第26話「魔法の深化と属性の予兆」
ここ最近で一番成長を感じたミュリエルの回。
自信って、積み重ねたものが形になったときにやっと芽を出すものなんですよね……。
次回は「魔法の適性」に迫っていきます!
ほんの少し、魔法が使えた──それだけのことなのに、心がこんなにも軽くなるなんて。
それからというもの、私は空いた時間を見つけてはこっそり魔法の練習をするようになった。初級魔法の発動は、まだ不安定だ。それでも、手のひらに小さな光が灯るだけで胸が高鳴る。楽しくて、仕方がない。
「……もう一回。次は、もっと長く維持してみよう」
一人ごとを呟きながら、何度も何度も挑戦する。前までは“魔法が使えない令嬢”だった私が、今では魔力の流れを“感じ取れる”ようになっていた。カイルのあの一言が、確かに何かを変えたのだ。
魔法陣の構成や、集中の仕方、イメージの持ち方──授業で教わった知識が、今では実体験として繋がっていく。魔法はただの才能じゃない。努力と理解で、ちゃんと近づける。
魔法を操る感覚は、まるで“この世界と繋がっている”ようだった。小さな光を浮かべるだけでも、空気が震えて、空間の密度が変わる気がする。
初めてこの世界に来たとき、「私は何もできない」と思っていた自分に、そっと教えてあげたい。
「ほら、ちゃんと“できる”ようになったよ」って。
*
魔法の授業中、私は初級魔法の発動に成功した。教室の空気が変わるのを感じた。
「えっ、ミュリエルさんって……魔法、できるんだ?」
「前は全然だったのに……すごいじゃん」
そんな声が、あちこちから聞こえてきた。あからさまに驚いた顔を向けてくる子もいれば、素直に「すごいね!」と拍手をしてくれる子もいた。一方で、今まで見下してきた一部の生徒は、明らかに面白くなさそうにしている。
「ふん、ちょっとできたくらいで……」
誰かの小さなつぶやきが耳に届く。けれど私は、もうそれに動揺はしなかった。
だって、ようやく“努力が実を結んだ”瞬間なのだ。馬鹿にされた日々は、すべてこの達成感に繋がっていたと思える。
授業が終わったあと、隣の席の女の子が小声で話しかけてきた。
「ねえ、すごかったね、今日の魔法……コツとか、教えてくれる?」
そんなふうに言われたのは、初めてだった。
思わず「うん」と頷いた私に、彼女はにこっと笑った。その笑顔が、なんだか嬉しくて、胸が温かくなった。
*
炎の魔法、風の魔法、水の魔法……初級の魔法を何度も繰り返し練習するうちに、それぞれに違った“感触”があることに気づいた。
たとえば炎は、息を詰めて一瞬に集中する感じ。風は、呼吸のリズムに乗せるようにすっと流す。水は、心を柔らかく保って、じわじわと広がる感覚。
その微細な違いを楽しめるようになった自分が、少し誇らしかった。
商売の経験や、前世で大学に通っていたことが、ここにきて生きてきた。経済の授業では商品の流通に関する鋭い指摘をし、薬草学では成分の組み合わせによる効能の変化を語った。教師からも一目置かれるようになり、いつの間にか「ラングフォード嬢に聞いてみよう」と周囲からも頼られるようになっていた。
休み時間には、クラスメイトと自然に会話できるようになっていた。
「さすが“お姉さん”だね」「ちょっと頼りになるよな〜」なんて、からかい交じりの声も飛ぶけど、前とは違う。“見下される年長者”じゃなくて、“認められた年長者”として、私はこのクラスに居場所を得ていた。
*
放課後の中庭で、一人で魔法の練習をしていると、ふと背後から声がした。
「随分、板についてきたな」
振り返れば、あの銀髪の青年――カイルがいた。
「久しぶりですね」
「ずっと見てた」
「……なにそれ、気味悪い言い方しないでください」
「事実を言ったまでだ」
相変わらずのそっけない物言い。でもその口調の奥に、かすかな冗談っぽさを感じ取れるようになったのは、きっと私が少しだけ彼に慣れた証拠だ。
「最近、少しずつだけど魔法がうまくいくようになって。授業でも褒められたりして……」
私が言葉を選びながら報告すると、彼は「そうか」と短く答えた。
「魔法は、慣れだ。慣れと、想像力と、信じる力。それがあれば、人は思っている以上に遠くまで行ける」
その言葉は、やけに胸に響いた。
「ところで、お前……自分の“属性”が何か、知ってるか?」
「属性?」
「魔法には基本の五属性──火、水、風、土、雷がある。そこに加えて、光と闇、そして稀に“無”や“幻”と呼ばれる特殊属性があるとされている。多くの人はひとつかふたつ、強く反応する属性がある。それが“適性”だ」
私は首を横に振った。「まだ、知りません」
「だろうな。魔法を扱えるようになって初めて、そういった本質が見えてくる。お前の場合、ようやく“入口”に立ったってとこだ」
カイルはそう言いながら、腰のポーチから、薄い水晶板のようなものを取り出した。
「これは“属性判定晶”ってやつだ。魔力を通すと、その人間の属性に反応して、色や模様が浮かぶ。学院でもそのうちやるだろうが、俺のやつの方が正確だからな」
「……そんな便利な道具があるんですね」
「まあ、正式な場じゃ使えねえって文句言う奴もいるが。俺が使ってた商人のギルドでは、結構役立ったもんだよ」
カイルが私の手のひらにその水晶板をそっと置く。
「次回、授業のあとにでも時間を取れ。その時、お前の“魔法の本質”を、教えてやる」
「……はい。お願いします」
その時の私はまだ、自分がどんな“属性”を持っているのか──そして、それがどんな未来に繋がるのかを、知る由もなかった。
ご覧いただきありがとうございます!
小さな変化がやがて大きな希望に変わっていく、そんな回でした。
もしよければ、ブックマーク・評価・感想などで応援していただけるととっても励みになります!




