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第9話:断罪と涙の帰還

 数日後、王宮では異例の速さで、商王バルトロに対する断罪裁判が開かれた。


 厳粛な雰囲気に満たた大法廷。国王陛下や王太子殿下も見守る中、私は証人として、被告席にふてぶてしく座るバルトロと、その隣で幽鬼のように青ざめている元婚約者、ユリウス様の前に立った。

 検察側が、次々とバルトロの罪状を暴いていく。国家転覆未遂、詐欺、誘拐、そして王家の庇護下にある公爵令嬢への殺人未遂。


 だが、バルトロは「証拠でもあるのか」と、なおも不敵な笑みを浮かべていた。

「――ここに」

 静まり返った法廷に、凛とした声が響く。

 アレクシス殿下だった。彼は、証拠として一つのネックレスを提示する。私の胸元で、今も静かな輝きを放っている、あのお守りを。

 そして、法廷中に響き渡ったのだ。

 あの監獄部屋で交わされた、全ての会話が。

 まずは、彼の数々の詐欺行為や、ユリウス様を操った手口についての自白。それだけでも法廷は騒然となったが、本当の衝撃は、その後にやってきた。

『俺も、おまえと同じ転生者だ』

『おまえのせいで、俺は死んだんだ!』

『どうだ、惨めな気分だろう!?この、どブスが!』

 バルトロ自身の醜悪な声が響き渡ると、法廷は水を打ったように静まり返り、やがて困惑のさざ波が広がっていく。


「…てんせいしゃ?」

「どぶす…?いったい、何語だ?」

「あの男、何を言っているんだ…?」

 壇上の裁判長までもが、眉をひそめている。

 全ての視線が、私に注がれた。私は、ただ怯えたように小さく首を横に振る。お父様の方へ寄り添い、

「お父様、『転生者』とは、何のことですの…?」

 と、か細い声で尋ねてみせた。


 その完璧なまでの被害者ムーブに、バルトロはついに堪忍袋の緒が切れたのだろう。

「嘘だ!嘘をつくな、この女ァッ!!」

 被告席で立ち上がり、鎖をジャラリと鳴らして叫んだ。

「おまえも知っているはずだ!『オレオレ詐欺』も!『どブス』の意味も!おまえも俺と同じ、転生者だろうがッ!」


 その狂気に満ちた叫びに対し、裁判長が、静かに私に問いかけた。

「アンジェーヌ・フォン・クライネルト嬢。被告の主張について、何か申し開きは?」

 私は、すっ、と立ち上がった。そして、法廷にいる全ての人々を見渡すと、涙を湛えた瞳で、しかし、はっきりとした声で告げた。

「…わたくしには、彼が何を言っているのか、さっぱりわかりません」

「ただ…」と、私は言葉を続ける。

「わたくしを陥れるために使われた『どブス』という言葉も、今、彼が叫んでいらっしゃる『転生者』というのも…わたくしには、彼が己の罪を正当化するために作り出した、おぞましい呪文のようにしか、聞こえません」


 私のその言葉が、決定打だった。

 バルトロは、ただの凶悪な犯罪者から、「意味不明な妄想を叫び、か弱い令嬢を独自の呪文でいたぶる、狂人」へと堕ちたのだ。

 そして、ユリウス様は、嗚咽を漏らしながら

「アンジェーヌ!私も、彼に脅されて…!」

 と見苦しい言い訳を並べたが、私はもう、憐れみの一瞥をくれることすらしなかった。


 判決は、即日下された。

 商王バルトロは、全財産を没収の上、生涯、北方の魔石鉱山での強制労働。

 ユリウス・フォン・シュミットも、その片棒を担いだ罪で家門から籍を抜かれ、平民として同じ鉱山へ。

 私を苦しめ続けた『どブス』の呪いは、こうして完全に解かれた。


 そして、事件の真相が明らかになるにつれ、私への評価は一変した。

 『精神錯乱の狂人令嬢』は、いつしか『事件の解決のために自ら危険に飛び込んだ英雄』『国を救った勇気ある公爵令嬢』へと変わり、王都中の賞賛を浴びることになったのだった。


 …ちょっと気恥ずかしいけど、まあ、悪くない気分ね!


