第19話「姉のくせに」(リディア視点)
今回はリディア視点でお届けします。
完璧な妹の仮面の裏で、彼女が何を思い、何を仕掛けようとしていたのか――ぜひ、覗いてみてください。
午後の陽射しがゆったりとサロンに差し込んでいた。
私の前には、花柄のティーカップと手入れされた花瓶。
完璧な空間に、完璧な紅茶。今日も、穏やかな日常が続いている。
「ほんと、静かでいいわね」
窓の外を見ながらそうつぶやくと、そばにいた侍女のエマが小さく頷いた。
「ミュリエルお嬢様がご実家を離れられてから、ずいぶん落ち着いた雰囲気になりましたね」
「そうね。あの子、ちょっと……空気が重かったもの」
私は笑顔で紅茶をすする。
華やかで、明るくて、みんなから好かれる令嬢――それが今の私。
婚約者であるセシル様とも順調で、社交界での立ち位置も安定してきた。
(すべて、うまくいってる)
そう信じていた。
*
夕方、エマがふと口にした言葉が、私の胸に冷たい波紋を落とした。
「……そういえば、最近聞きましたの。ミュリエルお嬢様、また何か始められたようですよ」
「え?」
「ハーブを使ったお茶や香り袋などを売っていらっしゃるとか……。それがなかなか評判らしくて」
カップを持つ手が、ぴくりと止まった。
「……そう。ふうん、あの子が」
笑顔はそのままだったけど、内心はざわついていた。
あの子は、落ち込んで、諦めて、泣いて帰ってくるものだと思っていた。
そうでなければ、私が“選ばれた”意味がなくなる。
(あの子は姉なのに、地味で鈍くさくて……いつも私の後ろにいた)
(なのに、どうして)
*
夜、自室で一人になっても、ざわついた気持ちは収まらなかった。
ドレッサーの鏡に映る自分は、完璧だった。髪も、肌も、笑顔も。
なのに、心はなぜか満たされなかった。
(私がいる場所が、“正解”だったはずでしょう?)
(それなのに、どうして)
思わず立ち上がって、机の引き出しから便箋を取り出した。
何も書かれていない白い紙。名前も、差出人もないまま――
手が、自然に動いていた。
「“宿で怪しい薬草を販売している娘がいる”……っと」
筆跡が残らないよう、わざと力を抜いて。
事実と、ほんの少しの虚偽。
でも、“誰か”が動くには、それだけで十分。
(お姉さま、あなたには、静かに退場してもらうだけ)
(……私の方が、“ふさわしい”んだから)
*
それからしばらくして、件の宿に役人が入ったという噂を耳にした。
どうやら商品に難癖をつけられ、販売を一時的に止められたらしい。
「ふふ……やっぱり」
私はそっと笑った。
(もう、終わりね)
(やっぱり、私が“正しかった”)
でも――
「……最近また店を再開されたそうですよ」
「……え?」
使用人の言葉に、私は凍りついた。
「ラベルの表現などを変えて、新しく売り出されたとか。お客様にも好評のようで……」
「……そう、なの……」
声がかすれそうになった。
(どうして?)
(どうして、また立ち上がるの?)
(あなたは、姉なんだから。もっと慎ましく、静かにしていればよかったのに)
私が、代わりに“選ばれた”んだから。
社交界で、家族の中で、彼の隣で――
(それが、あの子の役目だったのに)
怒りでも、悲しみでもない。
胸の中にあったのは、焼けるような焦りだった。
(どうして……姉のくせに)
最後まで読んでくださってありがとうございます!
他者の視点を通すことで、主人公ミュリエルの頑張りや強さがより際立ってくる気がします。
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次回からは再びミュリエル視点で、物語が大きく動き出します!




