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第6話:命の危険と安心感

読んでいただきありがとうございます!毎日19時更新です♩

「また、やってしまった…」

 セシリア嬢とのお茶会を終えて、王宮に戻り、気の短い自分に反省しつつ、自室に向かう廊下をトボトボと歩いていた。


 ふと、頭上から、不意に何かが落下してくる気配を感じる。見上げると、壁に飾られていた巨大なタペストリーを吊るす金具が外れ、こちらへ向かってきている!

「きゃっ!」

 咄嗟に身を竦めたわたしを、背後から現れた騎士が、乱暴に突き飛ばした。

「危ない!」

 ドォン!という轟音と共に、タペストリーが、ついさっきまでわたしが立っていた場所に叩きつけられる。

「だ、大丈夫ですか、お嬢様!」

 侍女が駆け寄ってきて、わたしを助けてくれた騎士は、顔をよく見る間もなく、雑踏の中へと消えていた。

 ーーー事故?いいえ、偶然にしては、タイミングが良すぎるわ


 その日の夜、事件はさらにエスカレートした。

 夜風にあたろうと、一人でバルコニーに出た瞬間。背後のカーテンの揺らめきに、わたしの第六感が警鐘を鳴らす!振り返ると同時に、闇の中から、黒装束の男が音もなくナイフを手に飛び出してきたのだ!

「―――っ!」

 もうダメだ、と思った瞬間。わたしの前に、もう一つの影が疾風のように割り込んだ。月明かりに、抜き放たれた剣が、鋭い軌跡を描いて刺客のナイフを弾き飛ばす。

「何者だ!」

「……」

 黒衣の影は何も答えず、圧倒的な剣技で、あっという間に刺客を無力化してしまった。

 その、無駄がなく、洗練され尽くした剣捌き…。先日、チンピラを退けた、アレクシス様の動きと、どこか似ているような…。わたしが呆然としている間に、物音を聞きつけた王宮騎士たちが駆けつけ、刺客を縛って連れ去っていった。


 その夜は、一睡もできなかった。

 ベッドの中で頭までシーツを被り、ただひたすら震えていた。扉が軋む音、風が窓を揺らす音、その全てが、刺客の忍び寄る足音に聞こえて、心臓が凍りつきそうになる。


 わたしは、狙われている…?

 一体、誰に?ブリギッテ様?セシリア様?それとも…ヴァレリウス公爵?

 心当たりがありすぎて、誰が敵で、誰が味方なのか、全く分からない。溢れ出す涙を、必死に手の甲で拭う。

「しっかりしなさい、わたし!待って、助けられるだけの女にはならないって、決めたじゃない!」

 そう言い聞かせても、一度流れ出した涙は、止まってはくれなかった。


 翌日。

 一睡もできずに朝を迎えたわたしは、部屋付きの侍女に、その青白い顔を心配されていた。

「アンジェーヌ様、少し、お庭の散歩でもなさっては?日の光を浴びれば、少しは気も晴れますわ」

 その言葉に促され、わたしは、重い足取りで中庭へと向かった。澄んだ空気、鳥のさえずり、咲き誇る花々…。その、あまりに平和な光景に、わたしの心も、少しだけ解きほぐされていくようだ。


 ーーーその、油断が、命取りだった。庭師のふりをした二人の男が、何気ない素振りで、わたしの前後を塞いだのだ。

「―――っ!」

 逃げ場はない!男の一人が、薬物を染み込ませた布を手に、わたしに飛びかかってくる!

 ーーーもうダメだ…

 その時。わたしの視界の端で、一陣の、銀色の疾風が走った。何が起きたのか、わからない。ただ、男たちの短い悲鳴と、わたしの気を失う寸前の、霞む視界の中に、見慣れた銀髪と、燃えるような金色の瞳が映った、気がした。

(…アレクシス、さま…)


