少女 暮らす
「ねぇ名前は?」
セラはハンドルを握り前を向きながら話しかけてくる。
「楓……です……。」
「可愛い名前だね。」
なんで大物アーティストと一緒にいるんだろう。
答えながらそう思う。
夜のニューヨークを車は走っていく。
30分ほど揺られると車は大豪邸に止まった。
「着いたよ。」
「すごい……。」
セラは私のスーツケースを持って慣れた手つきで家の鍵を開けた。
「どうぞ。靴は脱がなくていいよ。」
「ありがとう。」
ガラガラと引かれていくスーツケースを追いかけて玄関へと入る。
「ここがリビング、奥がゲストルーム、この部屋は私の部屋だから入らないでね。バスルームはここの突き当たり。」
広いリビングにはダイニングキッチンとソファ、テレビがある。
凄くシンプルだ。
「ギターはどこで弾いても大丈夫。」
ギタースタンドはこれと渡される。
「わ、分かりました……。」
彼女はスーツケースをリビングに置いて、自室へと戻って行った。
ぽつんと1人残された私はとりあえず荷解きをした。といっても他人の家だから盛大には出せないがパソコンを取り出しギグバッグからギターを取り出す。
スーツケースはゲストルームへ。
「すご、実家のリビングぐらいあるんだけど……。」
そしてリビングに戻り恐る恐るギターに手を伸ばす。
とりあえず毎日触る。
それが自分との約束。
音を出すのは気まずいけど落ち着くためにも触りたい。
〜♪
思ったよりも大きい音が鳴る。
やばい!そう思って彼女の部屋を振り返るも出てくる様子は無い。
ふぅ。と息をつきパソコンを開いてDAWを開く。
そこには今作っている曲のプロジェクトがある。
ギターを打ち込んだはいいものの自分では弾けないから練習しなければいけないのだ。
難しいけど打ち込みでは満足したくない。
自分の音で作りたい、組み込みたい、届けたい。
そのフレーズを頭にインプットした途端に私の世界から雑音は消える。
もうここがセラの家だとかリビングだとかは関係ない。
私とギターだけの空間。
ギターを抱えて弾き続ける。
止まったら最初から、何種類か入っているピックを変えながら弾き続ける。
「あっ……。」
どれだけ時間が経ったのだろうか。
不意に集中力が切れてピックが床に落ちてしまった。
「クソっ。」
小さく呟いて床から拾う。
「じょうず。」
いつからだろうかセラが後ろに立っていた。
「ごめんなさい。うるさかった?」
「大丈夫。」
そう言ってセラは隣に座ってきた。
「ギター見せて。」
「なんか恥ずかしい。」
セラにギターを渡すと彼女はじっくりと触って軽く弾き始める。
芯のある音にブレないリズム。
自分よりも当たり前に上手いのを目の当たりにし私は恥ずかしくなった。
「や、やっぱり上手だね。」
「そう?ありがとう。」
しばらくセラは私のギターを弾いた。
何も言わず。
満足したのか私にギターを渡してきた。
「私もUSAのに替えたいな。」
ぽつりと呟く。
「楓はそれでいいよ。」
立ちながらセラは言った。
その言葉にチクリと胸が痛くなった。
別にこのギターに不満がある訳では無いけどまるでUSAを持つには実力不足だと言われているようでかなしくなった。
そのままギターを触る気なんて起きなくてギターもパソコンもしまって寝てしまった。
朝目覚めると知らない天井。
「あれ?ここどこだっけ……。」
傍らにはギターとスーツケース。
ドアの外から生活音。
「あ!」
思い出した。
ここはセラの家。
未だに実感なんてわかないまま着替えてリビングへ行く。
ソファではセラがコーヒーを片手にくつろいでいた。お皿にはサンドウィッチ。
「お、おはようございます……。」
「Good morning.寝れた?」
綺麗な発音とともにこちらを振り向く。
「え、あ、うん。」
「シリアルあるよ。」
キッチンの戸棚を指さして彼女は言った。
