第1話「六年間、頑張ってきたのに。二十歳の私は“売れ残り”らしい。」
はじめまして、作者のフョドロワです。
この作品は「二十歳で売れ残り扱いされた元女子大生」が、異世界で自分の価値を取り戻していくお話です。
婚約破棄から始まる“ざまぁ”も、“スカッと”も、“ゆっくり確かな成長”も、ぜんぶ詰め込んでいく予定です。
初投稿でドキドキしていますが、見守っていただけると嬉しいです。
(※毎日20時更新予定!)
二十歳で“売れ残り”なんて、聞いたときは耳を疑った。
ここは、かつての日本じゃない。異世界の、しかも貴族社会。
でも、それにしたって理不尽すぎる。
前世では、二十歳なんてやっと成人したばかり。人生のスタート地点に立ったようなものだった。
それが、ここではもう“終わってる”扱い。
「もう二十歳? あら、まだ婚約が決まっていなかったの?」と、さも同情するように言われるたび、正直、殴り返したくなっていた。
でも、私はこの世界で生きていくって決めたから。
だからこそ、誰よりも努力してきた。
“売れ残り”にならないために、“伯爵令嬢”としてふさわしい自分であるために。
鏡の中の自分を見つめる。
淡いラベンダーのドレスに、丁寧に巻いた髪。
こんなに華やかな格好は久しぶりで、なんだか自分じゃないみたいだ。
「……変じゃないよね、たぶん」
小さくつぶやいて笑う。
今日は、私の二十歳の誕生日。
そして、婚約者であるセシル様との正式な婚約発表の日。
この日を迎えるまでに、どれだけの時間がかかっただろう。
私は十四歳でこの世界に転生した。
魔力もなければ取り柄もない私が、貴族の令嬢としてやっていくには――努力しかなかった。
前世では普通の大学生だった。
でもこの世界で生きていくって決めてからは、
勉強も礼儀も社交のマナーも、一つひとつ真面目にこなしてきた。
誰に褒められるわけじゃなくても、ちゃんと“伯爵令嬢”であろうとした。
そんな私に優しくしてくれたのが、セシル様だった。
いつも丁寧に接してくれて、冷静で、でも笑うと少しだけ少年みたいな顔をする人。
……いつの間にか、本気で惹かれていた。
セシル様との時間は、私の支えだった。
はじめは義務感だったのかもしれない。けれど、私が努力しているときは必ず気づいてくれて、何も言わずに紅茶を差し出してくれた。
社交の場で緊張していたとき、そっと手を添えてくれた。
あのときの笑顔が、優しい声が、私の心をどれだけ救ってくれたか――本人は、知らないだろうけれど。
だから信じていた。この人は、ちゃんと私を見てくれているって。
他の誰が気づかなくても、セシル様だけはわかってくれるはずだって。
それなのに。
「お姉さま、すごく綺麗ですよ」
さっき、妹のリディアが控え室でそう言ってくれた。
リディアは、私よりずっと明るくて、華やかで、みんなに好かれる子だ。
――ちょっと羨ましくなるときもあるけど、それでも私は、あの子のことが好きだ。
だから、今日この日を、一緒に笑ってくれるって思ってた。
「お嬢様、準備が整いました」
侍女の声に、私は大きく息を吸い込んで、頷いた。
*
舞踏会の会場は、たくさんの人と笑い声、音楽の音で包まれていた。
でも、その音が急に止まったように感じたのは、きっと気のせいじゃなかった。
「ここにご報告いたします。本日をもちまして、ミュリエル・ラングフォード嬢との婚約は破棄とさせていただきます」
言葉が、頭に入ってこない。
え? なに?
「そして、新たにリディア・ラングフォード嬢との婚約を結ぶことを、ここに宣言いたします」
セシル様の隣に立っていたのは、リディアだった。
恥ずかしそうにうつむく彼女の横顔を、私は呆然と見つめた。
(リディア……どうして?)
でも、セシル様が彼女を見つめる目は、本物だった。
そこには、私に向けてくれたことのない“何か”が宿っていた。
「リディアとは、心を通わせてまいりました。彼女の若さと将来性に、私は強く惹かれたのです」
「ミュリエル嬢には深く感謝しております。しかし、二十歳を迎えても魔力の兆しが見られないとなれば、将来を共に歩むには不安が残ります」
その言葉が、胸に突き刺さった。
今までの時間は、なんだったの?
私が信じていたものは、全部、私だけの思い込みだったの?
“若さと将来性”――たったそれだけで、私は切り捨てられた。
二十歳。それだけで“もういらない”と判断される世界に、私は生きていたんだ。
感情のこもっていない言葉だった。
それが、余計に痛かった。
リディアが小さく私の方を見て、唇を震わせた。
「ごめんなさい……お姉さま……」
その声は本当に申し訳なさそうで――私は、何も言えなかった。
*
「……わかりました」
そう答えるのが、やっとだった。
視線を落とさず、泣きもせず、私は静かに頭を下げた。
そうすることが、私に残された最後の誇りのように思えたから。
「おふたりが……どうか、お幸せになりますように」
口元だけで笑って、その場を後にする。
背中が痛いほど重たくて、息がうまくできなかった。
(リディア……私、信じてたのに)
(でも、本当にそうするしかなかったの?)
魔力がないから不安? 本当にそれだけ?
じゃあ、私が一つひとつ積み重ねてきたものは、全部意味がなかったの?
そう思った瞬間、ぐらりと世界が揺れた気がした。
二十歳で売れ残りって、なんなのよ。
魔力の有無で、人の価値を決めるの?
前世では、二十歳なんて夢や希望を語る年齢だったのに。
それなのに、ここでは終わってる扱い。もう“若くない”から、“可能性がない”からって――
そんな理屈、納得できるわけない。
でも、今の私は言い返すこともできない。
だって私は、“役に立たない二十歳”で、“魔力のない令嬢”だから。
こんなのおかしい。
でも、悔しくても、叫んでも、誰も振り返ってはくれない。
答えのない問いを胸に抱えながら、私は、何もかもが音を立てて崩れるのを、
ただ静かに感じていた。
最後まで読んでくださってありがとうございます!
第1話は、主人公ミュリエルの誕生日――そして人生が音を立てて崩れる日。
ここから彼女がどう変わっていくのか、ぜひ見届けていただけたら嬉しいです。
次回、第2話では婚約破棄の直後。ミュリエルの心の中にある“怒りと喪失”を描いていきます。
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