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プロローグ:リヒルトの恋

第二章からは短編後のお話です!毎日19時更新です♩

 僕の初恋は、5歳の時のお茶会だった。


 父上に連れられて参加した、王宮主催の華やかなパーティー。でも、当時の僕にとって、そこは地獄のような場所だった。

 昔から、体が小さくて、顔立ちもどこか女の子みたいで、おまけに、すぐに泣く。そんな僕は、同年代の、特に意地の悪い貴族の子息たちにとって、格好のいじめの的だったんだ。


 その日も、僕は庭園の隅で、数人に取り囲まれて泣いていた。

「クライネルト公爵家の嫡男ともあろう方が、なんとみっともない!」

「まるで女のようだな!」

「やーい、泣き虫、なんか言ってみろよ!」

 言い返すこともできず、ただ涙が溢れるばかり。悔しくて、情けなくて……

 その時だった。


「―――あなたたち、そこで何をしているのですか」

 凛とした、鈴の鳴るような声。

 振り返ると、そこに、一人の少女が立っていた。

 陽の光を浴びてキラキラと輝く、美しい銀の髪。フリルがたくさんついた豪奢なドレスを着ているのに、その立ち姿は、どんな騎士よりも雄々しく、気高かった。

 彼女は、僕を囲んでいた子供たちを、射るような鋭い瞳で睨みつけた。

「寄ってたかって、一人を泣かせるとは。あなた方の家の教育は、その程度ですの?」

 その圧倒的な気迫に、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 一人残された僕の前に、彼女はしゃがみ込むと、レースのハンカチで、僕の涙をそっと拭ってくれた。

「もう大丈夫。わたくしがついていますわ」

 その笑顔を見た瞬間、僕の世界は、色鮮やかな光で満たされていき…

 ーーー心臓が、ドクン、と大きく跳ねる。

 ああ、綺麗だ。なんて、強くて、綺麗な人なんだろう。


 それが、アストリア王国の王女、ソフィア様だと知ったのは、もう少し後のこと。

 他国の、それも王女様なんて、僕には到底手の届かない存在なのだと悟り、泣く泣く諦めた、淡い初恋の記憶。


 ◇


 ―――それから、11年の月日が流れた。

 僕が学園高等部の2年生になった春。アストリア王国から、一人の留学生がやってきた。

 彼の名前は、アレクシー・フリートランク。

 腰まで届く長い銀髪を一つに束ね、涼しげな切れ長の瞳を持つ、息をのむほどの美青年。彼は、入学初日の剣術の模擬戦で、並み居る上級生をあっさりと打ち負かし、その圧倒的な強さとクールな佇まいで、瞬く間に学園中の女子生徒のアイドルとなった。

 もちろん、それを快く思わない男子生徒も多い。


 ある日の放課後、僕は見てしまった。数人の男子生徒が、そのアレクシー君を取り囲み、因縁をつけているのを。

「おい、留学生。少し俺たちに稽古をつけてもらおうか」

「…ご遠慮します」

「なんだと!」

 今にも殴りかかりそうな彼らを見て、僕は思わず駆け出していた。

「―――そこまでだ!」

 僕に、剣の才能はない。腕っぷしも、からっきしだ。でも、僕には『クライネルト公爵家嫡男』という、こういう時にだけは、やたらと役に立つ肩書がある。

「公爵家の僕が、お相手しようか?」

 そう言って睨みつけると、彼らはバツが悪そうに顔を見合わせ、すごすごと去っていった。


 一人残されたアレクシー君が、僕の方を向く。

「…助かりました」

「どういたしまして!」

 間近で彼の顔を見て、僕は不思議な感覚に陥った。なんだろう、この感じ。初めて会ったはずなのに、どこか懐かしくて、とても好ましい。

「ねえ、君さえよければ、友達にならないかい!?」

 僕が満面の笑みで手を差し出すと、彼は一瞬、驚いたように目を見開き、そして、何も言わずに踵を返して走り去ってしまった。

 …ええ!?なんで!?


 それからというもの、僕は彼を追いかけ回した。食堂で、廊下で、訓練場で見かけるたびに声をかける。でも、彼はいつも、僕を避けるように逃げてしまう…


 そんなある日、僕は聞いてしまった。アレクシー君に絡んでいた男子生徒たちが、街のごろつきを雇って、彼を痛めつけようと画策しているのを!

 日時も、場所も、耳に入ってしまった…

(…知らせないと!)

 でも、彼は僕を避けている。どうすれば…。

(…そうだ!僕が、助けに行けばいいんだ!)

