第9話 無音
ふかふかな何かに包まれている感覚が、意識の端をやさしくなぞる。
僕は、そこで目を覚ました。
薄く目を開けると、見知らぬ天井がそこにあった。
辺りはうす暗い。
けれど、時間とともに目が慣れてきた。
そこはまるで、ゲームで見たような西洋風の城の寝室。
そこまで広い部屋と言うわけでは、ないが整えられた部屋だった。
僕が今、寝ているベッドは大きく、触れたこともないような、ふかふかの感触に満ちていた。
……それより、だ。
どうして、僕はここにいる?
思い出す。
あの、鳩の面をした男。
羽交い締めにされ、意識を失った。確かに、あのとき──
「助けるため」と、彼は言った。
僕はゆっくりとベッドから降り、部屋を見回す。
すぐに、ある“異変”に気づいた。
──窓が、ない。
ぞくり、と背筋が冷える。額に冷たい汗がにじんだ。
とにかく、ここから出なければ。
異変に気がつき冷や汗が僕の額を伝う。
足音を立てないように、ゆっくりと部屋を歩く。
唯一の出口と思しきドアの前で、ノブに手をかける。
ギィィィィ…
鈍い音と共に、ドアが開いた。
その先には、無機質なコンクリートの廊下が続いていた。
まばらに配置された蛍光灯が、ぼんやりと暗がりを照らしている。
さっきまでの“お城の寝室”とは、まるで別世界だ。
無機質な灰色の壁が、心拍数を一気に上げていく。
とにかく進もう。この不気味な空間から逃げ出さなければ。
僕は、震える足を無理やり動かしてゆっくりと歩みを進めた。
廊下は、左右どちらも続いていたが取り敢えず右に進む事にした。
さっきの男に見つからない事を願いながら先に進む。
震える足に力を込め、廊下を右へと進む。
さっきの男に見つかるわけにはいかない。
しん…とした無音の空気が、耳を圧迫する
。
数メートル進むと、いくつかのドアが現れた。
だが、そのどれもが固く鍵がかかっている。
焦りが足を速める。
そのときだった。一つのドアノブが、ゆっくりと下がった。
開いている──!
ドアを引き、静かに部屋へ入る。
中はまたしても薄暗く、奥には幕のかかった入り口が見えた。
幕の隙間から、かすかに光が差し込んでいる。
一歩、また一歩と、進む。
───────
そのとき、誰かの話し声が奥の入り口から聞こえた。
足が止まる。
奴らがいるんだ!逃げなきゃ!
そっと後ろ歩きで退こうとした、ちょうどそのとき。
「──────のよ!!!」
鋭い女の子の声が響いた。
聞いたことのある声だ。
その声に、胸が跳ねる。
あの女の子の声だ。あの雀の面の。
確かめずにはいられなかった。
僕は、そっと入り口横の壁に身をぴたりと寄せ、耳を澄ませた。
「だから、なんでアイツをここに連れてきたのよ!!!」
あの子の声だ。間違いない。
誰と喋っているんだろう…。
「まぁまぁ。彼の家の位置が奴らにバレてたしね〜。」
あの鳩の面をした男の声だった。
やつもいるのか…。
「だからって、連れて来ることはないでしょ!」
言い争いになっている。
「彼」って…僕のことか?
「やめないか、お前たち。」
もう一人、落ち着いた中年の男性の声が割って入る。
「すみませ〜ん」「すみません」
「取り敢えず、彼の事は、ここだけの話にしよう。他のメンバーにバレたらどうなるか…。」
どういう事だ?彼女らは、僕の事を知っていたのか?
僕の心がざわめく。
──僕の事を知っていた?何故?
『助けるため』…あれは本心だったのか?
頭が混乱する。
だが今は、とにかくこの場を離れなければ──
「お前……誰や?」
ドスの効いた声が、背後から響いた。
ヤバい、と反射的に振り向く。だが、間に合わなかった。
首根っこをつかまれ、身体が宙に浮いた。
「カッ…ハァッ…!」
「誰やお前?くろうて、よう見えへんわ」
乱暴な声と共に、僕はそのまま部屋の中へ引きずられる。
目の前に現れたのは、黄色いクチバシを模した鳥の面をかぶった大男だった。無骨な身体つきに、異様な仮面。現実感がまるでない。
男は僕の顔を見るなり、叫んだ。
「カラスさん!?」
……カラス?
男は動揺した様子で僕を放した。
途端に力が抜け、僕の膝が床につく。
「ゴホッ、ゴホッ……!」
肺が悲鳴を上げ、咳き込む。
乾いた喉に空気が流れ込むたび、身体が軋むように痛んだ。
カラスって……誰だ?
男の顔からは仮面のせいで表情が読めない。
だが、その声には確かな混乱がにじんでいた。
僕は──一体、何者なんだ?




