第11話 ミサゴ
彼らが「殺し屋」だという事実を告げられた瞬間、時間は耳鳴りの中に沈み、僕はただ硬直した。
そんな中で、扉が開いた。軋む音と共に、あの男が戻ってきた。
「席を外してしまって悪かったな。」
ミサゴさんは、僕の硬直した顔を見る。
「…?どうしたんだ?」
ドバトが軽く笑って言う。
「いや〜、彼に僕たちが殺し屋だって言ったら、驚いちゃって」
ミサゴさんは僕を真っ直ぐ見つめた。
何かを確認するように、静かに僕を観察しているようだった。
「驚かせてしまって申し訳ない。だが、我々は君に危害を加えるつもりは、ない。安心してくれ。」
その言葉に、僕の背中に貼りついていた冷気が、ほんのわずかに動いた。
だが、安心という感情には程遠かった。
「君は今、とある組織から命を狙われている。その組織から守る為に君をここに連れてきたんだ。」
「………と、とある、そ、組織って、なんなんですか?」
自分の声が自分のものではないようだった。小さく、震えていた。
「………」
ミサゴは少しの沈黙を置いてから、静かに言った。
「吉田組と言われる組織だ。」
「吉田組…?」
「あぁ、簡単に言うと暴力団ってやつだな。」
暴力団、その語は現実に属しているはずなのに、僕の知っている現実には存在していなかった。ニュースや映画の中でしか見たことがない。まるで夢のようで、けれどその響きは、重く、粘ついて、離れなかった。
何故そんなものに命が狙われているのか全くもって分からなかった。
「な、なんで…。」
「それは、まだ言えない。」
それ以上は語られなかった。ドバトもそうだった。
何故か、肝心な部分になると皆、言葉を濁す。
「その件は、我々が何とかするから、君は、安心して欲しい。件が片付くまで我々が君を守ろう。」
「…は、はぁ…。」
「ただ、君には、少しここで働いてもらいたい。」
「え…」
その一言で、空気が変わった。
椅子の軋む音。スズメが勢いよく立ち上がる。
「何考えてんの!?」
鋭い声だった。彼女の怒気は本物だった。
そこにあるのは理屈ではなく、感情の温度だった。
「コイツをここに連れてくる事態、私は反対だった。しかも、ここで働かすって?バッカじゃないの!?」
ドバトがそれを軽く受け流す。
「まぁまぁ、スズメちゃんも落ち着いて〜。でも、ミサゴさん、いいんですか?彼、一応カタギじゃないんですか?」
「仕方がないだろう。我々が彼を守ると言っても、我々にも仕事がある。だったら一緒に働かす方が良いだろう。」
淡々としたやり取り。
その中に、僕の意思は一片も存在していなかった。
暫くして、落ち着いたのか両者納得したような感じになっていた。
「明日から、ここで働いてもらうらしいから〜よろしくね~。」
ドバトが急に話しかけてきた。
「はぁ…。」
何故か、僕は、この殺し屋の組織で働く事になった。
何をやらされるのか恐怖でしかなかった。
殺人の手伝い?死体の隠蔽?そんな事をやらされるのだろうか…?
「そういえば〜君って名前なんて言うの?」
「た、田中大樹です…。」
「あ~〜ね。」
ドバトが少し黙った後、
「まぁ、いいや。大樹くん、今日からよろしくね~。」
と明るい声で言った。
「大樹。君は、今日からここトリカゴのメンバーだ。よろしく頼むぞ。」
ミサゴさんの言葉に、僕は何も言い返せなかった。
僕の意思などなく、居場所が決められた。
「は、はい…。」
返事が弱々しくなる。
「それと、」
ミサゴは、最後に言葉を足した。
「今日から、スズメの家に住んでもらう」
部屋が、再び揺れたように思った。
「ええええぇぇぇ!?」「はぁぁぁぁあ!?」
驚きの声は、僕とスズメさんのものだった。