 強くもないくせに、正義感だけは一人前。僕は、無謀にも、一人で彼を助けに向かうことを決意した。


 ◇


 そして、まんまと、僕も一緒にごろつきに捕まった。……だと思ったよ!

 なんで、一人で来たかなー、僕…

 薄暗い倉庫の中、僕とアレクシー君は、数人の、いかにも柄の悪い男たちに取り囲まれている。

「へへ、坊ちゃんたち。少し痛い目にあってもらおうか」

 下卑た笑みを浮かべる男たち。アレクシー君は、僕を庇うように、一歩前に出た。

「僕に構わず、あなたは逃げてください」

「そんなことできるわけないだろ!」

 僕がそう叫んだ、その時だった。


 ごろつきの一人が、アレクシー君の胸ぐらを掴み、乱暴に壁に叩きつけた。その衝撃で、彼の制服の胸元が、ビリ、と大きく破けてしまう。

 そして、僕は見てしまった。白いシャツの下に、きつく巻かれた晒し。

 ーーーそして、その下にある、なだらかな胸の膨らみを。

「…え…?お、んな…の、こ…?」

 僕が呆然としている間に、状況は一変していた。


 僕が驚いて転んだ拍子に、積まれていた酒樽の山が崩れ、ごろつきたちに向かって転がっていく!(我ながら、なんてラッキー!)

 その一瞬の隙を、彼女は見逃さなかった。

 長い銀髪を解き放ち、相手の剣を奪い振るっていく。その動きは、フェンリルのようにしなやかで、そして苛烈だが、僕の目には、彼女が舞っているようにしか見えなかった。

 銀の閃光が走るたび、ごろつきたちが一人、また一人と、悲鳴を上げて倒れていく。


 そして、最後の一人が、僕に向かってナイフを振り上げた、その瞬間。

 彼女は、僕の前に立ちはだかった。

 僕を、その華奢な体で、庇うように。


 その、凛とした後ろ姿。

 ーーーああ、そうだ。僕は、この後ろ姿を、知っている。

 11年前のあの日、泣いていた僕の前に立ってくれた、小さな、でも、誰よりも大きな、僕の女神様。

「…ソフィア…様…?」

 僕の呟きに、彼女の肩が、びくりと震えた。

 ゆっくりと振り返ったその顔は、紛れもなく、僕がずっと焦がれ続けた、初恋の人のものだった。


 ◇


 それからの僕は、もう誰にも止められなかった。倉庫での一件が片付いた直後、僕は、彼女に詰め寄った。

「ソフィア様!ソフィア様ですよね!?子供の時のお茶会で、庇ってくれた!僕は、ずっと…!」

「…少し、黙りなさい」

「はい!」

 ピシャリと叱られて、僕は大型犬のように、しゅん…と口をつぐむ。彼女は、はぁ、と深いため息をつくと、僕から顔を背けた。

「なぜ、男のふりなど…?もしかして、何か大変なご事情が…?」

「…あなたには、関係ありません」

「関係あります!僕は11年間、ずっとあなたのことを…!」

「それ以上言うな!」

 彼女は、耳まで真っ赤にしながらそう叫ぶと、走り去ってしまった。…でも、僕はもう、諦めたりなんてしない!


 ◇


 翌日の放課後。訓練場で、一人、黙々と剣を振るう彼女の元へ、僕は水差しとタオルを持って駆けつけた。

「ソフィア様!今日の剣の稽古も素敵でした!息をのむほど美しくて、力強い!よろしければ、お水です!」

「…必要ありません。それに、学園では、わたくしはアレクシーです。軽々しく名前を呼ばないでください」

「でも、僕にとっては、あなたはソフィア様です!」

 僕が満面の笑みで言い切ると、彼女は一瞬、言葉に詰まったようだった。そして、僕の手から乱暴に水差しをひったくると、そっぽを向いて喉を潤した。

「…ありがとうございます」ぶっきらぼうなその声が、なんだか照れているように聞こえて、僕の心臓は、嬉しさで跳ね上がった。


 また、ある日のお昼休み。食堂の隅で一人、食事をしていた彼女のテーブルの向かいに、僕は当たり前のように腰を下ろした。

「ソフィア様!よかったら、僕のお弁当に入っているこの卵焼き、半分いりませんか!?料理長特製なんです!」

「…なぜ、いつも、わたくしの前に現れるのですか」

 心底うんざりした、という顔で、彼女が僕を睨みつける。

「え?だって、ソフィア様とお話がしたいからです!それに、もっとあなたのことを知りたい!」

 僕の言葉に、彼女はまた、言葉を失っていた。ストレート過ぎただろうか?僕は、得意げに卵焼きを箸でつまみ、彼女の前に差し出す。

「さあ、どうぞ!」

 彼女は、しばらくの間、卵焼きと僕の顔を交互に見ていたが、やがて、観念したように、これまでで一番大きなため息をついた。そして、ほんの少しだけ、躊躇うように、その綺麗な唇を、小さく開いた。

 その瞬間、僕は、天にも昇る気持ちだった!


