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第19話「姉のくせに」(リディア視点)

今回はリディア視点でお届けします。

完璧な妹の仮面の裏で、彼女が何を思い、何を仕掛けようとしていたのか――ぜひ、覗いてみてください。

午後の陽射しがゆったりとサロンに差し込んでいた。

 私の前には、花柄のティーカップと手入れされた花瓶。

 完璧な空間に、完璧な紅茶。今日も、穏やかな日常が続いている。


「ほんと、静かでいいわね」


 窓の外を見ながらそうつぶやくと、そばにいた侍女のエマが小さく頷いた。


「ミュリエルお嬢様がご実家を離れられてから、ずいぶん落ち着いた雰囲気になりましたね」


「そうね。あの子、ちょっと……空気が重かったもの」


 私は笑顔で紅茶をすする。

 華やかで、明るくて、みんなから好かれる令嬢――それが今の私。

 婚約者であるセシル様とも順調で、社交界での立ち位置も安定してきた。


(すべて、うまくいってる)


 そう信じていた。



 夕方、エマがふと口にした言葉が、私の胸に冷たい波紋を落とした。


「……そういえば、最近聞きましたの。ミュリエルお嬢様、また何か始められたようですよ」


「え?」


「ハーブを使ったお茶や香り袋などを売っていらっしゃるとか……。それがなかなか評判らしくて」


 カップを持つ手が、ぴくりと止まった。


「……そう。ふうん、あの子が」


 笑顔はそのままだったけど、内心はざわついていた。

 あの子は、落ち込んで、諦めて、泣いて帰ってくるものだと思っていた。

 そうでなければ、私が“選ばれた”意味がなくなる。


(あの子は姉なのに、地味で鈍くさくて……いつも私の後ろにいた)


(なのに、どうして)



 夜、自室で一人になっても、ざわついた気持ちは収まらなかった。


 ドレッサーの鏡に映る自分は、完璧だった。髪も、肌も、笑顔も。

 なのに、心はなぜか満たされなかった。


(私がいる場所が、“正解”だったはずでしょう?)


(それなのに、どうして)


 思わず立ち上がって、机の引き出しから便箋を取り出した。

 何も書かれていない白い紙。名前も、差出人もないまま――


 手が、自然に動いていた。


「“宿で怪しい薬草を販売している娘がいる”……っと」


 筆跡が残らないよう、わざと力を抜いて。

 事実と、ほんの少しの虚偽。

 でも、“誰か”が動くには、それだけで十分。


(お姉さま、あなたには、静かに退場してもらうだけ)


(……私の方が、“ふさわしい”んだから)



 それからしばらくして、件の宿に役人が入ったという噂を耳にした。

 どうやら商品に難癖をつけられ、販売を一時的に止められたらしい。


「ふふ……やっぱり」


 私はそっと笑った。


(もう、終わりね)


(やっぱり、私が“正しかった”)


 でも――


「……最近また店を再開されたそうですよ」


「……え?」


 使用人の言葉に、私は凍りついた。


「ラベルの表現などを変えて、新しく売り出されたとか。お客様にも好評のようで……」


「……そう、なの……」


 声がかすれそうになった。


(どうして?)


(どうして、また立ち上がるの?)


(あなたは、姉なんだから。もっと慎ましく、静かにしていればよかったのに)


 私が、代わりに“選ばれた”んだから。

 社交界で、家族の中で、彼の隣で――


(それが、あの子の役目だったのに)


 怒りでも、悲しみでもない。

 胸の中にあったのは、焼けるような焦りだった。


(どうして……姉のくせに)

最後まで読んでくださってありがとうございます!

他者の視点を通すことで、主人公ミュリエルの頑張りや強さがより際立ってくる気がします。


\ブクマ・評価・感想いただけるととても励みになります!/

次回からは再びミュリエル視点で、物語が大きく動き出します!

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