7話 「価値」
視点がリーフよりの話です。
踊るシェグレは美しい。そんな言葉はありきたりすぎるけれど、この光景を表す言葉を見つけ出せずにいる。だか、ただ美しいだけでそれ以外の何でもない。出会ってたった数日。君にとって僕は…どんな存在になれるのだろう。僕にとって君は…何になり得るのだろう。
シェグレと出会った満月の夜。面倒な人間に通せんぼされてひどく煩わしかったのを覚えている。
<おい!!!おっさんら!そんな弱っちいのなんか相手してんな。みっともねぇなぁ?俺と遊んでくれよ!>
目の前に現れた少年の瞳はひどく淋しそうで、でも孤独が故に強い意志を宿していた。空のような海のような揺蕩う瞳が印象的だった。この人間を満たすのが全て僕であればいい。そう思った。
竜の一族は16歳になると伴侶を探す旅に出る。竜の血を引くもの同士では持っている力が反発してしまい、惹かれ合うことは稀である。そのため、他種族の生物から自身の心が選ぶ伴侶を見つける。否、見つけなければいけない。竜の本能は守護と攻撃。守るものが居なければ、やがて理性を失い、本能のまま暴れる獣となる。僕の旅は7年続いた。戦闘本能にのみ込まれる感覚が徐々に全身を蝕んでいくことに快楽と狂気を覚えながら世界各地を旅して回り、諦めかけたときに出会ったのがシェグレだった。
今まで出会ったなかで、僕を気に入ってくれた人は沢山いたが、僕が気に入った人はいなかった。シェグレの何かが、シェグレだけが僕の琴線に触れたのだ。
君は僕の心、魂が選んだ伴侶。でも、僕にとって君の何が特別なのかわからない。
どうしてこんなにも君を独占したいのかわからない。
僕にとって君は未だに魂が選んだ伴侶、ただその事実だけ___。
シェグレは神聖なる聖堂で耽美に踊る。この場に最もふさわしくない”人を誑かすための舞”である。欲に溺れるように、誘うように、ただ一人を落とすために。しかし、シェグレを見るリーフの目は冷めていた。淡々と目の前の事象を確認するためだけにシェグレを見ていた。
「っ!」
シェグレは悔しかった。自分の踊りに何も感じない者が一定数いることは理解していたが、仮にも自分を伴侶にと望む酔狂な男の冷めた目が耐えられなかった。踊るうえで大切なことは自分に酔うことではなく、相手が惚れた自分の踊りに酔うことなのだ。
シェグレは踊りをピタッとやめた。シャン…と金属の余韻が聖堂に響き渡る中、目の前のリーフを見据えた。
「この踊りに価値はない。」
「…どうしたんだい?」
「お前、今何を考えてた?」
「…何も?」
「…。」
シェグレは無言でリーフのもとへ歩きだす。シェグレは目の前の男の胸に手をそっと沿わせた。鼓動は跳ねてもいない。この男からは高揚も興奮も何も感じられない。
「じゃあ、お前は何を感じた?」
「…。」
「何も感じなかったなら、俺の踊りは価値がなかったことになるだけだ。」
「…君は踊ることが好き?」
「…あぁ。」
「どうして好きなことが無価値になるんだい?」
「…お前は俺の踊りにどんな価値を見出した?踊りは人に影響を与えてこそ価値がある。俺にとって価値あるものを、人にとっても価値あるものと認めさせるにはそれしかない。」
「…じゃあ、君の価値は人に左右されるものなの?」
「俺にとっての俺の価値は俺が決めるが、お前にとっての俺の価値はお前が決めることだ。後はできる限り価値があると思わせられるように足掻くだけだ。」
「…君にとって僕はどう見えてる?」
「はぁ?」
「君は僕に価値を感じてる?」
「…。お前のこと何も知らないままじゃ、何もわからない。」
リーフは驚いた。今まで、リーフの外見を褒めるもの、竜の末裔という血に価値を見出すもの、強さに憧れるもの、優しさに惚れるもの、体にうつつを抜かすもの、数えれば切りがない出会いと別れを繰り返してきた。その中のどれでもない回答に何故か嬉しさを感じた。
「…俺の顔は整っていると思わない?優しいし、それに強いよ?君を守ってあげられる。」
「優しいかは甚だ疑問だが、別に守ってもくれなくていい。お前の顔は確かにきれいだか、美しいものを愛でたいなら別にお前の顔じゃなくていい。」
リーフは自分でも意地が悪いと思える問いかけをしたが、シェグレは反論した。
「じゃあ、僕のこと知ったら答えてくれる?」
「知らねぇよ。無価値だったらそう答えるし、あったらあったで答えてやるよ。」
リーフは歓喜した。上辺だけではない、知ったつもりになったわけでもない。警戒心の高さ故か、意志の強さの表れか、とれとも排他的ではない強さのおかげか、本当の意味でリーフを見ようとするシェグレの青い瞳に溺れた瞬間だった。
「…みがいい。」
「は?」
「僕に価値をつけるなら君がいい。」
「はぁ???」
「君が僕の価値を決めてくれ…そしたら僕は何者かになれる気がするんだ。」
「っ!?」
リーフはシェグレを抱き上げ、そして深く口づけた。シェグレの抵抗でさえも愛おしく感じたのだった。