第3話 パーカーの男
僕は今、なぜか知らない男と向かい合い、ファミレスのテーブルに肘をついている。
目の前の男は、テーブルに所狭しと並んだ料理を次々と平らげ、まるで大食い大会の出場者のように食べ続けている。
皿が次々と空になり、ようやく男は一息ついたのか、満足げに胃のあたりをさすりながら、僕に視線を向けた。
「いや〜。助かりました!もう、何日もご飯を食べていなくて!」
男は、笑顔を見せ、大きな声でそう言った。
「そ、そうですか…。」
彼のあまりの勢いに、思わずたじろぐ。目の前に座るのは、パーカーを着た男。顔はどこか幼さを残していて、自分よりも年下にさえ見えた。
周りを見渡す。まぁまぁ、お客さんがいる。
何気にこの店に来るのは、初めてだ。
【りうか】と言う名前のファミレスだった。
赤と灰のソファ。木製の天井。ステンレスのナイフが窓から差す光を跳ね返していた。
「ご飯を食べたら元気出ました!ありがとうございます!」
そう言いながら、彼は勢いよく手を合わせる。その無邪気な様子が、少しばかり微笑ましくもあった。
「詳しくは、言えないんですけど、俺が勤めてた会社が無くなっちゃって…。貯金もないし、どうしようかと歩いてるうちに倒れちゃって…。」
「そ、そうですか。大変でしたね…。」
パーカーの男はうなずくと、少し照れくさそうに頭をかいた。
「でも、貴方がここに連れて、しかも、ご飯を食べさしてくれて…貴方は、命の恩人です。このご恩は、忘れません!」
そう言って、深々と頭を下げた。
会社がなくなってしまったとは、なんとも気の毒な人だ。
「貴方は、何か食べないんです?」
「い、いや。大丈夫です。」
そんな会話を交わしつつ、食事を終え、ファミレスを後にした。外の空気は少しひんやりとしている。
再び、パーカーの男は、頭を下げた。
「本当にありがとうございました!あ、お名前を聞くのを忘れていました。お名前を聞いていいですか?」
「えーと、田中大樹です。」
「大樹さん!ありがとうございました!あ、僕の名前は、修です!」
「あ、はい。」
「では、この辺で!本当にありがとうございました!」
「あ、新しいお仕事、見つかると良いですね。」
「ありがとうございます!」
修は、軽やかな足取りで去っていった。まるで嵐のように現れ、嵐のように去っていった男だった。
ふと、レシートを見て思う。
――結構、値段したなぁ…。でも、たった一食奢るだけで命が救えたんだったら、安いものかな?




