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第18話「出会いは唐突に、再起は静かに」

突然現れた旅の男。

その口調はちょっと不躾で、でも――なぜか心に残る。


販売停止から数日。

 ミュリエルは、以前のように早起きする必要もなくなり、時間を持て余していた。


 けれど、休めているわけではない。

 むしろ、どこにもぶつけられない悔しさや不安が、胸の奥でじわじわと広がっていた。


「“癒し”って言葉ひとつで、ここまで追い込まれるなんて……」


 ラベルを見つめながら、ミュリエルはため息をついた。


 効果を断定して書いたつもりはない。

 でも、見る人によっては誤解を招く表現だったのかもしれない。


 誰が通報したのかは分からない。けれど、タイミングがあまりに出来すぎている。

 あの日、市場で聞いた名前――リディア。その存在が、頭から離れなかった。



 じっとしていても気が滅入るだけだ。

 気分転換と情報収集を兼ねて、市場へ出かけた。


 活気のある露店が立ち並ぶ通り。

 でも、ミュリエルの目には、以前よりどこか世界が遠く感じられた。


「……“癒し”って言葉で売ってたの、あんた?」


 ふいに背後からかけられた声に、ミュリエルは振り返った。


 そこに立っていたのは、旅装姿の男。黒髪に淡い金が混じった乱れ気味の髪。ややくすんだマント。

 目元には寝不足のような影が落ちているが、鋭く観察するような視線が印象的だった。


「そうですが……どちら様でしょうか?」


「ただの通りすがりの旅人さ。名前を言うほどの者じゃないよ。でも……ちょっと聞きたかった」


 男は立ったまま、少し首を傾げた。


「“癒しの香り”とか“眠りを誘うブレンド”とか……それって、薬効を示唆してるよな?」


「……あれは、あくまでイメージです。香りで気分を落ち着けるための」


「でも“誘う”とか“和らげる”って書いてあったら、それを信じて飲む人もいるだろ。で、効かなかったらどうなる?」


「……!」


 ミュリエルは眉をひそめた。どこか挑発的な口調。悪気はないのかもしれないが、腹が立つ。


「あなたに、何が分かるんですか? 私がどれだけ試行錯誤して、やっと……」


「怒るなよ。ただ、“誰がどう受け取るか”を想定するのも、売る側の責任だって話だ」


 男は面倒くさそうに言った。

 だがその視線は、冗談ではなく、本気でこちらを見ている。


「たとえば、“ふんわりと穏やかな気分になる香り”って書いてあったら、それは“香りそのもの”への感想になる。効果じゃない」


「……言葉の、違い……」


「そう。“伝え方”の違いだ」


 ミュリエルは黙ったまま、男の言葉を頭の中で反芻していた。


 癒す・眠る・和らげる――

 たしかに、それらは“効果”と取られてもおかしくない表現かもしれない。


「あと、瓶の形状も。“薬瓶”っぽい形をしてると、余計に誤解されやすい」


「そこまで……見てたんですか?」


「見てれば、ね」


 男はあっさりと答えた。


「商品に罪はない。だが、伝え方次第で誤解を招く。それは、誰かに潰されたい人間には致命的になる」


「潰されたいわけじゃ……!」


 ミュリエルが反論しかけたとき、男は片手を挙げて制した。


「分かってる。“潰されたくないなら、守る術を持て”ってことさ」


 それを言い残して、男はくるりと背を向けた。


「……ちょっと待って。あなた、昨日もこのあたりにいましたよね?」


「まあね。宿はあんたのところと同じ」


「え……」


「じゃ、また。話せてよかったよ」


 男は軽く手を振りながら、雑踏の中に消えていった。



 宿に戻ったミュリエルは、まっすぐに自分の棚を見た。


 瓶。ラベル。説明文。すべて自分で考え、工夫してきたもの。


(でも、それが“伝わってなかった”なら、意味がない)


 悔しいけれど、男の言葉は正しかった。


「……やり直そう。今度は、もっと分かりやすく」


 ラベルに添える言葉を、一から見直す。

 “癒し”ではなく、“香りの印象”として伝える表現に。


(私は、あの人みたいに……誰かの言葉に振り回されるんじゃなく、自分の言葉で返せるようになりたい)


 再び立ち上がる覚悟が、ミュリエルの中に芽生えていた。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

ミュリエルの再起に、思わぬ形で一歩が刻まれました。

“誰かの言葉”が背中を押す瞬間って、不思議と強く残るんですよね。


\ブクマ・評価・感想いただけるととても励みになります!/

次回は、彼女が言葉を武器に再び動き出します!

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