感情の乗らないその声に私はやはり疑ってしまう。
ほんとにセラローレンなのだろうかと。
でも昨日の歌声や帰ってきてからのギターさばきはやはり彼女がトップシンガーであることを裏付けていた。
適当なお皿を拝借してシリアルをザラザラとだす。
牛乳を冷蔵庫からもらってプラスチックのスプーンを取る。
どこにいたらいいか分からなくて突っ立っているとセラはソファを叩く。
まるでこっちと言うように。
恐る恐る持って行って食べる。
日本のよりも甘いその味付けに頬が緩む。
「テレビとかつけないの?」
セラに聞いてみる。
「私のニュースばっかりでつまらないわ。」
セラは心底面倒くさそうに言った。
「そうなんだ……。」
沈黙。気まずすぎる。
少しすると食べ終わったのかセラは自室に戻って行った。
外に出る気にもギターを引く気にもなれなくて私はテレビをつけた。
英語だから何をやってるかは分からないけどセラの写真やライブ映像が流れているからきっと彼女の活動休止のことをやっているのだろう。
そんな彼女と一緒にいる。
私は不思議な気分でテレビを見続けた。
テレビをある程度見てストレッチをし、ギターを弾く。
そんなことをしていたら日が傾き始めていた。
夜ご飯どうするんだろう。
ピンポーン
ドアベルが鳴る。
え、出た方がいいのこれとまごまごしていたらセラが自室から出てパーカーのフードを被り対応をした。
少しして戻ってきたセラは大きいダンボールを抱えていた。
「手伝おうか?」
「いや大丈夫。」
ダンボールをのぞき込むとそこには大量の食材があった。
「デリバリーしてるの。7days分。」
「そうなんだ……。」
彼女は慣れた手つきで料理を始めた。
できたものはスープパスタのようなものだ。
温かくてホッコリする味だ。
後で調べたところチキンヌードルスープと言うらしい。
なんかもっと、ピザとかハンバーグとか重たいものが出てくると思ってたから安心した。
緊張してると胃に入らないから。
でも食べてる間も沈黙。
かなり気まずい。
そして彼女は食べ終わるとすぐに自室へ戻ってしまう。
「これわたし邪魔なのでは……?」
そう思いつつも他に泊まるところはないし自分ではどこへも行けないからできるだけ息を潜めて生活をすることにした。
とは言いつつも私もギターを弾いたり作曲をしているからそんなに静かではなかったかもしれない。
次の日もそんな感じ。さらにその次の日も。
数日一緒に過ごしてみてセラについてわかったことがある。
彼女は極度に人と関わらない。
ステージ上やIDiOMなどでは違うがプライベートでは静かなタイプのようだ。
電話やSNSで友達や家族と連絡を取っている様子もない。
そしてルーティンを壊されたくない人のようだ。
起きる時間から洗濯をする時間、ご飯の種類まで全部一緒。
気を使ってか私のは毎食違ったが彼女は朝、コーヒーとサンドウィッチ、昼もコーヒーとサンドウィッチ、夜にチキンヌードルスープという具合。
だから細いんだろうな。
高カロリーのもの食べないし。
この家には地下室があるようで毎日セラは下に行ってはガシャン、ガシャンと筋トレを行っているらしい。
髪を結び、タンクトップで汗を流して戻ってくるセラはとても凛々しくてまるでステージの上のセラのようだ。
そんな具合だからこそ私は1週間経っても彼女に音楽のことを聞くことは出来なかった。
だが4日目ぐらいには慣れたからとても気楽に過ごせてはいた。
母からの文句のない音楽生活。
とても捗るものだった。
残りの1週間もこんな感じで過ごすんだろうなと作曲の画面を見つめながら思うと少し残念というか寂しい気持ちにはなるがトップシンガーの家に泊まらせてもらえているそれだけで一生分の貴重な経験だ。
人と暮らすって難しいですよね。
相手が何を考えてるか分からないと気まずいですし。
もう少し続きます。