 わたしの意識は、深い闇へと落ちていき、わたしが次に目覚めた時、わたしは、なぜか、自分の部屋のベッドの上に、静かに寝かされていた。

 昨夜の恐怖が嘘のような、スッキリとした目覚め。そして、不思議なほどの、絶対的な安心感。

 そうよ、どこにいても、アレクシス様が、きっと守ってくれる。何の根拠もないけれど、でも、確信があった。


「…アンジェは、強いな」

 ふと、養護室で聞いた、アレクシス様の声が、幻聴のように耳元で蘇った。わたしは、ベッドから起き上がると、窓の外の青空に向かって、高らかに宣言した。


「そうよ!わたしは強いの!あなたとの未来のためなら、どこまでも強くなれる!見てて!そして、守ってね!」


 いるかどうかもわからない彼へ。でも、きっと、どこかで見守ってくれている、わたしのヒーローへ。わたしの心は、もう、前を向いていた。


 ◇


 一方、アレクシスは…


 アストリアに到着するなり、すぐさま国王に極秘の謁見を求めた。

「陛下。貴国の宰相、ヴァレリウス公爵が、内乱を企てています」

 単刀直入な俺の言葉に、老王は眉をひそめたが、俺が提示したいくつかの状況証拠に、顔を曇らせていく。

「…この国を救うため、手を貸していただきたい。その為にも、俺を、この国の騎士の一人として、この城に潜入させていただきたい」

「ヴァインベルクの王子が、なぜそこまで…」

「貴国の宰相が仕掛けた罠の『餌』が、俺の未来の花嫁だからです。…これは、俺個人の戦いでもあります」

 俺の言葉に、老王は全てを察したように少し笑う。こうして俺は、アストリア王直属の騎士という、最高の隠れ蓑を手に入れた。


 案の定、俺の潜入を察知したヴァレリウスは、焦ったのだろう。アンジェーヌへの嫌がらせが始まり、それが、露骨な暗殺未遂へとエスカレートし始めた。


 タペストリーが落下した時は、俺の部下である『月影の猟犬』に命じて、事なきを得た。

 そして、バルコニーで刺客に襲われた時は、俺自らが動いた。黒衣で顔を隠し、刺客を無力化する。呆然とこちらを見つめるアンジェーヌの顔。

(ーーーなぜ、気づかんのだ、この鈍感な女は!)

 正体を明かしたい、抱きしめたい気持ちを、理性で押さえつける。彼女に俺の存在がバレれば、ヴァレリウスに俺たちの繋がりを感づかれる危険がある。

 今はまだ、決定的な証拠がない…。俺は、すぐにその場を離れた。


 その夜、俺は、アンジェーヌの部屋が見える、対面の塔の屋根の上から、彼女を見守っていた。ベッドの中で、シーツを被って小さく震える、彼女の背中。今すぐ、その隣へ行って、抱きしめてやりたい。大丈夫だと、俺がいると、そう伝えてやりたい。

 だが、できない。この指一本、彼女に触れることすら、許されない。俺は、ただ、ギリ、と拳を握りしめることしかできなかった。見守るしかない自分への、もどかしさに、腹の底が焼けるように熱かった。


 翌日。

 ヴァレリウス派閥の貴族のもとへ向かう前に、どうしてもアンジェーヌの様子が見たくて、部屋の近くを通りかかったが、彼女はいない…!


 嫌な予感がして、中庭へと向かうと、案の定、庭師に扮した男たちが、彼女を取り囲んでいる!

 部下が飛び出す前に、俺の体は、勝手に動いていた。怒りで、視界が赤く染まる。

 風のように駆け抜け、一人目の顎を蹴り上げ、二人目の鳩尾に肘を叩き込む。

 

 気を失った彼女を抱きとめると、その体は、あまりに軽く、そして、か細く震えていた。

 顔を覗き込むと、目の周りが少し腫れている。一晩中、泣いていたのか…。

(なぜ、君は、そこまでして頑張る…?俺の腕の中で、大人しく守られていればいいものを…)

 部屋に運び、ベッドに寝かせると、その寝顔は、ひどく無防備で、愛おしかった。この額に口づけたい。この手に触れたい。だが、今はまだ、その時ではない。


 彼女が目を覚ます気配を感じ、俺は慌ててバルコニーから外へ飛び出した。対面の塔に戻り、息を潜めて、彼女の部屋を見守る。すると…


「アレクシス様!そうよ!わたしは強いの!あなたとの未来のためなら、どこまでも強くなれる!見てて!そして守ってね!」


 まるで、俺に聞かせるように、高らかに宣言する彼女の声。俺は、思わず、口元を緩ませていた。

 ーーーそうだ…。俺の愛した女は、こういう女だった…。

 ただ守られるだけの、か弱いだけの宝石じゃない。自らの足で立ち、運命に立ち向かう、誰よりも気高い魂を持つ、俺だけの、特別な女だ。

(…ああ、わかっているさ。必ず、おまえを守り抜いてみせる)

 俺は、静かに、心の中で誓った。


 そして、今度こそ、ヴァレリウスの息の根を止めるべく、冷徹な『月影の猟犬』の顔に戻っていった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

アレクシスがストーカーのようになってしまいました。。。


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