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第16話「再出発の光、そして影の気配」

少しずつ積み上げてきた努力が、形になってきたミュリエル。

商売一本に絞ってからの“変化”を、今回は描きます。


乾物屋を辞めてから、一週間が経った。


 朝は少し遅く起きられるようになり、目覚めても体が軽い。

 頭も冴えていて、調合ミスも減った。何より――余裕ができたことで、今まで見落としていたことが、たくさん見えてきた。


(売り場の棚、もうちょっと目を引くようにしたいな)


 そう思って、まずはディスプレイから手を加えた。


 宿の食堂の片隅に置かれていた簡素なテーブルに、淡い布をかけ、瓶の並べ方を工夫する。

 ラベルも少し装飾を加えて、用途別に色分けしてみた。


 ――癒しのブレンドは薄紫、リフレッシュは淡緑、おやすみ用はミルク色。


「なんか、ちょっとお洒落になった?」


 そう笑ってくれたのは、常連客の仕立て屋の奥さんだった。


「これ、娘にプレゼントしてもいいかしら? ラッピングできる?」


「もちろんです。リボンもありますよ」


 以前だったら手間がかかるからと断っていたかもしれない。

 でも今は、こうした一つひとつが“お店づくり”なのだとわかる。



 ある日、ハーブティーを買いに来た女性が、友人を連れてきた。


「この子、ちょっと変わってるけど、面白い子なの。ハーブの話し出すと止まらないのよ」


 言われて、ミュリエルはちょっと照れながら笑った。


「すみません、つい語ってしまって……」


「それだけ愛情込めて作ってるってことよ。いいと思うわ」


 客との会話が、だんだん楽しくなってきた。

 買ってくれた人が「よかったよ」とまた来てくれる。

 その積み重ねが、自信になっていく。


(少しずつだけど、確実に“商人”として歩いてる気がする)


 そしてもうひとつ――最近、新しい要望があった。


「これ、手紙に添えて送ったら、香り残るかしら?」


 ハーブを眺めながらそう尋ねてきたのは、若い旅人だった。


「……なるほど、香りの手紙ですか」


「そうそう。ほら、香り付きの文ってちょっとロマンチックじゃない?」


「いいですね、それ。ちょっと試作してみます!」


 こういう会話ができるようになったのも、余裕ができたからこそ。

 前の自分なら、こんなアイディアも拾えなかっただろう。



 夜、帳簿をつけながら、ミュリエルはふっと微笑んだ。


 今日は売上もよく、しかも新しいブレンドの試作品も手応えあり。

 それに、マルレーネからも褒められた。


「最近、宿の客が増えたの、あんたのおかげかもね」


「そんな……」


「でも、たまには人に頼ってもいいんだからね。何でも一人でやる必要はないのよ」


「……はい」


 マルレーネの言葉が、じんわりと胸に沁みた。


(私は、ずっと誰にも頼れないって思い込んでた。でも……たぶん、それは違う)


 肩の力を抜くように、ゆっくりと深呼吸をした。



 翌日の市場。


 ミュリエルは新しいハーブの仕入れ先を探して、街を歩いていた。

 太陽は高く、春風が頬に心地いい。


 それなのに――


「……リディア様って、今こっちに?」


 ふと聞こえたその名前に、ミュリエルの足が止まった。


 声の主は、通りすがりの貴族風の女性たち。

 背筋に、冷たいものが走る。


「噂では、婚約者と一緒に視察で来てるって。あの方、すごく可愛らしくて、笑顔が素敵なのよね」


 リディア。妹の名前。


(……まさか)


 ミュリエルはそのまま歩き出したけれど、心は落ち着かなかった。


(なんで、今ここに……)


 商売は順調、体調も回復した。

 でも――

 その名前が、心のどこかに小さな棘のように引っかかっていた。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

ちょっとずつでも、自分の力で未来を変えていく姿って、やっぱり応援したくなりますよね。


\ブクマ・評価・感想いただけるととても励みになります!/

次回は、順調な日々に忍び寄る“あの影”が少しずつ見えてくるかも……?

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