 そんな風に、僕は猛烈アタックを続けた。最初は、心底鬱陶しそうな顔で僕を無視していた彼女も、いつしか、僕が隣に座るのを止めなくなり、そして、呆れたように、でも、どこか楽しそうに、僕の隣で笑ってくれるようになったんだ。


 ◇


 でも、僕は、ずっと気になっていた。なぜ、彼女は、素性を隠してまで、この国に来たのだろうか、と。その答えを知っていそうな人物に聞いてみる事にした。

「アランディール殿下。アストリア王国からの留学生、アレクシー・フリートランク君について、何かご存じではありませんか?」

 王宮の執務室で、僕は主君である王太子殿下に尋ねた。殿下は、書類から顔を上げると、面白いものを見つけたかのように、にっこりと微笑んだ。


「おや、リヒルト。君が、特定の誰かにそこまで興味を持つなんて、珍しいじゃないか」

 殿下は、全てお見通しだと言わんばかりの目で、僕を見る。

「アストリア王家も、大変でね。ソフィア王女は、類稀なる才覚をお持ちだが、それゆえに、彼女を疎む守旧派貴族も多い。派閥争いで、常に命を狙われるような状況だそうだ。…彼女が幼い頃から男として育てられたのも、そのためだと聞いている」

「そんな…!」

「そして、今回の留学。表向きは、見聞を広めるため。だが、本当のところは、激化する派閥争いから、彼女の身を一時的に避難させるための、苦肉の策だろうね。…婿探し、という側面もあったようだが、彼女自身がそれに反発し、偽名を使って男としてやってきた、というわけさ」


 アランディール殿下は、面白そうに言葉を続ける。

「つまり、彼女は、たった一人で、自国での居場所と戦っている、孤独な王女、というわけだ。…リヒルト、君が手を出すには、少し荷が重い相手じゃないかな?」

 その言葉に、僕は、カッと頭に血が上るのを感じた。荷が重い?孤独な王女?冗談じゃない。

 ーーー僕の心は、決まった!


 ◇


 翌日の放課後、僕は、訓練場で一人剣を振るう彼女の元へ、まっすぐに向かっていった。

「ソフィア様」

 僕の真剣な声に、彼女は剣を振るうのをやめ、いぶかしげな顔でこちらを向く。

「…あなたのご事情、アランディール殿下から、少しだけ伺いました」

「…余計なことを」

 彼女の声が、氷のように冷たくなる。どうせ、同情でもしに来たのだろうと、その目が語っていた。違う。そうじゃない。


 僕は、彼女の前に立つと、まっすぐにその瞳を見つめた。

「僕は、あなたみたいに強くありません。剣の腕も、全然敵わない。正直、あなたを守れるほどの力なんて、僕には、ないのかもしれない」

「…何が言いたいのですか」

「でも」

 僕は、一度、言葉を切り、ありったけの想いを込めて、宣言した。


「でも、僕が、あなたを、ソフィアを守ります!」


 彼女は、一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、目を丸くした。そして、次の瞬間、ぷいっと顔を背けてしまった。

「…馬鹿なことを。あなたに、守ってもらう必要など、ありません」

 その声は、いつもよりずっと、か細く震えている。隠そうとしても、隠しきれていない。夕日に照らされた彼女の耳が、真っ赤に染まっているのが、僕には、はっきりと見えた。


 ああ、そうか。この人は、ずっと、一人で戦ってきたんだ。誰かに「守られる」なんてこと、今まで一度もなかったんだ。ましてや、自分より、ずっと弱い男に、そんな風に言われるなんて。

(可愛い…)

 強く気高く、誰よりも格好いいのに、その素顔は、こんなにも愛らしい。僕の心は、もう、どうしようもないくらい、彼女への愛で満たされていた。そして、この時から、僕たちの本当の関係が、始まったんだ。


 ◇


 そして今。

 僕たちは、両国からの祝福を受けるために、それぞれの家族と、国と、戦っている。

 大変なことばかりだけど、不思議と、不安はない。

 だって、僕の隣には、世界で一番強くて、美しい、僕だけの女神様がいてくれるのだから。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

突然、兄の恋物語から始まりましまたが、アンジェとアレクシスの恋物語で間違いありません!ここで読むのやめないでー!


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