表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/28

第24話「魔法が使えない理由」

魔法の授業が始まりました。でもミュリエルにとっては、ちょっと辛いスタート……。

この世界で「できない」って、ほんとに苦しいですね。

学院での授業が始まって、まだ数日。魔法の基礎授業は、誰にでも開かれているはずだった。

 けれど、初日の内容からして、すでに“できる人”と“できない人”の差は歴然だった。


 「魔力の感覚を探るには、まず手のひらに意識を集中させて――はい、次の人」

 先生は、淡々とした口調でそう言うと、黒板に魔法循環の図を描いてみせた。


 「魔力は“気配”として体内を巡っている。最初に感じるのは、だいたい胸の中心か、手のひらです。温度の変化や、脈打つような微細な感覚に注目してください」


 生徒たちは次々に手のひらを前に出し、目を閉じる。真剣な空気の中、教室の温度が少しだけ下がったように感じた。


 「……なんとなく、あったかい気がする」

 ノエルの声に、先生が「良いですね」と頷いた。教室中から「すごい」「さすが」とさざ波のように声が広がる。


 一方、私はというと――


 手のひらを見つめて、何も感じなかった。目を閉じて、呼吸を整えて、自分の内側に意識を向ける。けれど、何もない。

 脈拍の音、心臓の鼓動、それすらも遠くに思える。ただの皮膚と肉の塊にしか感じられない。


 (“感じた気がする”すら言えないなんて……)


 周囲から視線が集まり、背中に熱が集まるような感覚がする。痛い。恥ずかしい。逃げ出したい。


 「次の方、どうぞ」

 促されて、私は手のひらを前に出した。見られているという意識が、余計に感覚を鈍らせていく。


 「……特に、何も……」

 「最初は難しいこともありますよ」と先生は言ったが、明らかに次に興味が移っていた。


 「貴族なのに魔法が使えないって、珍しいよね」

 「ラングフォード家って、そんな家だったっけ?」


 クラスの前の席にいた二人組の女子が、わざと聞こえるような声でひそひそ話していた。

 「ねえ、それってちょっとかわいそうじゃない?」と庇うような声が、どこかから聞こえたけど、誰が言ったのかはわからなかった。


 フェリシアが「気にしないで!私も全然わかんなかった!」と励ましてくれたけど、それが逆に胸に刺さった。

 私はただ、努力を否定されたような気持ちでいっぱいだった。


 魔法がすべてじゃない。そう言い聞かせたところで、この世界で“使えない”という事実は、重くのしかかってくる。


 昼休み、食堂にも行く気になれず、一人で中庭の片隅に座っていた。風の音が、やけに大きく聞こえる。


 (なんで私だけ……)


 ふと、前世での自分を思い出す。周囲の期待には応えようとしていた。テストで落ち込んでも、「努力すればなんとかなる」って信じてた。

 でも今は? どれだけ頑張っても、“生まれ持った魔力”がないなら、始まりもしない。


 この世界に来てから、ずっと感じていた居心地の悪さ。周囲の常識と、自分の中の感覚が、かみ合わない。


 「やっぱり、この世界じゃ私は不完全なんだ……」


 午後の授業でも、私は机に張り付くようにして存在を消していた。噂話も、好奇の視線も、背中を這う。


 「ミュリエルって、ほんとに貴族なの?」

 「魔力のない伯爵令嬢なんて、形だけでしょ」


 そんな声を聞いて、私はもう笑う気にもなれなかった。

 (だったら、なんで入学できたのよ……)


 帰り道、廊下の窓から外を見下ろしながら、何度目かのため息をつく。


 すると、後ろから軽い声が飛んできた。


 「ため息つくと、幸せ逃げるらしいよ。まあ、迷信だけど」


 「……あなた」


 振り返れば、そこにいたのは、あの宿で私に助言をくれた青年だった。

 貴族用の制服に身を包んでいる。でも、雰囲気は変わらず、どこか斜に構えていて、底知れない印象を持つ。


 「ここで会うなんて、奇遇だね」

 「学院の生徒だったんですか……?」

 「まあね。こっちのクラスじゃないけど。……君、元気なかったね」

 「……見てたんですか」

 「見ようと思わなくても、目立ってた。というか、必死に隠れてるのが逆に目立つ」


 私はうつむき、思わず呟く。「魔力、ないんです」

 「それ、本気で思ってる?」


 彼は窓枠に寄りかかって、こちらをじっと見つめてきた。


 「君、多分、“使えない”んじゃなくて、“抑えてる”んだよ。自分で」

 「抑えてる……?」

 「前世の記憶があるからさ。無意識に、この世界の“理”を信じ切れてないんじゃないかな」


 私は息を呑んだ。


 「魔力って、“信じる力”に似てるところがある。否定しながらじゃ、流れてこない」

 「でも……信じきるって、そんなに簡単なことじゃ――」

 「だからこそ、練習する価値があるんだ。これは“努力の世界”だよ」


 彼の言葉が、胸の奥を深く突いた。努力だけじゃ届かないと思っていたけれど、それでも努力が意味を持つなら――。


 「じゃあ……どうすればいいんですか?」

 「簡単に言えば、“この世界を信じてみる”こと。まあ、言うほど簡単じゃないけどね」


 彼はふっと笑って、片手をひらひらと振った。


 「今度、見せたいものがあるんだ。学院の外だけど、来れる?」

 「なにを見せる気なんですか?」

 「君が、“魔法がどうやって流れるか”を、ちゃんと見せてあげるよ」


 彼の目が、冗談めかした口調とは裏腹に、真剣に光っていた。

 私は、思わず頷いていた。胸の奥に、少しだけ灯がともった気がした。

ご覧いただきありがとうございます!

魔法が使えない理由には、実はもっと深い“心の壁”が関係していそうです。

次回は、彼との“外の世界”での再会へ――。


応援・評価・ブクマなど、すごく励みになります✨

また次回も読んでいただけたら嬉しいです!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