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第20話「旅立ちの春」

一年が経ちました。

努力を重ねたミュリエルの新しい一歩――ぜひ見届けてください。


朝の空気が少しだけやわらかく感じられた。


 春のはじまり。

 この季節に、私は人生で初めて“自分の意志で”新しい道を選ぼうとしている。


 あれから、一年が経った。



 街に来て最初の頃は、本当に何も分からなかった。

 誰かの支えがなければ、たぶん立っていられなかったと思う。


 あの時、女将さんに「住み込みで働いていい」と言われなければ――

 香り袋の仕事を続けられなければ、きっと私はここにいなかった。


 だから私は、必死に働いた。


 朝は早く起きて掃除や雑用をこなして、

 昼間は店頭で香り袋やハーブティーを売って、

 夜は残った布や瓶を整理しながら、明日の準備をして。


 正直、何度も倒れそうになった。

 でも、“目的”があることは、何よりの力になった。


(この国の、学舎に通いたい)


 それが、私の新しい夢になった。


 “女が学ぶ必要はない”といわれるこの社会で、

 私のような立場の者が学びたいと願うことは、笑われるかもしれない。

 でも、前世では大学に通っていた私は知っている。


 学ぶことは、自分の世界を広げてくれる。


 今のままでは、この国のしくみも、商売のことも、

 何もかもが分からないままで終わってしまう。

 私は――もっと知りたい。


(だから……入学するの)


 決意してからの一年間、私はそのために働き続けた。


 贅沢はせず、生活は質素に。

 必要のない飾りや、可愛い布地にも、手を出さなかった。


 そうして、ようやく――


「ミュリエルさん、本当に……これで行っちゃうの?」


 振り返ると、そこには女将さんがいた。

 いつもの笑顔ではない。どこか寂しそうで、でも温かくて。


「はい。学舎への入学が正式に決まりました。

 入学金も寮の費用も、全部払えるように計算しましたから」


 小さな封筒を胸元にしまいながら、私は微笑んだ。


 ここまで来られたのは、決して私一人の力じゃない。

 あの頃、どん底のような気持ちで宿にたどり着いた私を受け入れてくれた――

 この人がいたから、私は立ち直れた。


「……ほんと、強くなったねぇ、あんた」


「女将さんこそ。……いろいろ、ありがとうございました」


 笑って言うつもりだったのに、言葉の最後が少しだけ震えた。


 女将さんが、すっと両手を広げた。

 迷わず、その胸に飛び込む。


 泣かないって決めてたのに、

 ふわっと、温かさに包まれた瞬間、どうしても涙がこぼれてしまった。


「おかえり、って言える日を待ってるからね」


「……はい、絶対に、また来ます」



 荷物は少なかった。

 必要なものは、紙と筆記具と、ほんの数着の服。

 そして、香り袋を一つ。

 自分で作った、“落ち着き”の香りがするやつ。


 宿を出て、石畳の道を踏みしめながら、私は前を見た。


 あの頃の私は、誰かの“ついで”で、誰かの“代わり”で、

 誰かの“期待に応える”ことばかりを考えていた。


 でも、今は違う。


(私は、私自身の人生を生きるために――)


(この道を選ぶ)


 街を見下ろす丘の上に、学舎の塔が見える。

 あそこには、知らない世界がある。

 新しい出会いがあって、学びがあって、私の“まだ知らない未来”が待っている。


 胸が高鳴る。

 でも、それは不安じゃなく、希望の音だった。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!

何もなかった彼女が、自分の力で未来を選べるようになった今。

ここからまた、新たな物語が始まります。


\ブクマ・評価・感想など、いただけるととても励みになります!/

次回からは第二章に突入です!どうぞよろしくお願いします✨

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