第10話:最後の舞台
読んでいただきありがとうございます!明日19時頃の更新です♩
アレクシス様に連れられて、わたしが案内されたのは、王宮の奥深くにある、ソフィア王女の私室だった。そこには、ソフィア王女とエリアス王子が静かに、祈るようにして、ソファに座っていた。
二人は、わたしを見ると、すごい勢いで立ち上がり、駆け寄ってこようとした、その時。
バターーーン!
ものすごい勢いで扉が開き、リヒルト兄様が飛び込んできた。
「アンジェ〜!」
「兄様!」
「無茶をしすぎだよ!」
兄に抱きしめられ、わたしはようやく、心の底から安堵のため息をついた。
そして、兄は、わたしの肩を優しく離すと、キョロキョロと部屋を見渡す。奥に佇む一人の女性を見つけると、まるで、ずっと探し続けていた大事な宝物を、やっと見つけたかのように、目を輝かせる。いつもの、お調子者の顔じゃない。見たこともないくらい、真剣で、熱っぽい瞳。
「ソフィア…会いたかった…」
その、絞り出すような声に、凛とした騎士服に身を包んだソフィア様の表情が、ふわりと和らぐ。
「リヒルト…私もだ。よく、来てくれた」
兄は、おぼつかない足取りで彼女の元へ歩み寄ると、その、幾多の戦いを潜り抜けてきたであろう、剣だこのできた手を、そっと両手で包み込んだ。そして、その甲に、慈しむように口づけを落とす。ソフィア様は、普段の雄々しい姿が嘘のように、頬を真っ赤に染めていた。
(うわ…甘い…!お兄様、あんな顔もできたのね…)
その、二人だけの世界に、遠慮のない声が割り込んだ。
「感傷に浸るのは、全てが終わってからにしろ」
アレクシス殿下だ。彼は、咳払い一つで、甘い空気をビシッと引き締めた。
もう少し、甘々シチュを見たかったのに…
テーブルの上に、わたしたちが命懸けで集めた、全ての証拠が並べられる。
アレクシス殿下が密かに集めていた、各派閥への金の流れを示す調査結果。
リヒルト兄様が市井で掴んだ、ヴァレリウスの乗っ取り計画の噂。
そして、わたしが体を張ってマリウスから奪い取った、「内乱計画の概要を記した密書」と「両派閥への資金提供を記録した裏帳簿」。
全てのピースが、今、一つになった。
「ヴァレリウス公爵の狙いは、姉上と僕を、破談の責任転嫁によって共倒れさせ、自らが傀儡の女王を擁立すること…。汚い手だ」
エリアス王子が、悔しそうに唇を噛む。
「だが、証拠は揃った。あとは、これをどう突きつけるか、だ」
その言葉を受け、全員の視線が、自然とアレクシス殿下に集まった。彼は、静かに地図と証拠書類を指し示しながら、冷徹な戦略家の顔で口を開いた。
「…考えがある」
アレクシス殿下が語り始めたのは、敵の策略の、さらに上を行く、あまりにも大胆不敵な、起死回生の逆転劇だった。私たちは、固唾を飲んで、その計画に聞き入る。
「後は…ソフィア王女、エリアス王子…あなた達の覚悟だけです…」
「僕たちの気持ちは変わらない…」
「この国と、自身の幸せの為に!」
そして、全員が、覚悟を決めた顔で、頷き合った。
決戦の舞台は、明日のアストリア王国建国記念パーティー。
わたしたちの未来を賭けた、一世一代の大勝負が、今、始まろうとしていた。
◇
アストリア王国の建国記念パーティー。その夜の主役は、間違いなくわたしだった。
「あれが、クライネルトの宝石…」
「エリアス王子との婚約、受けるのかしら…」
ホールに満ちる好奇と憶測の視線が、針のようにわたしの肌を刺す。少し後ろに隠れるように立つアレクシス様の気配だけが、嵐の海に浮かぶ灯台のように、わたしの心を支えてくれていた。
(大丈夫。わたしはもう、ただの餌じゃない)
わたしは、ホールにいる仲間たちと、そっと視線を交わした。
弟を案じるように見守る、凛としたソフィア様。姉の隣で、覚悟を決めた顔をしているエリアス王子。そして、少し離れた場所で、いつもの笑顔で貴族たちと談笑しながらも、その目はソフィア王女を励ますように細められている、お兄様…そこは、わたしを励まして欲しかった…
わたしたちの未来は、今夜、この瞬間に、全てがかかっている。
やがて、会場の音楽が止み、全ての視線が壇上へと集まる。そこには、この国の宰相、ギュンター・フォン・ヴァレリウス公爵が、満面の笑みで立っていた。
