表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/23

第3話:冷徹王子と女優生活

 私とアレクシス殿下の、奇妙で危険な共闘生活が始まった。


 昼の私は、学園の生徒たちの前で『心を病んだ可哀想な令嬢アンジェーヌ』を完璧に演じきる女優…

 廊下ですれ違いざまに「あら、『ドブス令嬢』、今日も顔色が優れませんこと」なんて囁かれれば、弱々しく肩を震わせ、瞳を潤ませる。

 食堂でわざとらしく「このスープ、味がしなくて『ドブス』だわ!」なんて聞こえてくれば、ショックでスプーンを取り落としてみせる。

(…上等じゃないの。前世じゃ、もっと理不尽なクレームにだって笑顔で頭を下げてきたんだから。演技力には自信あるわよ!)

 心の中で毒づきながらも、私の完璧な被害者ムーブに、周囲は「やはり、相当にお心が、疲弊してらっしゃるのだわ…」と同情と好奇の目を向けてくる。うん、作戦通り。実に不本意だけど!


 そして放課後。他の生徒に気づかれないように、ひっそりと図書室の禁書庫へと向かう。

 あ、禁書庫は、アレクシス殿下が許可書をくれました!誰も入ってこれないし、密会には好都合!


 禁書庫では、昼間の私とは別人。『元OLの分析能力を持つ、王子の協力者アンジェーヌ』の出番!

「――それで、これがバルトロの金の流れですわね」

「ああ。奴の商会は表向き、クリーンな金の動きしか見せん。だが、金の出入りが激しいにも関わらず、帳簿上の利益が妙に少ない時期がある。この時期に、裏で何かをやっているはずだ」

 アレクシス殿下が広げた何枚もの資料を、私は真剣な目で睨みつける。


 昼間の演技のストレスを、この謎解きにぶつけてやるのよ!

 彼が指し示した、例の貴族を狙った詐欺事件の報告書を読んだ私は、前世の犯罪と手口がまったく一緒で慄いた。いやいや、敵さんは本当に転生者なのね…

「この手口、私のいた世界では『オレオレ詐欺』って呼ばれてました。」

「オレオレ…?」

 いかにも不思議そうな顔で、彼が私の言葉を繰り返す。

「ええ。『俺だよ、俺』って言って、息子や孫のフリをして家族を騙すんです。まさか、異世界でまでこの古典的な詐欺にお目にかかるなんて…」

「…なるほどな。面白い。おまえのいた世界は、随分と犯罪が多様だったらしい」

「失礼な!でも、まあ…否定はしませんけど」

 秘密の会議を重ねるうち、私たちは少しずつ互いの素顔を知っていった。


 彼がただの冷徹王子ではなく、兄である王太子とこの国を心から憂い、その影として泥を被る覚悟を持った、誇り高い男だということ。

 そして彼もまた、私がただの『クライネルトの宝石』でも、『精神錯乱の狂人令嬢』でもなく、妙な知識と胆力を持った、面白い女だと認識し始めているのが、その金色の瞳の色の変化でなんとなくわかった。

 『おもしれー女枠』は不本意だわ…


 昼は敵を欺くための孤独な舞台。放課後は彼と二人だけの秘密の作戦会議。

 …我ながら、とんでもない二重生活だ。でも、不思議と気分は悪くなかった。

 だって、初めて、この理不尽な状況に立ち向かうための『武器』を手に入れたのだから。


 そして、私たちの奇妙な共闘は、少しずつだが着実に成果を上げ始めていた。

 アレクシス殿下が率いる『月影の猟犬』が掴んできた情報を、私が元OLの知識で分析し、次のターゲットを絞り込む。そんな連携にも、少しずつ慣れてきた頃だった。


「次の狙いは、ツィーグラー子爵の証言だ」

 いつもの禁書庫で、アレクシス殿下が低い声で告げた。

「例の『オレオレ詐欺』の被害者リストに名前が挙がっている。だが、王家の調査に対しても『事実無根だ』の一点張りで、協力を拒んでいるらしい」

「プライドが邪魔をしているんですね。貴族、特にご高齢の方は、騙されたことを恥だとお思いになるから…」

「ああ。だが、被害者の証言がなければ、バルトロの詐欺行為を立証する決定的な証拠が掴めん」

 どうしたものか…。私が腕を組んで唸っていると、アレクシス殿下は

「おまえに一つ、頼みたいことがある」

 と続けた。

「私が護衛として付き添う。おまえが、ツィーグラー子爵を直接説得しろ」

「え!?無理、無理!」

「おまえならできる!『クライネルトの宝石』なら、相手の懐に入り込み、心を開かせるのは得意分野だろう」


 …この王子、私のことを一体なんだと思ってるのかしら。

「だからー!わたしの名前は『おまえ』ではありませんけど!頼むなら、もっと言い方があるでしょ!?」

 私の反論に、アレクシス殿下は一瞬、眉間に皺を寄せると、「…ちっ、面倒な女だ」と、小さな舌打ちが聞こえた。


 そして、次の瞬間、彼は完璧な王子様の笑みを貼り付けて、おもむろに立ち上がると、私の手を取り、その甲に恭しく口づけた。

「頼む、アンジェーヌ嬢…あなたの力が、俺には必要だ…」

 ずっるい!イケメンずるい!急に切り替えて、そんな演技がかったことできるなんて!

