11話 「時間」
「シェグレ、今宵起こる何もかもが本当に嫌になったらこの聖堂から出るんだよ。僕のことは蹴っても殴っても刺してもいいからね。はいこれ。」
銀色のナイフがリーフの手からシェグレに差し渡された。踊り続けた二人は結局シェグレの限界という鶴の一声で終止符を打ち、聖堂の真ん中で日付が変わるのを待っていた。そろそろ、満月が煌々と夜空の頂点に君臨し、全てを明るみにする頃だろう。
「…何のつもりだ。お前を殺せってか?」
「…さぁね。」
リーフは穏やかに笑い、うつむくように目を逸らした。
「またかよっ!おい!ちゃんと説明するっていった…!?」
うつむいたリーフの顔を無理やりのぞき込むようにして顔を近づけたシェグレだったが、リーフの瞳を見た瞬間に血の気が引いた。
初めて出会ったころと同じ、温度のない…美しく輝くアメジストのような瞳…。初めて見たときと異なるのは、温度はないが狙いの定まった縦長の瞳孔だった。
「お…まえ、意識はあるのか?」
「さぁね。ただすごく気分がいいよ。竜の本質は守護と攻撃。守るものがなければ…伴侶を得られなければ、殺戮衝動に飲まれていき、やがて30年も生きれずに自滅するんだ。満月の夜は殺戮衝動が一番高まるんだ…。君は僕が怖いかい?」
「…なんで…そんな重要なこと隠して…」
「文字通り、僕は君が居なければ生きていけない。愚かな生き物だよね…。」
「伴侶は俺だって、見つけたって勝手に言ってただろ?見つけたのに何で…?」
「君の心は僕のものかい?」
「…は?」
「僕の心が、君は僕のことを一番に思っているという確証を得なければ、守護には転じない。竜は案外、現金でね。自分を大切にしない者を守ることはないんだよ。たとえ、それがどれ程最愛の人でもね。」
「満月の夜には、儀式をするんだ。最愛の人を生かすか殺すかの儀式…僕のこと嫌いな君なんていらないから。」
「…狂ってる…。」
「…そうだね。もしかしたら僕たちは元から狂ってるのかも。」
リーフがシェグレの肩を押し、覆いかぶさった。リーフにとってシェグレの抵抗など無意味に等しいが、初めから抵抗する気もなかった。
「ここで…俺を抱くのか?」
「…そういう奴もいる。でも僕はそれじゃ足りない。」
「じゃあ、何がお望みだよ。」
「…でもわからない。自分の満たし方も、わからないや。ねぇ、踊ること好き?」
「好きだ。踊りは俺の生きる意味…。踊れない人生は無価値も同然だ。」
「僕のために全て捨てられる?君の生きる意味を全て僕にできる?無理なら、手足も切ってしまおうか…何もしなくていいよ。僕が全部やってあげる。ただずっと側に居て欲しい…」
リーフは迷子の様にシェグレに縋りついた。こんなおかしな自分から逃げないように力強く抱き着いた。
「…俺の青い瞳は好きか?」
「…もちろん、青い色って少し苦手だったけどね。君の色は綺麗だ。」
「俺は嫌いだったよ…。手足はだめだ。お前を俺の生きる意味にしたって、踊りは趣味みたいなもんだし、やめたら退屈で死んじゃいそうだ。でも、目ならくれてやる。」
「え…。」
「目が悪きゃ、俺は人に頼って生活を送らざるを得ない。踊るのだって、お前に頼らなきゃ無理になるだろうな…。でも、お前がずっと側に居るって言うなら目ぐらいくれてやるよ。」
「…なんで?」
「知ってるか?青い目をもつ人間は珍しいし、大層怖がられるんだ。それほど綺麗なんだとよ。俺の目をまじまじと見る人間なんざ一人もいなかったよ。だから、気が付かなかったんだ。母さんが俺の目を見ない本当の理由…。」
「シェグレ…」
「お前は俺の目をよく美しいって言ったな。身に着ける宝石だって、青いものばっかになった。…俺と目が合うときはいつも心底嬉しいって顔してた。」
「…シェグレは僕のこと好きなの?」
「…さぁな。でもきっと愛すさ。」
「どうしてわかるの?」
「さぁ?お前に教える義理ねぇなぁ。一生かけて、俺の隣でその理由を見つけたらどうだ?勝手に攫ったからには、せいぜい最後まで面倒を見続けることだな…。捨てるなよ?俺は結構、執念深いんだ…。」
シェグレは知ってしまった。触れてしまった。リーフの弱さに、優しさに、愚かさに。そして、それらを愛おしいと思ってしまった。
『一生言うつもりはないけど、俺は不器用な愛を囁いたお前に絆されたんだ。』
「シエ…君は案外、バカだね…君の目は君が持っててこそ輝くんだから、いらないよ。」
「そうかよ。他に何がいい?手足は諦めろ。」
「…奪ってもきっと満たされないや。その代わり、毎晩一緒に居てよ。」
「…?いつだって一緒にいたじゃねぇか?そんなんでいいなら…」
そこでシェグレは、はっとした。“毎晩”とはどんな意味だろうかと。
「言ったね?君と過ごすこれからの長い時間がきっと僕たちの愛になるよ。…僕はそんな気がするんだ。」
リーフはシェグレの衣装をするりと肩から下ろしていった。シェグレは不意にリーフの肩越しに女神像と目が合った気がして、背徳感が否めない。
「ちょっ!?ま、まて。こんなとこで!?ここ一応、聖堂なんだろ!?」
「そうだね。豊穣と子孫繁栄の女神様の聖堂だね。女神様の祝福のもと、たくさんしよっか。」
「ふ、ふざけんな!ここではやめろ、変態!!!」
銀のナイフは二人に忘れ去られたように横たわっている。戦いも何も別に好きではないが、シェグレは誓った。今宵の攻防戦の勝者も必ず自分でなければと…。
あと残り一話で完結となります。