第11話 知らなかった世界
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回は、ミュリエルが“ただ生きる”から一歩進んで、
「自分の意志で学ぶ」ことを決意する、大きな転機となる回です。
世界に触れ、自分の無知を知った彼女の歩みが、次のステージへと動き出します。
市場の通りを歩きながら、私はずっと考えていた。
(私は……何も知らなかったんだ)
今まではただ、「貴族としてうまく振る舞うこと」ばかりを気にしてきた。
言葉遣い、所作、相手の気分を害さない距離感――
それがこの世界で“生きていく”ということだと思い込んでいた。
でも、それは“屋敷の中”だけの常識だった。
この町に来てから、たくさんの価値観に触れた。
貧しさ、現実、理不尽、優しさ、ずるさ、真っ直ぐさ――
何ひとつ、私は知らなかった。
(知っていたら、妹にあんなふうに奪われることもなかった?)
(もっと早く気づけていたら、何か変わってた?)
そんな問いが、胸の奥をくすぶる。
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その晩、宿の食堂で、私はマルレーネさんにぽつりと呟いた。
「……この国のこと、社会のこと、もっと知りたいんです」
彼女は珍しく何も言わず、私の顔を見つめたあと、グラスに口をつけた。
「本気で言ってる?」
「はい。私は、自分がどれだけ無知だったのか、やっとわかりました。
このまま知らないままでいるのが、すごく怖いです」
すると彼女は、ふっと笑ってこう言った。
「いいじゃない。学びたいと思うのは、逃げじゃないわ。
けどね、ここには“貴族様用のお勉強部屋”なんて、そうそう転がってないのよ」
「……“学院”みたいな場所って、ないんですか?」
「あら、あるにはあるわよ。王都の“識学院”ってところ。
貴族だけじゃなくて、商人や平民も受け入れてる珍しい学校よ。
ただし、入るにはそれなりの金がかかるけどね」
金。
――結局、そこに行き着く。
「……どのくらい、かかりますか?」
「入学金、教材費、寮費込みで銀貨三〇〇枚は見といたほうがいいわね。下宿ならもっと。
でも、あんたなら一年あれば何とかなるんじゃない? 真面目だから」
銀貨三〇〇枚。
今の私の手持ちでは、到底届かない額だった。
でも、不思議と心は折れなかった。
むしろ、その数字が“目標”に見えた。
「……やってみます。必ず、貯めます。一年で」
「ふぅん。言ったわね?」
マルレーネさんの目が、どこか面白がるように光る。
「だったら、手伝えることはするけど……半端な覚悟ならすぐやめなさい。
“教わるだけの側”から、“学ぶために動く側”になるってのは、けっこうきついわよ?」
私はうなずいた。
「わかってます。それでも……やりたいんです」
その夜、自分の中にぽつんと灯った火が、静かに燃え続けていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
どれだけ遅くても、どんな立場であっても、「学びたい」と思った瞬間が“始まり”になる。
ミュリエルはこれから、“知るために動く”一年を歩み始めます。
次回は、いよいよ具体的な資金計画と、新たな仕事探しが始まります。
引き続き、応援よろしくお願いします!