第15話「重ねすぎた努力の代償」
商売は順調。でも、順調すぎるほど無理してたのかもしれません。
今回はミュリエルの「限界」と「選択」のお話です。
春の風が、ほんのりと温かさを帯びてきた頃。
ここでの暮らしが、いつの間にか二ヶ月を超えていた。
ミュリエルは毎朝、決まった時間に乾物屋の裏口から入り、開店準備をする。
乾物の補充、帳簿の記録、在庫の確認。最初は勝手がわからず、よくため息をつかれたものだ。
「お嬢さんにこんな仕事、無理じゃろうに」
店主はぶっきらぼうな男で、最初は目も合わせてくれなかった。
でも、毎日真面目に働いて、笑顔を絶やさず、ミスをしても次からは必ず改善する。
そうしているうちに、少しずつ扱いが変わっていった。
「ほう、今日は仕入れ先まで気づいたんか。気が利くようになったな」
その一言が嬉しくて、余計に頑張ってしまった。
*
午前中は乾物屋、午後からは宿でハーブティーの調合と販売。
夜は帳簿付けと仕入れの計画。
気づけば、寝る時間を惜しむ日々が続いていた。
でも、商売は順調だった。
ラベルを改良したことでプレゼント需要も増え、日によっては十瓶以上売れることも。
(あと、銀貨百枚ちょっと……。もう少し……もう少しだけ)
疲れていても、数字を見ると不思議と元気になれた。
けれど、体は正直だった。
ある午後、ハーブを量っている最中。
視界の端がチカチカと暗くなり、足元がふらついた。
(あれ……?)
重力が、いつもより強く感じる。
次の瞬間、ミュリエルは倒れ込んでいた。
*
気がついた時、宿のベッドの上にいた。
薄暗い部屋の中、横で腕を組んでいたのは、女将マルレーネだった。
「……アンタね、限界超えてたでしょ」
低くて、でもどこか優しい声。
「乾物屋の親父が泣きそうな顔でアンタ抱えて来たのよ。あたしもびっくりしたわ」
ミュリエルは、唇をかみしめた。
「……働かなきゃって、思ってたんです。学費、貯めないと……」
「わかってるよ。でも、あたしは死人に宿貸す趣味はないの」
言葉は荒いけれど、その声には温度があった。
「乾物屋、辞めな」
「……でも、商売一本に絞ったら、収入が……」
「宿の売上、あんたのハーブティーが三割占めてる。気づいてないかもしれないけど、もう“趣味”じゃないの。立派な本業よ」
ミュリエルは、はっと息をのんだ。
(私の……本業)
その言葉が、胸に強く刺さった。
「明日、店主に話してくる」
「いや、自分でケリつけてきな。アンタのケジメでしょ?」
*
翌朝。乾物屋の裏口を叩くと、いつもどおり店主が顔を出した。
「おお、今日は早いな――って、顔色が悪いな」
「……すみません、店主さん。今日で、こちらを辞めさせていただきたいんです」
しばし沈黙が流れた。
店主は、棚に並べられた干し野菜をぼんやりと見つめていたが、やがてぽつりと言った。
「……そうか。無理しとったんじゃな」
「いえ、私が勝手に……」
「最初は貴族の嬢ちゃんが長く持つわけないと思っとった。でも、あんた……ようやった。よう働いたよ」
その言葉が、胸に響いた。
「アンタがおらんようになるのは、正直、痛い。けど――あっちで勝負してるんなら、応援するしかないわな」
「……ありがとうございます」
頭を深く下げると、店主はどこか寂しそうに笑った。
「たまに顔出せよ。うちの干し柿、あんたが好きそうやったしな」
「……はい。絶対に、また来ます」
涙は見せないように、顔を上げた。
*
その日の午後、ハーブティーの瓶を棚に並べながら、ミュリエルはそっと息を吐いた。
体の痛みはまだ残っているけれど、心の中には小さな決意の火が灯っている。
(ここからが、本当の勝負だ)
最後まで読んでくださってありがとうございます!
無理してでも前に進もうとする姿って、ほんと苦しくて、でも応援したくなる。
次回は、“その先”の第一歩を描きます。
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