第17話「静かな侵入者」
ちょっとずつ積み上げてきたものほど、崩されたときの衝撃は大きくて。
今回は、ミュリエルにとっての“壁”が突然現れる回です。
それは、本当に突然のことだった。
いつもどおり、ハーブの瓶を棚に並べていた昼下がり。
食堂に入ってきたのは、見慣れない服を着た三人の男たちだった。
一人は短剣を腰に下げ、革の手帳を持っている。
残りの二人も、目つきが鋭く、ただの客ではないことは明らかだった。
「ラングフォード嬢はこちらですか?」
名指しされた瞬間、ミュリエルの背筋が凍った。
「……私です。何か、御用でしょうか?」
革手帳の男が、一歩前に出て、はっきりと言った。
「あなたが販売している薬草製品に関して、通報がありました。“人体に悪影響を与える可能性がある違法な薬草を流通させている”とのことです」
「……っ!」
一瞬、息が止まった。
「そ、そんなはずありません……! 私が使っているハーブは、すべてこの地域で許可されているものです!」
「調査のため、商品と保管場所を確認させていただきます。拒否する権利はありません」
言葉が、鋭く突き刺さる。
背後でマルレーネが食器を置く音が止まり、静寂が食堂を包んだ。
「ちょっと、待ってよ。いきなり来て、なんなの? うちはちゃんと営業してる宿だよ?」
「通報があった以上、調査は避けられません。ご理解いただきたい」
無表情のまま告げる男たちは、すでにミュリエルの商品の瓶を手に取り、細かく成分表示を確認し始めていた。
(どうして、こんなことに……?)
喉がカラカラに乾いているのに、声が出なかった。
*
調査は、夕方までかかった。
瓶の数はすべてチェックされ、原材料の産地や帳簿の記載まで調べられた。
まるで、犯罪者扱いだ。
何度も「問題のある成分は使用していない」と説明したけれど、役人たちはどこか「粗を探している」ようにしか見えなかった。
「……現時点で明確な違反は確認できませんでしたが」
最後に、革手帳の男が言った。
「ただし、この商品が“医療効果を謳って販売されている”と判断されれば、薬師協会への届け出が必要になります。今後の販売活動は一時的に停止していただくのが賢明かと」
「えっ……!」
「私のラベルには“癒し”や“眠りを助ける”といった表現がありますが、それはあくまで――」
「“助ける”という表現自体が、効果を示唆していると解釈される可能性があります」
冷たく、突き放すような口調だった。
「正式な判断が出るまでは、販売を控えることをお勧めします。繰り返しますが、“通報があった以上”、私たちは職務を遂行しているだけです」
そう言い残して、彼らは去っていった。
*
重苦しい沈黙の中、ミュリエルはテーブルの端に座り込んでいた。
手元の瓶は、ひとつひとつ、きちんと管理していたはずのもの。
それなのに、営業停止のような扱いを受けた。
「マルレーネさん……ごめんなさい、私、こんなことになって……」
「……あんたが謝ることじゃない。明らかに“誰か”が狙ってやってる」
マルレーネの目が鋭く細められる。
「心当たりは?」
その言葉に、ミュリエルは喉の奥がぎゅっと締まる感覚を覚えた。
心当たりなら、ひとりだけいる。
(リディア……まさか、あなた……)
けれど、証拠はない。ただの“通報”というだけで、すべてが揺らいだ。
努力も、信頼も、これまで積み上げてきたものも――一瞬で。
*
夜。
部屋に戻っても、ミュリエルは眠れなかった。
棚に並べた商品は、今日もたくさんの人に喜んでもらったはずだった。
なのに、今は誰にも売ることができない。
(こんなのおかしいよ……)
枕元に置かれた帳簿には、今日の売上ゼロという文字が並んでいる。
悔しい。
泣きたくなるほど悔しいのに、涙はもう出なかった。
(私は……何もしていないのに)
ぎゅっと拳を握る。
(絶対に、負けたくない)
次の一手を考えなくちゃいけない。
こんなことで止まるわけにはいかない。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
せっかく努力してきたのに……って展開、読んでて苦しいですよね。
でも、ここからきっと、もっと強くなれる。
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次回は、ミュリエルが反撃のきっかけを探し始めます――!