよ、私にも!」
「…アンジェは顔に出そうだっから…でも、窓を壊してくれたおかげで、すぐに部屋の特定ができた」
「…怖かったんだから…信じてたけど…」
「…すまん…俺の方こそ、何でもしてやるから…」
その言葉を聞く前に、私は、疲れと恐怖から解放された安堵から、気を失ったのだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
今回もチョコっと加筆です。とりあえず、自分の手で殴らせてあげたかったので…
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