「皆様、ご静粛に!今宵は、我が国の建国を祝う、誠に喜わしい日であります。そして、その喜びに、さらに花を添えるご報告がございます!」
彼の声が、朗々とホールに響き渡る。
「我が国のエリアス王子と、ヴァインベルク王国の至宝、アンジェーヌ・フォン・クライネルト公爵令嬢との婚約!これぞ、両国の未来を永遠に繋ぐ、平和の架け橋となりましょう!」
会場が、大きな拍手に包まれる。ヴァレリウス公爵は、勝ち誇ったように私を見つめ、手を差し伸べた。
「さあ、クライネルト公爵令嬢!両国の輝かしい未来のため、あなた様のお言葉を、国民にお聞かせください!」
ーーー来た。
彼の計画通り、わたしがここで断れば、全てが破滅する。会場中の誰もが、固唾を飲んで、私の返答を待っていた。
しかし、わたしが一歩前に踏み出す、その寸前。
「お待ちください、ヴァレリウス公爵。そして、父上。この件について、まずは私から述べさせていただきたい」
凛とした声でそれを遮ったのは、婚約の当事者である、エリアス王子だった。彼は壇上へ上がると、会場を見渡し、朗々と語り始めた。
「この度の縁談は、両国の末永い和平を願ってのものであった。しかし、真の同盟とは、政の都合だけで結ばれるべきではない。互いへの深い敬意と、揺るぎない信頼の上に築かれてこそ、磐石なものとなるはずだ!」
彼は、そこで一度言葉を切り、わたしの方を真っ直ぐに見つめた。
「滞在中、私はクライネルト公爵令嬢とアレクシス殿下の間に、我々が築こうとしているもの…すなわち、深い信頼と絆があることを知った。この絆を断ち切ってまで得る和平は、脆く、儚い砂上の楼閣に過ぎぬ!アストリア王国の未来のため、そして、ヴァインベルク王国との真の友好のため、この縁談は、我が国の名において、誇りを持って『辞退』させていただく!」
民のため、国のため、あえて婚約を辞退するという彼の言葉に、会場はどよめきと、そして賞賛の声に包まれる。特に、セシリア嬢派閥から…
「振られた」のではない。彼は、より大きな国益のために「決断した」のだと…ヴァレリウス公爵の顔が、一瞬、引きつる。
間髪入れず、ソフィア王女が、誇らしげに弟の肩に手を置く。
「我が弟、エリアスが、真の王道をここに示してくれました!そう、我々王族が第一に考えるべきは、常に民と国の安寧。私的な感情や、家の都合など、その前では些事に過ぎません!」
彼女は、そこで自らの胸に手を当て、決意に満ちた瞳で会場を見渡した。
「私は、私の存在が、この国に派閥という名の、不幸な分断を生んでいることを、深く憂いておりました。国が一つにならねば、真の力は発揮できぬ!私が、その枷となっているのであれば、自らそれを取り払うのが、王族としての最後の務め!」
彼女は、その場で剣を抜き、天に掲げて宣言する。
「私は、ここに王位継承権を放棄し、我が国の未来を、賢弟エリアスに託す!そして、私自身は、弟の代わりに、一人の王女として、我が国とヴァインベルク王国を繋ぐ、真の架け橋となるべく、クライネルト公爵家のリヒルト殿に嫁ぎ、生涯を両国の友好に捧げることを、ここに誓います!」
「恋に狂った我儘な王女」ではない。「弟の治世と国の未来のために、自らを捧げた健気な姉」。
エリアス王子とソフィア王女の、自己犠牲と友愛に満ちた(ように聞こえる)演説。それは、派閥争いに明け暮れていた貴族たちの心を強く打ち、会場を感動的な静寂で満たした。ヴァレリウス公爵が作り上げた、対立の構図そのものが、霧散した瞬間だった。
その感動的な静寂を破ったのは、ソフィア親衛隊隊長、ブリギッテ様の力強い拍手だった。
「なんと気高いご決断!ソフィア様こそ、真の王女ですわ!」
それに続くように、セシリア様も、涙を浮かべて声を上げる。
「エリアス殿下の、国を想うお心…!わたくし、感銘を受けました!」
二人の声が合図となり、会場は、嵐のような拍手と賞賛の声に包まれた。ヴァレリウス派閥の貴族たちは、その勢いに押され、もはや何も言うことができない。
そう、この場の雰囲気は、すでに、ソフィア王女親衛隊とセシリア嬢取り巻き隊に掌握されていたのだ!
