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第15話「重ねすぎた努力の代償」

商売は順調。でも、順調すぎるほど無理してたのかもしれません。

今回はミュリエルの「限界」と「選択」のお話です。

春の風が、ほんのりと温かさを帯びてきた頃。

 ここでの暮らしが、いつの間にか二ヶ月を超えていた。


 ミュリエルは毎朝、決まった時間に乾物屋の裏口から入り、開店準備をする。

 乾物の補充、帳簿の記録、在庫の確認。最初は勝手がわからず、よくため息をつかれたものだ。


「お嬢さんにこんな仕事、無理じゃろうに」


 店主はぶっきらぼうな男で、最初は目も合わせてくれなかった。


 でも、毎日真面目に働いて、笑顔を絶やさず、ミスをしても次からは必ず改善する。

 そうしているうちに、少しずつ扱いが変わっていった。


「ほう、今日は仕入れ先まで気づいたんか。気が利くようになったな」


 その一言が嬉しくて、余計に頑張ってしまった。



 午前中は乾物屋、午後からは宿でハーブティーの調合と販売。

 夜は帳簿付けと仕入れの計画。

 気づけば、寝る時間を惜しむ日々が続いていた。


 でも、商売は順調だった。

 ラベルを改良したことでプレゼント需要も増え、日によっては十瓶以上売れることも。


(あと、銀貨百枚ちょっと……。もう少し……もう少しだけ)


 疲れていても、数字を見ると不思議と元気になれた。


 けれど、体は正直だった。


 ある午後、ハーブを量っている最中。

 視界の端がチカチカと暗くなり、足元がふらついた。


(あれ……?)


 重力が、いつもより強く感じる。

 次の瞬間、ミュリエルは倒れ込んでいた。



 気がついた時、宿のベッドの上にいた。


 薄暗い部屋の中、横で腕を組んでいたのは、女将マルレーネだった。


「……アンタね、限界超えてたでしょ」


 低くて、でもどこか優しい声。


「乾物屋の親父が泣きそうな顔でアンタ抱えて来たのよ。あたしもびっくりしたわ」


 ミュリエルは、唇をかみしめた。


「……働かなきゃって、思ってたんです。学費、貯めないと……」


「わかってるよ。でも、あたしは死人に宿貸す趣味はないの」


 言葉は荒いけれど、その声には温度があった。


「乾物屋、辞めな」


「……でも、商売一本に絞ったら、収入が……」


「宿の売上、あんたのハーブティーが三割占めてる。気づいてないかもしれないけど、もう“趣味”じゃないの。立派な本業よ」


 ミュリエルは、はっと息をのんだ。


(私の……本業)


 その言葉が、胸に強く刺さった。


「明日、店主に話してくる」


「いや、自分でケリつけてきな。アンタのケジメでしょ?」



 翌朝。乾物屋の裏口を叩くと、いつもどおり店主が顔を出した。


「おお、今日は早いな――って、顔色が悪いな」


「……すみません、店主さん。今日で、こちらを辞めさせていただきたいんです」


 しばし沈黙が流れた。


 店主は、棚に並べられた干し野菜をぼんやりと見つめていたが、やがてぽつりと言った。


「……そうか。無理しとったんじゃな」


「いえ、私が勝手に……」


「最初は貴族の嬢ちゃんが長く持つわけないと思っとった。でも、あんた……ようやった。よう働いたよ」


 その言葉が、胸に響いた。


「アンタがおらんようになるのは、正直、痛い。けど――あっちで勝負してるんなら、応援するしかないわな」


「……ありがとうございます」


 頭を深く下げると、店主はどこか寂しそうに笑った。


「たまに顔出せよ。うちの干し柿、あんたが好きそうやったしな」


「……はい。絶対に、また来ます」


 涙は見せないように、顔を上げた。



 その日の午後、ハーブティーの瓶を棚に並べながら、ミュリエルはそっと息を吐いた。


 体の痛みはまだ残っているけれど、心の中には小さな決意の火が灯っている。


(ここからが、本当の勝負だ)

最後まで読んでくださってありがとうございます!

無理してでも前に進もうとする姿って、ほんと苦しくて、でも応援したくなる。

次回は、“その先”の第一歩を描きます。


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