第20話「旅立ちの春」
一年が経ちました。
努力を重ねたミュリエルの新しい一歩――ぜひ見届けてください。
朝の空気が少しだけやわらかく感じられた。
春のはじまり。
この季節に、私は人生で初めて“自分の意志で”新しい道を選ぼうとしている。
あれから、一年が経った。
*
街に来て最初の頃は、本当に何も分からなかった。
誰かの支えがなければ、たぶん立っていられなかったと思う。
あの時、女将さんに「住み込みで働いていい」と言われなければ――
香り袋の仕事を続けられなければ、きっと私はここにいなかった。
だから私は、必死に働いた。
朝は早く起きて掃除や雑用をこなして、
昼間は店頭で香り袋やハーブティーを売って、
夜は残った布や瓶を整理しながら、明日の準備をして。
正直、何度も倒れそうになった。
でも、“目的”があることは、何よりの力になった。
(この国の、学舎に通いたい)
それが、私の新しい夢になった。
“女が学ぶ必要はない”といわれるこの社会で、
私のような立場の者が学びたいと願うことは、笑われるかもしれない。
でも、前世では大学に通っていた私は知っている。
学ぶことは、自分の世界を広げてくれる。
今のままでは、この国のしくみも、商売のことも、
何もかもが分からないままで終わってしまう。
私は――もっと知りたい。
(だから……入学するの)
決意してからの一年間、私はそのために働き続けた。
贅沢はせず、生活は質素に。
必要のない飾りや、可愛い布地にも、手を出さなかった。
そうして、ようやく――
「ミュリエルさん、本当に……これで行っちゃうの?」
振り返ると、そこには女将さんがいた。
いつもの笑顔ではない。どこか寂しそうで、でも温かくて。
「はい。学舎への入学が正式に決まりました。
入学金も寮の費用も、全部払えるように計算しましたから」
小さな封筒を胸元にしまいながら、私は微笑んだ。
ここまで来られたのは、決して私一人の力じゃない。
あの頃、どん底のような気持ちで宿にたどり着いた私を受け入れてくれた――
この人がいたから、私は立ち直れた。
「……ほんと、強くなったねぇ、あんた」
「女将さんこそ。……いろいろ、ありがとうございました」
笑って言うつもりだったのに、言葉の最後が少しだけ震えた。
女将さんが、すっと両手を広げた。
迷わず、その胸に飛び込む。
泣かないって決めてたのに、
ふわっと、温かさに包まれた瞬間、どうしても涙がこぼれてしまった。
「おかえり、って言える日を待ってるからね」
「……はい、絶対に、また来ます」
*
荷物は少なかった。
必要なものは、紙と筆記具と、ほんの数着の服。
そして、香り袋を一つ。
自分で作った、“落ち着き”の香りがするやつ。
宿を出て、石畳の道を踏みしめながら、私は前を見た。
あの頃の私は、誰かの“ついで”で、誰かの“代わり”で、
誰かの“期待に応える”ことばかりを考えていた。
でも、今は違う。
(私は、私自身の人生を生きるために――)
(この道を選ぶ)
街を見下ろす丘の上に、学舎の塔が見える。
あそこには、知らない世界がある。
新しい出会いがあって、学びがあって、私の“まだ知らない未来”が待っている。
胸が高鳴る。
でも、それは不安じゃなく、希望の音だった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!
何もなかった彼女が、自分の力で未来を選べるようになった今。
ここからまた、新たな物語が始まります。
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次回からは第二章に突入です!どうぞよろしくお願いします✨