第12話 スズメ
「アンタ、何考えてんのッ?」
スズメさんがミサゴさんに対して、開口一番吐いたセリフがこれだった。
「コイツがッ!?私の家にッ!?無理無理!」
僕も、女の子の家に住むとなると気が引けるのだが、流石にここまで拒絶されると少しショックである。
「まぁ、そう言ってやるな。致し方ないだろう。ここに住まわせるわけにもいかんしな」
「だったら、ドバトのとこに住ませればいいでしょっ!?なんで私の家なのよッ!」
ドバトが口を挟む。
「え〜、だってさ〜、僕ってけっこう色んなとこフラフラしてるし〜?スズメちゃんちならさ〜、僕も場所わかるしぃ〜、なんかあったらすぐ行けるし〜、それでよくない〜?」
「ふ・ざ・け・ん・な・っ!」
スズメさんの声が跳ねた瞬間、ドバトが手をパンパンと軽快に打ち鳴らした。
「は~い、解散解散〜。」
「すまんな、また、埋め合わせをさせてもらおう。」
ミサゴさんまでそんなことを言って、2人は逃げるように退室。
「待ちなさいよっ!!」
追いかける暇もなく、気づけば、スズメさんと僕のふたりきり。
「「……………」」
静寂という名の鋭利な刃が部屋を満たしていた。
「アンタ…なんか変な事したら、殺すから。」
スズメさんは、鋭い殺気を僕に向ける。
殺すという言葉が、これほどまで現実味を帯びることがあるとは…。
「は………はぃ…。」
言葉が震える。膝も、少し。
スズメさんは無言で立ち上がり、部屋を出た。
僕もその後を追う。
いつの間にか照明が灯った廊下を、コツンコツンと歩く。
無機質なコンクリート。閉塞感。鉄の匂い。
その先に、螺旋階段。
スズメさんの背中が、階段を静かに登っていく。
僕も、続く。
カン、カン、カン…
金属の階段が、ふたりの足音だけを反響させる。
上りきった先に、一つだけぽつんとドアがあった。
スズメさんがドアノブをひねる。中へ。
倉庫のような部屋だった。掃除道具、段ボール、ホコリのにおい。
「スズメさん…ここって……?」
「…」
答えはない。ただ、沈黙が返ってきた。重たい無言の圧力。
「アンタ…。」
「はい!」
「面のない状態で、私のこと“ツバメ”って呼ばないで。」
「えっ…。じゃ、じゃあなんて呼べば?」
「………藤代。」
「藤代…さん…。」
「わかったら喋んないで。」
藤代って、ツバメさんの本名なのかな?
そう考えていると、彼女はフードを外し、仮面を取った。
僕の呼吸が止まる。
綺麗な目をした、可愛らしい少女の顔がそこにはあった。
「なにジロジロ見てんの?キモいんだけど。」
「あ…すみません。」
僕はうつむき、彼女は無言で前に歩く。
別の扉を開け、通路に出た。
扉の先は、少し狭い通路であった。
そこには3つのドア。一方には男子、もう一方には女子のマークが刻まれている。そして、奥には、何も書いていないドアがある。
「荷物取ってくるから、あっち行ってて」
奥のドアを指さしながら、そう言い残して、藤代さんは女子側のドアに吸い込まれていった。
僕は指されたほうへと歩いていく。
手を伸ばし、ドアノブを回す。
「ここって――」
見覚えがあった。
赤と灰のソファ。木製の天井。
この前、修さんと来た、あのファミレスだ。
言葉にならぬ驚きに固まった、その瞬間。
バシュッ!
背中に衝撃。前に突き飛ばされ、よろける。
「邪魔」
背後に立っていたのは、制服姿のスズメさんだった。
白。純白の制服。胸元に揺れる赤いリボン。その姿は、まるで、銃口の先に咲いた花のようだった。
僕の心臓が、一瞬止まる。
「す、すみません……」
うつむく僕を置いて、彼女はそのまま扉を開け、外へと出ていく。
「あっ、待ってください!」
思わず声が漏れ、僕もまた、その後を追いかけた。




