第1話:阻まれる二つの恋
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「「―――絶対、ダメだ!」」
奇しくも、王宮の執務室と、クライネルト公爵家の執務室で、同じ絶叫が響き渡った。
王宮で叫んだのは、ヴァインベルク王国の第一王子、アランディール・フォン・ヴァインベルク。
そして、公爵家で叫んだのは、クライネルト公爵家が長男、リヒルト・フォン・クライネルト。
なんで、こんなことになったのかと言えば…
先日の、商王バルトロ事件で、晴れて恋人同士になった、私、公爵家長女、アンジェーヌ・フォン・クライネルトと第二王子、アレクシス・フォン・ヴァインベルク殿下。
美男美女に身分も申し分なし、お似合いの二人では?と自画自賛!
そうしたら、当然「婚約」そして「結婚」をしたいと思ったわけで、それを素直に両家にそれぞれ伝えた。
しかし…そこには思わぬ大きな壁がありました…
わたしの兄、リヒルトは、長男のくせに、公爵家を継ぐことを断固拒否中。以前のわたしは、嫁ごうが、婿を貰おうが、どっちでもいいやーと思っていたので、私が公爵家を継いで、婿を取ることで納得していた。
前世を思い出す前だったし、貴族なんて政略結婚が当たり前って感じだったし。
でも、今は、結婚するならアレクシス以外の人は考えられない!
そこで、アレクシスから、お兄様であるアランディール王太子に「クライネルト公爵家へ婿に入りたい」と申し出たところ、冒頭のセリフ…
そして、わたしから「アレクシス殿下に嫁ぎたいから、公爵家は継がないのでお兄様、継いで」と兄に言ったら、これまた冒頭のセリフ…
なんて、わがままな人たちなの!自分たちのことしか考えてないのかしら!
アレクシス曰く、アランディール王太子ときたら、
「アレクシスは僕を支えてくれるんじゃないのかい?僕とアンジェーヌのどっちが大事?」
とか言ってきたらしい…めんどくさい彼女か!
そして、只今、公爵家にて、わたしと兄の戦争が勃発中でした。
「だいたい、長男が家督を継ぐものでしょう!?一体、何が気に入らなくてそんなに拒否なさるのですか?」
「…そうか…父上と母上には話したが…アンジェには話をしていなかったね…なぜ、僕が家督を継げないか…」
兄らしくない、改まった物言いに、ごくりと唾を飲む。
「では、話してあげよう!僕とソフィアの目眩く恋物語を!」
…延々と続く兄の惚気話に、辟易としてしまうわたし。
要約すると、
『子供の時に一目惚れした、アストリア国の王女ソフィアが学園時代に留学してきて、恋に落ちるも、相手が、王位第一継承者のため、王配にならないといけないので、婚約が遅々として進まない。自分は、ソフィアのそばにいられるなら、王配になってアストリア王国へ行く。だから家督は継げない』
ということだった。
「っていうか、遅々として進まないなら、もう進まないのではなくて!?だったら私の恋を応援してくれても良くないですか?」
怒り爆発のわたしを、両親がなだめに入る。
「まあまあ、アンジェーヌ。淑女らしくないわ。」
「そうだぞ。だいたい、天然わんこみたいなリヒルトよりも、貫禄のあるアンジェーヌの方が領主には向いていると思うぞ」
誰が、貫禄がある女領主よ!こちとら、『クライネルトの宝石』と謳われる可憐な公爵令嬢なのよ!?
