2話 「血濡れの満月」
目の前の光景を満月が照らし出した。夜空に浮かぶ月と同じくらい白い肌に白銀の髪をもつ男は、怪しげな紫の瞳をゆっくりと細め、体と頭が綺麗に分かれた3つの死体の中で、血で汚れた剣をはらい、綺麗な所作で鞘に納める。
「あーあ。汚れちゃった…。君にもかかっちゃったかな?ごめんね?」
泥遊びをした後の無邪気な子供のように笑った男がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「…っ!」
シェグレは逃げようとしたが、逃げられなかった。足が動かなかったのだ。絵画にも見える血濡れの光景に棒立ちするしかなかった。
「…そんなに警戒しないでいいよ?それにしても、君は何だか…綺麗だね?」
白く武骨な指先がシェグレの顔に纏わりついた血を拭った。どうにかして逃げようとゆっくりと足を後ろに引いたシェグレをじっくりと観察する男が怪しげに笑った
「うーん、すごく君な気がする。君を僕の花嫁にしてあげるよ。」
意味が分からないことを言われ、腰を引かれたシェグレは相手から逃れるように手で体を押し返した。しかし相手の力が強すぎる。状況は最悪だった。
「…みて、わかるだろうが…俺は男だ。」
「そうだね?」
「…はなせ…!?」
「君が逃げないなら、いいよ?」
「…逃げたら?」
「…うーん。どうなると思う?」
シェグレを強く拘束する男は顔をぐっと近づけて微笑みかけて来た。ぞっとするほど美しいアメジストの眼がこちらを捉える。
「っ!?はなせ!!!」
己の血がすべて引いていく音がした。この男は危険だと全身で覚える。
「まぁまぁ。落ち着いて。大丈夫だから…大人しくしないと、落としちゃうよ?」
「はぁっ!?」
男はシェグレを横抱きにし、ありえない速度で飛び上がった。眼下には先程まで足をついていた街並みが見えた。高所に恐怖心を掴まれたシェグレの体は意識を手放そうとする。
「あれ?高いところ苦手だったのかな?…おやすみ。」
最後に聞こえたのは男の優しい声だった…。