第7話:商王の独白
翌朝、クライネルト公爵家の玄関には、地味だが頑丈な作りの馬車が一台、停まっていた。これから私が「療養」という名の監獄へと向かうための、護送車だ。
両親は、涙ながらに私の手を握りしめた。
「すぐに良くなるからね、アンジェーヌ」
「何かあれば、すぐに知らせるのですよ」
(…その「何か」があった時、知らせる術がない場所に連れて行かれるのですよー、お父様、お母様…)
喉まで出かかった言葉を、私は必死に飲み込んだ。今ここで何を言っても、彼らの耳には届かない。私は、完璧に「心を病んだ可哀想な娘」を演じきるしかなかった。
馬車に揺られること、半日。窓の外の景色が、見慣れた王都の街並みから、鬱蒼とした森へと変わっていく。不安に押しつぶされそうになる心を、必死で叱咤する。
(大丈夫。私には、これがある!)
私は、胸元で冷たく輝く青い宝石のネックレスを、ぎゅっと握りしめた。アレクシス殿下がくれた、お守り。彼がただの感傷で、こんなものを私に渡すはずがない。きっと、何か意味があるはずだ。そう信じることだけが、今の私の唯一の支えだった。
やがて、馬車は美しい湖の畔に佇む、白亜の館の前で停まった。パンフレットで見た通りの、絵画のように美しいサナトリウム。
だが、近くで見ると、その印象は一変した。
庭師のふりをした、屈強な傭兵たち。医師を装った、鋭い目つきの男たち。
…鉄格子とかないだけ、まだマシかしら。ため息しか出ないわ。…まるで、美しい私を囲うための鳥籠ね!
案内されたのは、「病室」というにはあまりに殺風景な、石造りの冷たい一室だった。華美な装飾は一切なく、あるのは硬そうなベッドと、小さなテーブルに花もない花瓶だけ。
侍女が無言で部屋を出ていくと、背後でガチャン、と重々しい鍵の音が響いた。
これから、どうなることやら…
トランクを開けるも、滞在する気にならないため、中身を整理する気が全く起きず、ただただ眺めているだけで時間が過ぎていった。
どれほどの時間が経っただろうか。
再び鍵が開けられ、部屋に入ってきたのは、医者でも侍女でもなかった。
「ようこそ、クライネルトの宝石とやら…」
ゆったりとした足取りで現れたのは、全ての黒幕――商王バルトロ、その人だった。
「ひどい顔だな。まあ、無理もないか。これから始まる、おまえの『本当の療養』を思えば」
彼は、まるで勝利を味わうかのように、ワインを一口飲む。その余裕綽々の態度に、私の恐怖は、いつしか冷たい怒りへと変わっていった。
私は、震える声で、ずっと聞きたかった質問を口にした。
「…なぜ、私にここまで執着なさるのです?」
その言葉は、彼の愉悦に満ちた表情を、さらに醜く歪ませた。
「執着?ハッ、人聞きが悪いな。これは『復讐』だ。おまえへの、十年越しの、な!」
彼は、堰を切ったように語り始めた。
「俺も、おまえと同じ転生者だ。だが、おまえのように恵まれた生まれではなかった。貧しい平民として、泥水をすするような毎日だったよ」
彼の目が、狂的な光を帯びる。
「10年前、街中で、迷惑な豪奢な馬車が、俺の馬車の前をノロノロと走っててな。イライラしたよ!貴族様だか知らねぇが!前世で俺の前をチャリで走っていた、あの時の女を思い出させた!」
ゴクリ、と私は息を呑んだ。
「そうしたら、その貴族様の馬車が急に止まりやがって!ガキが出てきて、道端に落ちたハンカチなんぞ拾ってやがった!そのガキをみた時に、確信したよ!このガキはあの時の女の生まれ変わりだと!」
あの時?って…まさか…
「知ってたか?お前が、フラフラとトラックに突っ込んでった後、そのトラックは俺の方に向かってきて、巻き添えで俺も殺されたんだよ!お前のせいで!俺は死んだんだ!」
衝撃の事実!なんと、死ぬ前に、あの「どブス!」って叫んでたおっさん一緒に死んでたのか。そして、その転生者がこの人と。だから、私に執着してたのねー。納得!
「俺を殺した元凶が、公爵令嬢として、何不自由なく、ヘラヘラと笑いながら生きている!こんな理不尽が許されるか!」
彼は、ワイングラスを壁に叩きつけ、粉々に砕け散った。
「だから決めたんだよ!おまえから全てを奪い、不幸のどん底に突き落としてやると!あの夜会でユリウスに言わせたのは、始まりの合図だ!どうだ、惨めな気分だろう!?この、どブスが!」
彼の口から放たれた、魂に刻み込まれた忌まわしい言葉。
だが、その独白を聞き終えた私の心は、不思議なほど凪いでいた。
恐怖はない。あるのは、全ての謎が解けたことによる、確信と、燃え盛るような闘志だけ。
ここからが、私の仕事だ。
公爵令嬢(元OL)の、本当の逆襲を、今、ここから始めてあげる。
(…大体、あーゆう、『自分の思い通りに物事が進まないと怒るやつ』って、自尊心をくすぐってやれば意外とちょろいのよねー)
前世で、数々の理不尽クレーマーを相手に培った、私の生存戦略だ。
私は、恐怖に打ち震えるか弱い令嬢の仮面を、再び被り直し、縋るようにネックレスを握り締めた。怯えたような、それでいて、どこか尊敬するような、潤んだ瞳をバルトロに向ける。
「…すごい。すごいのね、あなたは…」
私の、か細い呟きに、バルトロが眉をひそめた。
「…なんだと?」
予想外の反応だったのだろう。もっと泣き喚いたり、命乞いをしたりするとでも思っていたのかしら。
「だって、私一人をここまで追い詰める計画もそう…。でも、それだけじゃないのでしょう?ユリウス様のシュミット侯爵家を手玉に取り、多くの貴族を支配下に置く…あなたのその『手腕』、一体どうやっているの?」
私の、熱のこもった賞賛に、バルトロの口元が、醜い愉悦に歪んだ。
「フン、当然だ!この世界の連中は、揃いも揃って頭が固いからな!俺の前世の知識があれば、赤子の手をひねるより簡単よ!」
(…乗ってきたわね!)
「それに、年老いた貴族からお金を巻き上げる手口も見事ですわ!『オレオレ詐欺』でしたっけ?」
私が前世の言葉を口にしたことで、彼は完全に気を許したのだろう。まるで武勇伝でも語るかのように、自らの悪行をペラペラと語り始めた。
「そうだとも!どこの世界でも、年寄りは搾取される生き物なんだよ!子供が困っていると言えば、ホイホイと金を出す!俺の組織は完璧だ!尻尾なんて掴めるものか!」
土地の地上げ行為、不当な貸付、次々と暴露される犯罪の数々。
私は、最後の仕上げに取り掛かる。
「でも、一番すごいのは、ユリウス様を操ったことよ。どうやって、あのプライドの高い侯爵家の貴公子を、あなたの思い通りに?」
その質問に、バルトロは喉を鳴らして笑った。
「簡単なことだ。シュミット家は、俺の仕掛けた別の詐欺で領地を失いかけ、火の車だった。そこへ融資を持ちかけ、借金で首が回らなくなったところで、おまえとの婚約破棄と賠償金の話を持ちかけたのさ。全ては、俺の筋書き通りよ!」
…これで、全て揃った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
今回は、短編とあまり変わりありません。バルトロが長く喋ってるとイラッとするので、加筆できませんでした…
もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!