親も、どちらかと言えば、わたしに跡を継がせたいらしく、この戦争はわたしの敗北に終わったのだった。
どうやって周りを説得しようか、八方塞がりで頭を抱えていたある日、王宮より我がクライネルト公爵家へ、公式な召集の使者が訪れた。
◇
重厚な扉が開かれると、そこは国王陛下の御前、玉座の間だった。
国王陛下の隣には、完璧な笑みを浮かべたアランディール王太子。そして、少し離れた場所には、氷の彫像のように静かに佇むアレクシス様の姿も見える。
国王陛下は、どこか疲れたような、それでいて射るような目で私たちを見据えていた。
(…なんだか、お喜びの雰囲気ではないわね…)
緊張で喉が渇く私と両親の前で、陛下は重々しく口を開いた。
「クライネルト公爵。アストリア王国より、公式な書状が届いた。…両国の恒久的な和平を願う、重要な申し入れだ」
アストリア王国の使者が、恭しく一通の書状を差し出す。陛下はそれに一度目を通すと、まるで義務を果たすかのように、淡々とその内容を告げた。
「アストリア王国は、両国の『和平の証』として、婚姻による同盟を望んでいる。アストリア王国が誇る第一王子、エリアス・フォン・アストリア殿を、アンジェーヌ・フォン・クライネルトの婿として迎えてほしいと。」
全身の血の気が、一瞬で引いていき、頭が真っ白になる。
え?なぜ?私がアレクシス以外の人と結婚?
エリアス王子…ソフィア王女の弟君…。私とエリアス王子が結婚すれば、リヒルトとソフィア王女も義理の兄妹になる…?
アストリアの王法では、近しい親族同士の結婚は、固く禁じられている。
つまり、この縁談が成立すれば、兄とソフィア王女の道は、完全に断たれる。そして、私の道も…
私は、助けを求めるように、アレクシス殿下を見た。
しかし、彼は、相変わらず完璧なポーカーフェイスを貫いている…
国王陛下は、ふう、と一つ息をつくと、言った。
「…『和平の証』として、公に差し出されたこの縁談を、我が国として、無下に断ることはできん。国の体面に関わる問題だ」
一瞬、間をおき、しかしハッキリとした口調で、問いかけられた。
「して、クライネルト公爵。そなたの考えを聞かせよ」
国王陛下のその言葉は、まるで断頭台の刃のように、私たちの首筋に突きつけられたのだった。
玉座の間を支配する、重苦しい沈黙。
国王陛下の「そなたの考えを聞かせよ」という言葉が、まるで判決宣告のように、私たちの頭上にのしかかる。
絶体絶命。この場で「否」と答えれば、クライネルト公爵家は和平を乱す国賊として、未来永劫、汚名を着せられるだろう。しかし、「はい」と答えれば、私と兄、二人の幸せな未来が永遠に閉ざされる。
え?なんの嫌がらせ?私たち兄妹に何か恨みでもあるの?
父がどんな返答をするのか、私は固唾を飲んで見守った。
すると、父はゆっくりと一歩前に進み、深々と頭を垂れる。
「陛下。この度の、両国の未来を照らす素晴らしいお申し出、誠に身に余る光栄にございます」
まずは、最大限の賛辞を。さすがは百戦錬磨の公爵だ。
「しかしながら、この縁談は、我がクライネルト公爵家の次期当主を決める、後継問題にも深く関わってまいります。つきましては、一度家に持ち帰り、家族とよく話し合った上で、必ずや前向きなご返答をさせていただきたく存じます。どうか、今しばらくのご猶予をいただけませんでしょうか」
ナイス!お父様!完璧な返答。誰も非難できない理由を述べ、決定を先延ばしにする。国王陛下も、その言葉に、わずかに安堵の色を浮かべて頷いた。
「…うむ。良きに計らえ」
こうして、わたしたちはひとまず、断頭台から解放されたのだった。
◇
時は少し遡り、王宮にて…
王族の者のみが入ることを許される、王の私室。
アレクシスの父である国王陛下は、アストリア王国から来た使者の持ってきた書面を見ながら、大きなため息をついた。
「まったく…意図が全く掴めんな…こんな事をせずとも、和平条約を結べば良いだけではないか。王子を人質として差し出すつもりか?」
「「父上、お呼びと聞き参上いたしました」」
国王の愚痴は、二人の王子の呼びかけで、止められた。
「入りなさい」
二人の王子、王太子であるアランディール・フォン・ヴァインベルクと、第二王子、アレクシス・フォン・ヴァインベルクが前のソファに座ると、国王は、アレクシスの顔をチラチラと見ながら、話を切り出した。
「アストリア王国から…和平の提案があってな…まぁ、中身を読んでほしい…」
国王は恐る恐る、二人の前に、書状を置いた。
仲良く、王子二人で内容を読むと、アレクシスの表情が、どんどん険しいものに変わっていく。
(アレクシス、怖いぞ…我が息子ながらめちゃくちゃ怖いぞ…だから、出したくなかったんだ!)
