少女 帰還
アメリカでゆっくり過ごせる実質最後の日。
「おはようセラ。」
「おはよう楓。ホットサンド焼くけど食べる?」
「え食べたい!」
今までされなかった提案につい喜んでしまう。
「今日は夕方ぐらいからIDiOMに行こう。」
ご飯を食べている途中、相変わらず表情はないが少し柔らかくなった口調で彼女は言った。
「夜ご飯にしては早めだね。」
「まあね。それまでにギター弾いておいた方がいい。」
「?わかった。」
食べ終わったセラはいつものように自室へと戻っていった。
私は広げていた荷物を片付けて軽く掃除をする。
「2週間ありがとうございました。」
綺麗になった部屋を見て呟く。
その後は昼ごはん。
このシリアルもラストなんだなぁと思うと少し切ない。
日本でも売って欲しい。
味わって食べたあとはギターの練習。
「このコードを弾く時は……。」
「リズムが崩れないようにするには……。」
この数日でセラが教えてくれたことを思い出す。
本当に夢みたいだった。
口ずさむ歌も少し上手くなったような気がする。
ふと見たパソコンには作っている途中の曲。
流行りに寄せた曲。
「流行りなんて倣うものじゃなくて作り出すものよ?」
セラの言葉が頭にこだまする。
「確かにな……。」
震える指で私はファイルを消した。
「そろそろ行ける?」
セラが部屋から出てきた。
「あ、うんちょっと待って。これしまってくる!」
「ダメ。」
「え?」
「ギターは持っていこう。」
「なんで?!」
「それはもちろん。」
セラはステージ上と同じように不敵に笑った。
セラは手際よく私のギターをギグバッグにいれて持ちあげてしまった。
「ちょっとセラ!」
「早くしてね。」
手をヒラヒラと振りながらセラは玄関を出て行った。
「マジ……?」
そのまま家にいる訳にも行かずとりあえず準備をして家を出る。
その先でセラは運転席に座っていた。
「行くよ。」
窓を開けたセラは楽しそうに笑っている。
この道も見慣れたなぁ。
まだ明るいため景色を楽しみながら向かう。
カランカラン
「お、お邪魔しまーす……。」
セラが楓が開けてなんて言うから変に緊張してしまう。
「お!いらっしゃい!準備できてるよ!」
ショウさんが笑って出迎えてくれる。
「え?」
いつも賑わっているはずの店内は誰もおらず真ん中のテーブルにキャンドルが灯っているだけだ。
「どういうこと?」
セラに聞こうと思い後ろを振り向くとそこにセラの姿はない。
「まあまあ。とりあえず座って座って!」
ショウさんはニコニコして私を席に案内する。
カウンターのところでマスターも笑っている。
「はい。ノンアルのピーチフィズティーでございます。」
コトリと置かれた飲み物。
桃は私の大好物だ。
ピンポイントで私の好きなものが出てきて驚く。
「どうして桃を?」
「セラに言ってなかったのかい?」
「え!言ってないですよ!!」
「じゃあセラの観察眼だろうな。」
「そんなまさか……。」
一体どこで見たのかわからずに困惑する。
「まあセラぐらいになるとそうなるよ。」
「そう……なの?」
困惑が止まらない。
トップアーティストってそんなもんなの?!
「ほら、来るよ。」
そう言われて前を向くとステージにはセラがいた。
「セラ?」
手にはテレビで見たことのあるギター。
彼女の相棒だ。
狭い空間でかき鳴らされるギターは迫力満点で圧倒される。
本当に彼女はセラローレンだったんだ。
そんな馬鹿みたいな感想しか出なかった。
何気に私セラの生演奏1回しか聞いたこと無かった。
初めて聞いた彼女の落ち着いたジャズの雰囲気も好きだったけどギターをかき鳴らして苦しそうな、でも楽しそうな彼女はほんとにテレビで見るままのセラで心が踊る。
こっちまで立ってしまいそうだ。
数曲歌ったあとにセラはステージから降りてきた。
「セラ!こんなに歌ってくれるなんて!」
「私からのプレゼント。楽しんでくれてる?」
「もちろん!」
グータッチをする。
「まだ付き合ってもらうよ!」
そう言ってセラはステージへ戻って行った。
「はい、ミートボールパスタ。シェフが喜んじゃってさちょっと多めに作ったらしいぜ。あとローストチキン。食べきれなかったら俺たちが食べるから好きなだけ食べて!」
ショウさんが運んできてくれる。
「おっきい!」
お皿に多めに盛られたパスタとパリパリに焼かれた大きな丸鶏。
食べきれる気はしないけど美味しそうな匂いで手は進む。
その間にもセラはステージで楽しそうに歌っている。
カウンターで作業してるマスターを煽るぐらいには。
1時間ほどだろうか。
あっという間すぎて分からないけど。
セラは大きく伸びをしながら私の元へきた。
「凄かった!」
私は大興奮で立ち上がった。
「さいっこー!!!!」
セラは汗を流しながら叫んだ。
達成感に溢れているその様子にこっちまで当てられる。
「さぁ次!」
「え?え?」
セラに手を引かれる。
そのままステージへ登らされる。
横にはギタースタンド。
私の相棒がいた。
「楓の番!」
「む、無理無理!」
「大丈夫!やれるから!」
「セラの後には出来ない!」
「楓の音が聞きたいの!」
キラキラした瞳でセラは私の手を握る。
「でも……。」
つい目を逸らしてしまう。
「頑張れ!」
逸らした先でショウさんが叫んでいる。
「はい!」
セラはギターを手渡してきた。
日本製のメープル材の相棒。
「音楽しに来たんでしょ?この自由の国アメリカに!」
ハッとした。
そうだ。
その言葉に突き動かされるようにギターを手に取る。
手に馴染んでいるはずなのに手汗が止まらない。
震える手で一音鳴らす。
一音、また一音まるで階段を昇るように。
手がメロディーを弾き出す。
今まで弾いたことのないフレーズ。
どう動くか分からない。なのに楽しい。
ついセラを見る。
セラも楽しそうに笑っていた。
そこからはあまり覚えていない。
ただ気付いた時には声は枯れるほどだし手も痛い。
でもずっと楽しくてずっと歌ってた。
途中からセラも一緒に。
「音楽ってこんなにキラキラしてたの忘れてた!」
私が音楽を始めた理由がそこにあった。
知らないものを知って、弾きたいものを弾いて、伝えたいことを書いて、歌いたいものを歌う。
どんなフレーズも宝石のようにキラキラ輝いてたんだ!