 ◇


 全てが終わり、私がクライネルト公爵邸の門をくぐった時。

 そこには、私の帰りを待ちわびていた、愛する家族の姿があった。

「アンジェーヌ!」

「アンジェーヌ…!よく…、よくぞ、無事で…!」

 お母様とお父様が、涙ながらに私を抱きしめる。


「すまなかった…!我々は、おまえを信じてやることができなかった…!」

「いいえ、お父様。お二人が、わたくしを愛してくださっているからこそだと、わかっておりますわ」

 お父様の背中をさすると、その体がまだ小刻みに震えているのがわかった。

「あのユリウスという男…!そしてシュミット家もだ!我が娘をここまで弄び、貶めた罪、万死に値する!断じて許さん!」

 普段は温厚なお父様の、静かな、しかし燃えるような怒りの声に、私はただ、こくりと頷いた。


「まったく、心臓に悪い妹だぜ!だが、まあ…よくやったな!」

 ぶっきらぼうに私の頭をわしゃわしゃと撫でるお兄様。その目元が少しだけ潤んでいるのを、私は見逃さなかったわよ。兄のお尻に、ちぎれんばかりに振っている、フサフサの尻尾が見えた気がした。

「お兄様が、アレクシス殿下に伝えてくださったそうですね?意外に気が利くので驚きましたわ!あのまま監禁生活になって、売られるところでしたもの!」

「当たり前だろ!可愛い妹の大ピンチだと、僕の勘がビンビンに告げてたんだからな!」

 本当に、この兄の野生の勘は、時々頼りになるから侮れない。


 そして、少し離れた場所では、侍女のカエラが、もう顔中をぐしゃぐしゃにして号泣していた。

 家族の温かさに、私の目からも、熱いものが込み上げてきた。


 ◇


 数日が過ぎ、私の生活も少しずつ落ち着きを取り戻していた。

 そんなある日の午後、お母様が心配そうに眉を下げて、私にこう告げた。

「…アンジェーヌ。リンケスト侯爵家の、サミエラ様のことなのだけれど…。あの一件以来、ずっとお部屋に閉じこもっていらっしゃるそうなの」


 サミエラが…?

 私の胸が、チクリと痛む…少し悩んだが…

 私は、誰にも告げずに馬車を呼び、リンケスト侯爵邸へと向かった。


 憔悴しきった様子の侯爵夫人に案内され、部屋の扉を開けると、そこにいたのは、窓の外をぼんやりと眺める、親友の痩せた後ろ姿だった。

「サミエラ」

 私の声に、彼女の肩が、びくりと跳ねる。

 ゆっくりと振り返ったその顔は青ざめ、頬はこけていた。

「アンジェーヌ…!なぜ…」

「あなたが、来てくれないから、わたしから来ちゃったわ!」

 私がそう言うと、彼女の瞳から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出した。


「ごめんなさい…!ごめんなさい、アンジェーヌ…!」

 その場に崩れて泣きじゃくる彼女の前に、私は静かにしゃがみ込む。

「私…あなたを信じてた。あなたが自作自演なんてするはずないって、わかってたのに…!」

 あの毒入り紅茶事件の時、目を逸らしたサミエラを思い出す…

「でも、あの場の空気が…!みんながあなたを責める視線が怖くて…!あなたが一番辛い時に、私は、あなたの目から逃げてしまった…!」


 私は、そんな彼女の震える手を取った。

「顔を上げて、サミエラ…」

 あの時は、確かにショックだった。親友だと思っていて、助けてほしいと思った。


 ーーーでも…サミエラの言うこともわかってしまう…

 前世でもあったもの。明らかに上司が間違ったことを言っていても、誰も逆らえない、あの息の詰まるような空気…上司の取り巻きが、「さすがです!」なんて言い始めた日には、あの、同調圧力に飲み込まれて、自分の考えが本当に正しいかさえ、わからなくなってくる…


「…いまさら、どんな顔であなたに『親友』だなんて言えるの?」

 私は微笑むと、彼女の手を強く握った。

「大事なのは、過去じゃない。これからよ。私の隣には、やっぱり、あなたがいなくちゃダメなの」

「…優しいのね…でも、私は私が許せないの…周りの評価が変わったら、また手のひらを返したように親友面するなんて…」


 こんなに、やつれてまで、あの時の事を悩んでくれていた事実に、場違いにも嬉しくなってしまう。

「わたしは優しくなんてないわ!サミエラがやつれてて、今すごく嬉しいんだもの!」

「…?」

「こんなにやつれるまで、あの時の事を悩んでくれる人が、親友じゃなきゃ、親友って何?って思っちゃうわよ!」

「…アンジェーヌ…!」

 私たちは、どちらからともなく、強く、強く抱きしめ合った。

 悪意によって引き裂かれそうになった友情が、涙によって洗い流され、再び、前よりもずっと固く結ばれる。


 ようやく、私は、本当に、私のいるべき場所に帰ってきたのだ。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます♩

今回、「自分も転生者」的な事を言ってないのをいい事に、まんまとバルトロを陥れてやりました。「えー?転生者って何それ?そんなのあるわけないじゃーん」ムーブです。

ついでに、家族と、サミエラとの仲直り場面も盛り込みました。許しちゃうアンジェは甘いかな?どう思いますか?


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