「父上!一体これはどういうつもりですか!和平と言いながら、戦争を起こしたいらしい!」
「ま、まぁ、待てアレクシス。現状、アンジェーヌ嬢とお前は婚約しているわけでもないのだし、アストリア王国にしても、本当に和平のつもりの提案かもしれんし…」
国王であろうが、お構いなしに話をぶった斬るアレクシス。
「そんなわけ、ないでしょう!他国とて、情勢をそれなりに把握しているはず。我が国でも、数人の間者は送り込んでいるのですから!これは、我が国に対する宣戦布告です!」
「まぁ、待て、アレクシス。落ち着きなよ。どちらにしても、今の状態じゃ、お前とアンジェーヌ嬢は婚約出来ないんだからさ!」
空気を読まず、ニコニコしながら朗らかに宣言するアランディーヌ。
「ですから!認めてもらえぬのであれば、国を捨ててでも、俺はアンジェーヌと一緒になりますよ!」
「まったく、リヒルトといい、お前といい、そんなに恋とは良いものかねー。リヒルトも俺を捨てて、アストリア王国へ行くって言って聞かないしさ!」
「……兄上には…わかりませんよ…愛とはそういうものです…」
アレクシスは、顔を真っ赤にしながら、兄に反論する。
「……恥ずかしいなら、言わなきゃいいのに。この兄だって、愛くらい知っているさ!アレクシスのことを愛しているからね!」
アレクシスは呆れた顔で、アランディーヌを見るしかなかった。
「止めぬか、二人とも。とにかく、使者を待たせているため、近いうちにクライネルト公爵家を呼び出して、この件を伝えねばならん。裏はわからぬが、表向きは『和平の証』。無碍には出来ぬ。今回は、この件を急に聞いて、アレクシスが暴れ出さないように念を押すため、そして、アランディーヌが余計なことを言い出さないようにするために伝えたまでだ」
「父上、ひどいですよ。アレクシスはまだしも、優秀な僕を捕まえて!」
「良いか、アレクシス。今回の件、リヒルトにとっても、アンジェーヌ嬢にとっても望まぬ婚姻となる。公爵は、それをわかっているはずなので、即断はしないであろう」
「…かしこまりました…可及的速やかに、内情を探って参ります。父上は、本件をどのようにお考えですか?」
「わからん…ただ、リヒルトの王配の件が進まぬのは、自国、というよりも自身の息子を王配に宛てがいたい者の仕業であろう。そこに絡んでいるのではと思っている。」
「…なるほど…最近では、ソフィア王女派閥とエリアス王子派閥の対立が激化しているようです。それも、含めて、裏で絵を描いているものがいそうですね…」
ニコニコと、二人の話を聞きながら、空を見つめていたアランディーヌが突然、声をあげた。
「あーーー!僕、いいこと考えちゃったー!」
顔を見合わせる、国王と弟。
「あのさ、アレクシス…」
何やら、コソコソと弟に耳打ちをするアランディーヌ。
アレクシスは「それは!」や、「しかし!」など言いつつも、最終的に説得されてしまったようだ。
こうして、ヴァインベルク王国の王宮にて、この疑惑まみれの『和平の証』への対抗作戦が遂行される事になった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩
王家も公爵家も家族仲良しです。でも、国王は「長男はすぐ、効率主義で動いちゃうし、次男は怒ると怖いし…」って思ってます。
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