表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

第7話 鉄の匂い

 僕は──目の前にいる(すずめ)の面をつけた少女に、恋をした。


 その面越(めんご)しにも、彼女の頬が真っ赤に染まっているのが分かったその姿に、僕の鼓動はさらに速まっていく。


「だって……その……えぇぇぇぇ!」


 ひとりで(もだ)えている彼女を、ただ静かに見つめた。


 張り詰めた空気の中、僕はおそるおそる口を開いた。


「あの、お返事をいただいても良いですか?」


「え…あ…。」


 彼女は再び僕の方を向き、何かに気づいたように目を見開いた。


「え?あんた……」


 視線は僕の顔から足元へと移動する。


「?」


 僕はゆっくりと下を見る。


 そこには、濃い赤が広がっていた。


 まるで時間が止まったように、思考が追いつく前に――


 腹部に激しい痛みが走った。


「〜〜〜〜〜〜ッッッ!」


 叫ぶ間もなく、僕の身体はその場に崩れ落ちた。彼女を押したときだ。あのとき、撃たれたんだ。


 腹部が痛む。


 視界の端が、じわじわと暗闇(くらやみ)に染まっていく。


 誰かが駆け寄る音。きっと彼女だ。


 彼女に告白の返事を求めたかった。


 しかし、その願いは、叶うことなく、意識が闇に沈んだ。



---


 目を開けた。

 

 全身が痛む。意識はまだ朦朧(もうろう)としているが、どうやらベッドの上らしい。


 夢……だったのか?


「〜〜〜〜ッッッ!」


 だが、腹部の鈍い痛みが、それを否定する。


 立ち上がろうとした瞬間。



 服をめくると、包帯がぎっしり巻かれていた。爪にも包帯がある。


 どうやら、あの日の事は、夢ではなかったようだった。


 喜びが、ほんの少しだけ胸を満たす。


 彼女は、本当に存在するんだ――。


 けれども同時に、疑問が胸を締めつける。


……どうやって、僕はここへ戻ってきたのか?


 記憶が断片的にしか思い出せない。あの場所から、どうやって?


──ピンポーン


 インターホンが鳴った。

 

 誰だろう…?配達は、頼んだ覚えがない。


──ピンポーン


 また、鳴った。


 もう一度、鳴る。僕は痛む身体を起こし、玄関へと向かった。


──ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンポーンピンポーンピンポーン


 胸の奥に、ぞくりとした不安が広がった。


 何かおかしい。


 嫌な予感がする。


 僕は、またゆっくりとさっきとは、逆にドアから離れるように足を動かした。


────…………。


 インターホンの連打が止まった。


 一体何だったのだろうか…。


 そう安堵した瞬間。


───ゴォォン!


 (つんざ)く爆音と共に僕の身体は、爆風で吹き飛ばされ床に叩きつけられた。


 身体が動かない。


カッカッ


 足音。誰かがこちらに向かってくる。


「生きてるかぁ?」


 太い、冷えた声。男だった。


「寝てんじゃねぇよ!」

 

 ドスンッ。重い音と共に蹴りが入る。視界が揺れ、痛みが遠のいていく。


 男が僕の胸ぐらを片手で掴んで僕を持ち上げた。


「おい!まだ死ぬんじゃねぇぞぉ!」


 男は、金髪のとても筋肉質な大男であった。


「これから、楽しみが始まるんだ!まだ死んでもらっちゃ困んだよなぁ!」


 拳が、飛んできた。


 その拳には、何か──手袋のような、しかしただの布ではない異様なものがはめられていた。


───ドォォン!!


 轟音と共に、衝撃が顔面を直撃する。まるで爆弾が至近距離で炸裂したかのようだった。


 視界が、ぐにゃりと揺れ、次の瞬間には暗転する。何が起きたのか、わからない。右耳には、甲高い耳鳴りが残響(ざんきょう)のようにこびりついていた。


「効くだろぉ!特別なんだよこれ!まだまだ、続くから覚悟しろよぉ!」


 男が嗤いながら、再び拳を振り上げる。その姿が、ゆっくりとフレームのように切り取られて見えた。


 意識が朽ちていく中、僕は小さく呟いた。


「た……すけて……」



---


 目覚める。静かだった。


 助かった…のか?


 あの男は、どうなった?

 

 痛みは残るが、動ける。


 僕はふらつきながら体を起こした。


 何だか、鉄のような匂いがした。


「ひっ……!」


 目の前。血の海に倒れた大男。


 目はえぐられ、体は何度も斬り刻まれている。


 恐怖が全身を駆け巡る。


 その場を離れようとした僕の視界に、自分の腕が映った。


 手には――血まみれの包丁。


 そして、肘までべっとりと血がこびりついている。


 尻もちをついた。震える手から、包丁が落ちた。


……僕が……殺したのか?


 答えのない問いが、頭の中で何度も何度も反響していた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