 真っ赤になった私をみて、勝利を確信したようにニヤッと笑う。


 ……負けた……


 ◇


 数日後。私は、普段は護衛などつけないにも関わらず、堅物の親戚という設定のアレクシス殿下(もちろん変装済み)を伴って、ツィーグラー子爵邸のお茶会に参加していた。

 案の定、子爵は頑固で、詐欺の話を少しでも匂わせようものなら、「クライネルト公爵家は、我が家の名誉を疑うのか!」と激昂する始末。

(ダメだ、こりゃ…)


 こうなったら…前世で、頑固な取引先の部長を相手にしていた時の記憶を呼び起こす。

 そうよ、ああいう手合いは、正論じゃなく、感情に訴えかけるのよ!お爺ちゃんは情に脆い!

「…子爵様のお気持ち、お察しいたします」

 私は、悲しげに瞳を伏せてみせた。

「大切なご子息を想う、そのお優しいお気持ちを、悪党に利用されたのですもの。…それは、子爵様が、誰よりも深い愛情をお持ちであるという証。決して、恥などではございませんわ」

 私の言葉に、子爵はハッと息を呑んだ。彼の頑なだった表情が、ほんの少し、揺らいだ気がする。


 その隙を逃さず、私は畳み掛ける。

「それに、子爵様。このまま沈黙を守ることは、悪党に『我々は何も言わない』という弱みを握らせることにもなりますわ。再び、彼らがあなた様や、ご子息の名を騙って悪事を働くかもしれません。ですが、今、ここで証言なされば、彼らの組織を壊滅させる一助となり、ひいては、子爵家ご自身をお守りすることにも繋がるのです」


 子爵は、しばらく黙り込んだ後、重々しく口を開いた。

「…わかった。全て、話そう」

 子爵に聞いた内容は、まんまオレオレ詐欺だった…電話じゃなくて、手紙だということ以外は同じ…その手紙の印章が息子本人のものにそっくりだったので信じてしまったそうだ…

 そんな曖昧なもの信じて、お金出しちゃダメよ…

 兄の印章をこっそり使った身としては、チクチクと心が痛むけど…


 成果を出して、浮き足だっていた、その帰り道。

 子爵邸の門を出て、待たせていた馬車へ向かおうとした、その時だった。隣を歩いていたアレクシス殿下の空気が、一瞬で変わった。彼の鋭い視線が、通りの向かいの建物の影、一点に突き刺さる。

「アンジェ、走れ!馬車へ!」

 切迫した低い声に、私の心臓が跳ねる。


 彼が見つめる先、建物の影から一人の男が姿を現し、一直線にこちらへ向かってくるのが見えた。その手には、鈍く光るナイフが握られている!

「行くぞ!」

 殿下に背中を押され、訳もわからず石畳を駆ける。ヒールが不規則な石畳に取られて、足がもつれそうになる。背後から迫る、不気味な足音…

 もう、パニック寸前だ!馬車の扉に辿り着いた瞬間、殿下は私をほとんど抱きかかえるようにして車内へと押し込んだ。

「中にいろ!決して出るな!」

 そう言い残し、彼は扉を閉める間もなく、身を翻して追手の前に立ちはだかった。

 私は、息を殺して、扉の隙間から外の様子を窺う。

 

 ナイフを構えた男が殿下に襲いかかる!

 キン、と金属音が響き、殿下はマントの下に隠していた短剣でそれを受け止めていた。素早い攻防が、目の前で繰り広げられる。

 殿下が追手を地面に押さえつけようと体勢を低くした、その瞬間。

 ーーー彼が、一瞬だけ、私の方を気遣うように視線を向けた…

 その、ほんの僅かな隙に、男は殿下の腕を蹴り上げると、素早く体勢を立て直し、人間離れした跳躍で近くの建物の壁に飛びついた。

 そのまま、まるで蜘蛛のように壁を駆け上がると、屋根から屋根へと軽々と飛び移り、あっという間に夜の闇に消えてしまった…


「…ちっ」

 舌打ちが聞こえた。殿下はすぐに後を追おうとしたが、路地の暗闇を一瞥すると、すぐに踵を返し、馬車へと飛び乗ってきた。

「殿下!」

 彼は私の言葉を遮るように、御者に鋭く指示を飛ばす。馬車は石畳を蹴って、猛然と走り出した。

 ガタガタと激しく揺れる車内…


 何?命を狙ってきたってこと?…私?それともアレクシス殿下?突然のことに混乱気味の私…殿下が先ほど触れた腕だけが、燃えるように熱かった…

「け、怪我は…!?」

「ない。おまえは大丈夫か?」

 息を切らしながら問いかけると、彼は私の顔をじっと見つめた後、ふい、と視線を逸らした。

「…無茶させたな、…アンジェ」

「―――え?」

 私の心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。

 顔に、カッと熱が集まる。今、心配された?聞き間違いじゃないわよね!?

「…さ、作戦を提案したのは殿下でしょ!」

 照れ臭さを隠したくて、私は思わず早口で反論する。


 すると彼は、ほんの一瞬だけ、困ったような、それでいて、どこか違う…今まで一度も見たことのない優しい顔で、小さく笑った気がした。

 気のせいよ、きっと。

 揺れる馬車の中で、私は必死に自分に言い聞かせる。

 でも、私の心臓は、しばらくの間、うるさいくらいに鳴り響いていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

今回は、マルっと追加のエピソードです。二人の距離感をだんだん縮めたくて追加しました。恋のドキドキは恐怖のドキドキと重なって…吊り橋効果ですね♩


もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