その感動の渦の中、アストリア国王が口を開く。
「…紹介したい人物がいる。ヴァインベルク王国第二王子、アレクシス殿下だ」
国王の隣に、いつの間にか移動していたアレクシス殿下が、一歩前に進み出る。その姿を見て、ヴァレリウス公爵派閥の貴族たちの顔が、一斉に青ざめた。
彼らにとって、アレクシス殿下は、つい先日まで「ヴァレリウス公爵からの密使」として接触してきた、若き騎士その人だったからだ。
彼らは、その騎士に「王となった者を傀儡とするため」の計画を、洗いざらい話してしまっていたのだ。アレクシス殿下は、もはや何の感情も浮かべない、氷の瞳でヴァレリウス公爵に向かって言い放った。
「自国の王族が、これほど気高く、平和的な決断を下されたというのに…その裏で、両国の派閥を煽り、内乱の火種を蒔こうとしていた不届き者がいるようですな?」
彼は、わたしが命懸けで奪い取った、黒革の手帳を高く掲げた。
「ここには、貴殿が両派閥に流した資金の記録、そして、この国を戦乱に陥れるための、全ての計画が記されている!」
決定的な証拠。そして、王家の姉弟の完璧な連携。
だが、私たちの計画は、まだ終わらない。その証拠を補強するように、ブリギッテ様とセシリア様が、凛として一歩前に進み出た。
「陛下!この場での発言をお許しください!」
「許す」
ブリギッテ様が、国王に向かって深々と礼をする。
「ヴァレリウス公爵派閥の方々は、常々『ソフィア様は国を顧みない』と、我々に吹聴しておりました!今宵の殿下の気高いご決断とは、真逆のことでございます!」
「そして」と、セシリア様が続く。
「エリアス殿下とクライネルト嬢の婚約を既成事実化し、反対する者を非難しておりましたわ!すべては、王家の分断を狙った、公爵の差し金だったのです!」
有力な貴族令嬢たちからの、次々上がる告発の声。それは、ヴァレリウス公爵に与える、最後の、そして、とどめの一撃だった。
全ての梯子を外され、自らの罪を暴かれたヴァレリウス公爵は、その場に崩れ落ちた。
「ありえん…、私の完璧な計画が…小娘ども!!」
と、ただうわ言のように繰り返す。彼の罪は、国家反逆罪。その場で近衛騎士団に捕らえられ、彼の陰謀に加担した派閥の貴族たちも、一網打尽となった。
アストリア王国の長い夜は、こうしてようやく、終わりを告げたのだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
明日は、第2章の最終話となります!!
もし少しでも『面白いかも』『続きが気になる』と思っていただけたら、↓にあるブックマークや評価(☆☆☆☆☆)をポチッとしてもらえると、とってもうれしいです!あなたのポチを栄養にして生きてます… よろしくお願いします!




