第8話:リヒルトの暗躍
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一方、その頃のリヒルトは、アストリア王国の首都に溶け込み、すっかり『金の麦亭』の看板息子「リヒト」として、常連客たちの人気者になっていた。
彼の目的はただ一つ。マリウス・フォン・ヴァレリウスの恋人である、看板娘リナの信頼を得て、ヴァレリウス公爵家の内情を探ること。共に働き、笑い合い、時には彼女の愚痴を聞く。そんな日々を過ごす中で、二人の間には、確かに仲間としての絆が芽生え始めていた。
リヒルトは、純粋で一途な彼女に、心からの同情を覚えていたが、彼は非情にならねばならない。愛する妹と、ソフィアのために…
その日、リヒルトは、いつものようにリナがマリウスのことで溜息をついているのを見て、おずおずと切り出した。
「リナちゃん…こんなこと、僕が言うことじゃないのかもしれないけど…」
「なあに、リヒトさん?」
「街の商人たちから、噂を聞いたんだ。マリウス様が、最近、ヴァインベルク王国から来た、とても美しい公爵令嬢にご執心だって…」
リナの顔から、さっと血の気が引いた。
「…そんな、まさか…」
「ごめん、嫌なことを言って。でも、リナちゃんが心配で…他国の貴族様なら…一緒に他国に行っちゃうのかも…って」
リヒルトが、心底申し訳なさそうな顔で俯くと、リナは
「ううん、教えてくれてありがとう」
と、弱々しく微笑むだけだった。
ーーー種は、蒔かれた。
翌日。アンジェーヌの計画通り、ソフィア親衛隊のメンバーである、騎士団所属の伯爵令嬢が、部下を連れて『金の麦亭』へやってきた。
彼女たちは、わざとリナに聞こえるように、大声で噂話に花を咲かせる。
「聞いたこと?マリウス・ヴァレリウス様が、クライネルト公爵令嬢に、毎日お花を贈っていらっしゃるんですって!」
「まあ!なんて情熱的!やはり、お相手も、同じ貴族の方がお似合いですわよね!」
その言葉は、リナの心に、決定的な一撃を与えた。彼女は、真っ青な顔でエプロンを握りしめると、「ごめんなさい、少し、気分が…」と言って、店の裏へと消えていった。
リヒルトは、その背中を、痛ましげな、それでいて、全てを計算した瞳で見送っていた。
◇
その日の夕方。
マリウスとの約束をすっぽかされ、嫉妬と不安で胸を張り裂けそうにしていたリナは、いてもたってもいられず、ヴァレリウス公爵の屋敷へと乗り込んだ。そして、ようやく捕まえたマリウスに、狂ったように泣きついたのだ。
「嘘よ!嘘だと言って、マリウス様!異国の女に本気だなんて!」
「ああ!?何の話だ、一体!下らん噂を真に受けて、みっともない真似はよせ!」
マリウスは、最初こそ戸惑っていたが、リナの剣幕と涙の理由を察すると、途端に、心底うんざりしたように、冷たく彼女を突き放した。その、あまりに冷たい態度に、リナの心は絶望に染まる。リヒトにそそのかされた(?)言葉が、彼女の口から溢れ出た。
「じゃあ、本当なのですね…!?わたしを捨てて、あんな…あんな女の元へ…!わたしを捨てて、他国に行くんでしょ!わたしには、『国を乗っ取ったら愛人にしてやる』なんて、口先だけの約束をして!」
「なっ…!」
「どうせ、それも嘘だったのよ!もう、あなたのことなんか、信じられない!」
涙ながらにそう叫び、背を向けて走り去ろうとするリナ。その必死の訴えが、ようやくマリウスの歪んだプライドを刺激した。
「待て!」
彼は、リナの腕を乱暴に掴むと、苛立たしげに、しかし、どこか得意げに鼻を鳴らした。
「馬鹿を言うな!あの公爵令嬢など、父上の計画のための、ただの駒だ!俺が本気なのは、おまえだけだ!」
その言葉に、リナの涙が、ぴたりと止まる。
そして、マリウスは、一度緩んだ口を、もう止めることはできなかった。不安がる恋人を安心させるため、そして、何よりも、自分の重要性を誇示したいがために、国家を揺るがす計画の全てを、一人の食堂の娘に語って聞かせた。
ヴァレリウス公爵の最終目的が、『アンジェーヌからの縁談拒否を引き出し、それを口実に『弟王子は外交で恥をかかされた無能者』『ソフィア王女は自分の好みの男を王配にしたいがために、『和平の証』の縁談をぶち壊す手伝いをして国を危機に陥れた売国奴』というレッテルを貼り、姉弟共々失脚させ、自分がソフィアを傀儡として擁立すること』だと。
マリウスは、さらに自慢げに、胸ポケットから黒革の手帳を取り出し、リナの目の前に広げてみせた。
「この手帳にはな、父上が両派閥へ資金提供した記録も、内乱計画の概要も、全て記されているのさ。こんなものを見せられるのは、俺がおまえを、心から信頼している証拠だろう?」
その言葉は、リナの心に、麻薬のように甘く染み渡った。彼女は、もはや、マリウスを疑うことなどなかった。
◇
翌日。
『金の麦亭』に現れたリナは、昨日までの憔悴が嘘のように、晴れやかな笑顔を浮かべていた。彼女は、意気揚々と、リヒルトの元へやってくると、まるで自分のことのように、誇らしげに語り始めた。
「聞いて、リヒトさん!全部、わたしの勘違いだったの!マリウス様は、わたしを、心から愛してくださっていたわ!」
そして、彼女は、昨日マリウスから聞いた話を、一から十まで、全てリヒルトに話して聞かせたのだ。自分が、どれほど彼に信頼されているかの証拠として。リヒルトは、ただ、黙って彼女の話を聞いていた。
「そうだったんだ。良かったね、リナちゃん」
そう言って、彼は、いつものように、太陽のように笑った。
だが、彼の瞳の奥に、氷のように冷たい光が宿っていたことを、恋に浮かれるリナが、気づくことはなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
今回は、兄回でした。兄は人懐こいですが、貴族なので、結構冷徹なところもあります。
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