第10話 ドバト
「カラスさん、ホンマにすんませんでした!暗くて誰か分かったんすよ…。」
大男が僕に深々と頭を下げている。どういう状況なのか、さっぱりわからなかった。
彼は、僕の事を知っている様子だった。
でも、僕は彼を知らない。初対面だ。まるで、夢を見ているようだった。
「あ、あはは〜。」
薄ら笑いを浮かべることしかできなかった。
彼の面の目がじっと僕の顔を覗き込んでくる。
「カラスさん、今日はなんで面つけてへんの───」
「まぁまぁ、いいじゃんそんな事さ!」
割り込むように鳩の面を被った男──鳩男が声を上げ、大男の言葉を遮った。
「そんなことよりさ、イカル君は、どうしてここに?」
「え?いや〜、仕事終わったんでミサゴさんに報告がてら来たんですわ。」
そのときだった。部屋の奥──白い鷹のような面を被った男が、口を開いた。
「なるほど。では、私とイカルは、私の部屋に向かうので、他の物は、待機しておくように。」
そう言って、大男と一緒に部屋を後にした。
残されたのは、僕と鳩男、そして雀の面を被った女の子の三人。
静かになった部屋で、僕はようやく周囲を見渡した。
壁には高そうな絵画が整然と並び、天井には煌びやかなシャンデリアが幾つも吊るされている。
広さはおよそ50畳。部屋の中心には円卓がどっしりと構えられていて、まるで高級ホテルの会議室のようだった。
次に、彼らの衣服に目をやった。
さっきの男たちも含め、彼らは皆、同じ装いをしていた。まるで無言の同意に従うように──黒一色のパーカーのような外套を身にまとい、誰ひとりとして例外なく、深々とフードを被っていた。
「………。」
雀の女の子に声をかけたい。でも鳩男がいる。なんとなく、それだけで気が引けてしまった。
「ごめんね〜。手荒な真似をして。」
突然、鳩男が僕に話しかけてきた。
「あ、いや。」
「全く起きなかったから、ベッドで寝かしてたら、ミサゴさんに呼ばれちゃって〜。」
「ミサゴ……さっきの、白い面の人……ですか?」
「そうそう。あ、自己紹介がまだだったね。僕はドバト。で、そこにいる彼女はスズメ。よろしくね」
「は、はい……」
彼女は、テーブルに肘をつきながらこっちを見ていた。
「突然で、混乱してるよね〜。サンタに現金請求された子供みたいな顔してるもん。」
耐え切れず、僕は声を絞り出した。
「あ…あの、何で僕をここに…。」
「え?言ったでしょ?『助ける為』だって。」
「……。僕の家に来たあの男の人って誰なんですか…?」
あの記憶が頭をよぎる。血のにじんだ手の感覚。
「あ~。……君は、危ない組織に命を狙われてて、君の家に来たのは、その組織の組員。」
「……え?」
言葉の意味が理解できなかった。命を、狙われてる……?
僕は、誰かに恨まれるようなことをした覚えがない。外にもあまり出ないし、ネットで誰かを煽ったこともない。なにも、思い当たる節がなかった。
「な、なんで...」
「う〜〜ん……言えないかな!」
ドバトは冗談のように言って笑った。でも僕には笑えなかった。
「でも安心して。ここは安全だからさ」
「……」
まるで逆だ。安心感など欠片もなく、不安だけが、じわじわと胸を満たしていく。
「僕達は、裏の世界の話だから、表の世界にいる君は、気にしなくてもいいよ。僕たちが片付けておくから。」
「か、片付けるって…?」
「言葉通りの意味だよ。」
「え?」
「だって、僕ら殺し屋だもん。」
「え…。」
「まぁ、取り敢えず─────」
固まる僕を尻目にドバトは、どこか芝居がかった仕草で一礼した。
「ようこそ、殺し屋会社トリカゴへ」
僕は、いったいこれからどうなってしまうのだろう。




