第24話「魔法が使えない理由」
魔法の授業が始まりました。でもミュリエルにとっては、ちょっと辛いスタート……。
この世界で「できない」って、ほんとに苦しいですね。
学院での授業が始まって、まだ数日。魔法の基礎授業は、誰にでも開かれているはずだった。
けれど、初日の内容からして、すでに“できる人”と“できない人”の差は歴然だった。
「魔力の感覚を探るには、まず手のひらに意識を集中させて――はい、次の人」
先生は、淡々とした口調でそう言うと、黒板に魔法循環の図を描いてみせた。
「魔力は“気配”として体内を巡っている。最初に感じるのは、だいたい胸の中心か、手のひらです。温度の変化や、脈打つような微細な感覚に注目してください」
生徒たちは次々に手のひらを前に出し、目を閉じる。真剣な空気の中、教室の温度が少しだけ下がったように感じた。
「……なんとなく、あったかい気がする」
ノエルの声に、先生が「良いですね」と頷いた。教室中から「すごい」「さすが」とさざ波のように声が広がる。
一方、私はというと――
手のひらを見つめて、何も感じなかった。目を閉じて、呼吸を整えて、自分の内側に意識を向ける。けれど、何もない。
脈拍の音、心臓の鼓動、それすらも遠くに思える。ただの皮膚と肉の塊にしか感じられない。
(“感じた気がする”すら言えないなんて……)
周囲から視線が集まり、背中に熱が集まるような感覚がする。痛い。恥ずかしい。逃げ出したい。
「次の方、どうぞ」
促されて、私は手のひらを前に出した。見られているという意識が、余計に感覚を鈍らせていく。
「……特に、何も……」
「最初は難しいこともありますよ」と先生は言ったが、明らかに次に興味が移っていた。
「貴族なのに魔法が使えないって、珍しいよね」
「ラングフォード家って、そんな家だったっけ?」
クラスの前の席にいた二人組の女子が、わざと聞こえるような声でひそひそ話していた。
「ねえ、それってちょっとかわいそうじゃない?」と庇うような声が、どこかから聞こえたけど、誰が言ったのかはわからなかった。
フェリシアが「気にしないで!私も全然わかんなかった!」と励ましてくれたけど、それが逆に胸に刺さった。
私はただ、努力を否定されたような気持ちでいっぱいだった。
魔法がすべてじゃない。そう言い聞かせたところで、この世界で“使えない”という事実は、重くのしかかってくる。
昼休み、食堂にも行く気になれず、一人で中庭の片隅に座っていた。風の音が、やけに大きく聞こえる。
(なんで私だけ……)
ふと、前世での自分を思い出す。周囲の期待には応えようとしていた。テストで落ち込んでも、「努力すればなんとかなる」って信じてた。
でも今は? どれだけ頑張っても、“生まれ持った魔力”がないなら、始まりもしない。
この世界に来てから、ずっと感じていた居心地の悪さ。周囲の常識と、自分の中の感覚が、かみ合わない。
「やっぱり、この世界じゃ私は不完全なんだ……」
午後の授業でも、私は机に張り付くようにして存在を消していた。噂話も、好奇の視線も、背中を這う。
「ミュリエルって、ほんとに貴族なの?」
「魔力のない伯爵令嬢なんて、形だけでしょ」
そんな声を聞いて、私はもう笑う気にもなれなかった。
(だったら、なんで入学できたのよ……)
帰り道、廊下の窓から外を見下ろしながら、何度目かのため息をつく。
すると、後ろから軽い声が飛んできた。
「ため息つくと、幸せ逃げるらしいよ。まあ、迷信だけど」
「……あなた」
振り返れば、そこにいたのは、あの宿で私に助言をくれた青年だった。
貴族用の制服に身を包んでいる。でも、雰囲気は変わらず、どこか斜に構えていて、底知れない印象を持つ。
「ここで会うなんて、奇遇だね」
「学院の生徒だったんですか……?」
「まあね。こっちのクラスじゃないけど。……君、元気なかったね」
「……見てたんですか」
「見ようと思わなくても、目立ってた。というか、必死に隠れてるのが逆に目立つ」
私はうつむき、思わず呟く。「魔力、ないんです」
「それ、本気で思ってる?」
彼は窓枠に寄りかかって、こちらをじっと見つめてきた。
「君、多分、“使えない”んじゃなくて、“抑えてる”んだよ。自分で」
「抑えてる……?」
「前世の記憶があるからさ。無意識に、この世界の“理”を信じ切れてないんじゃないかな」
私は息を呑んだ。
「魔力って、“信じる力”に似てるところがある。否定しながらじゃ、流れてこない」
「でも……信じきるって、そんなに簡単なことじゃ――」
「だからこそ、練習する価値があるんだ。これは“努力の世界”だよ」
彼の言葉が、胸の奥を深く突いた。努力だけじゃ届かないと思っていたけれど、それでも努力が意味を持つなら――。
「じゃあ……どうすればいいんですか?」
「簡単に言えば、“この世界を信じてみる”こと。まあ、言うほど簡単じゃないけどね」
彼はふっと笑って、片手をひらひらと振った。
「今度、見せたいものがあるんだ。学院の外だけど、来れる?」
「なにを見せる気なんですか?」
「君が、“魔法がどうやって流れるか”を、ちゃんと見せてあげるよ」
彼の目が、冗談めかした口調とは裏腹に、真剣に光っていた。
私は、思わず頷いていた。胸の奥に、少しだけ灯がともった気がした。
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魔法が使えない理由には、実はもっと深い“心の壁”が関係していそうです。
次回は、彼との“外の世界”での再会へ――。
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