「はぁ。はぁ……。疲れた……。」
「Nice playing!」
座り込んだ私をセラが引き上げた。
ライトが眩しくて思わず目を細める。
小さいお店の小さいステージのはずなのに今の私は日本のどこよりも大きいステージに立った気分だ。
「いやぁすごかった!」
ショウさんが興奮気味で駆け寄ってくる。
「Nice!」
マスターが親指を立てながら近づいてくる。
「Come on!」
マスターについて行くとそこには大量のサイン。
もちろんそこにはセラのサインもある。
「やったな楓。」
「え?」
ショウさんが私を小突いてくる。
「サイン、書いてだって。」
セラが私に言った。
「うそ!恐れ多くて書けないよ!」
「大丈夫。それぐらい楓のプレイは良かったってこと。」
マスターもニコニコしている。
「じゃあ……。」
私はそこに書いた。
『Maple songs』
「へぇそんな名前でやってるのか!」
「探さないで下さいよショウさん!」
いつの間にか深夜をまわっていた。
さすがにお開きだ。
「2週間お世話になりました。えっと、Thank you very much!」
ショウさんとマスターに別れを告げる。
「いつでも来て歌ってくれよ。マスターも歓迎だってさ。」
照れすぎて上手く返事は出来なかった。
「セラ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
「なんで私が桃好きだってわかったの?」
「アフタヌーンティーで桃のタルトを最初と最後に食べてた。それに瞳も輝いてたし咀嚼回数も多かった。」
「そんなに見てたの?!」
「私は経験のなさをカバーできてたのはこれのおかげ。見るのが得意なの。」
脳裏にIDiOMの端の席でひたすらに何かを見て書いていたセラの姿を思い出す。
「そういう事か……。」
「さぁついたよ。」
車を降りて相棒を抱える。
その夜は相棒を一撫でしてから眠りについた。
「準備OK?」
「大丈夫!」
あっという間の朝。
まとめておいたスーツケースとギターを持って私はセラの家を出る。
「お世話になりました。」
玄関で一礼をすると後ろからエンジン音がした。
「セラどうしてあの日私を連れて帰ったの?」
「偶然。」
そうだったんだ。
「音楽に行き詰まった私は休む交渉をした帰りだったの。そこでギターを持ってるあなたを見てインスピレーションが湧く予感がした。だから誘ったの。」
「そんな直感……。」
「私は音楽の神に愛されてるの。だから音楽熱心な同居人をくれたんだと思う。ちゃんと聞いてたよ。
楓の音。」
「え!そうだったの?!」
「部屋から出て聞いてる時もあったけど楓は気づいてなかったね。」
「集中してて気づかなかった……。」
「Good pointだよ。」
めっちゃ恥ずかしい。顔に熱が集まってくる。
「だからマスターに持ちかけたの。楓を歌わせたいって。」
「そうなの?」
「うん。上手だったし、アイデアももらえたから。」
「本当に?」
「見ることが得意な私にとってはアイデアは沢山見つけられた。それに友達らしいこともできた。久しぶりに音楽以外で楽しかったよ。ありがとう楓。」
「こちらこそだよ。泊めてくれて、音楽を教えてくれて、音楽の楽しさを思い出させてくれてありがとう!」
「良かった。……もう少し話したかったけどもう時間みたい。」
顔をあげると目の前には空港。
「お別れ……だね。」
「私たちには音楽があるわ。」
車を停め、荷物を出す。
「じゃあねセラ。ありがとう。」
涙が出そうになりながら別れを告げる。
「I love you. My friend,see you next time on stage.」
挑発するような笑みでセラは言った。
セラらしい言葉に涙よりも笑顔が浮かんだ。
「Of course, Sera! I love you,too!」
最後に強くハグをした。
少し涙が出た。
私の姿が見えなくなるまでセラは手を振ってくれた。
きっと飛行機が視界から消えるまでいてくれたのだろう。
彼女の車らしきものが空から見えた気がしたから。
「何をしに行かれてたんですか?」
空港の検疫で聞かれた。
「観光と、音楽の勉強をしに!」
ジンクスを得たからには日本のトップアーティストになるしかない。
その支えやセラとの思い出、再認識した音楽の楽しさと共に今日も私は作曲をしている。
セラは活動休止1ヶ月で復帰。
爽やかな青春を書いた歌でまた世間から絶賛を浴びている。
いつかまた、約束通りステージの上で会えるように、そしてセラを越えられるように。
私は音楽の道を進み続ける。
なんとか完結です。
細かい話はまたどこかで書きたいですね。
セラ目線の話とか。
ドタバタでしたがお付き合い頂き感謝致します。
また次の夜に。




