10話 「誰が為」
リーフ視点です
空よりも深い青の瞳がこちらを探るように見つめている。二人の体の間には少しの隙間もない。
『シェグレ…君は知らないんだね。僕がどれ程、己の本性を抑えているか…』
リーフは自分がどこか欠けていることを知っている。それはふと思い出したように気付くような小さな綻び。だが、決して何をしても埋まらない。知らないのだ…愛し方を…。
死んだ母を求めて父親が崖から飛び降りたのはよく晴れた日だった。青い空がこちらをあざ笑っている気がして、子供ながらにひどい不安感を覚えたことがある。それから、青はあまり好きな色ではなくなった。
目の前のシェグレは指先を僕の体に沿わせては離し、手を取り欲望を掻き立てては、するりと抜ける。こちらの欲を引き出し、後はお預け状態だ。勝手に期待が高まる自身の体はまるで制御が利かない。
「知らなかったよ。シエがこんな煽情的な舞もできるなんて…。」
「そうだろうな。母さんに教わったが、人前でこんな舞をやる気にはならなかった。」
「…じゃあ、どうして?確かに、誇り高そうな君が良く思わない舞というのも納得だよ。だって、こんな姿を誰かに見せるなんて正気の沙汰ではないからね。」
「この舞の由縁を教えてやろうか?」
「?」
「舞の演目一つ一つには、きちんとルーツがある。恋敵を倒すためだったり、最愛の人へ贈る舞だったり、大好きな片思いの人間へ贈る最後の舞だったり、愛してしてはいけない奴を愛してしまった激情の舞だったり…」
「じゃあ、この舞にはどんな意味が隠されているのかな?」
「…これは心を誰かにあずけちまった最愛の夫へ贈る復習の舞だ。」
「…?そういう風には見えないけどな?その身を使ってこんなに媚びているのに?」
「“愛してるって言ったのはどっちからだったかしら”」
「シェグレ?」
「“この媚びに落ちたのは貴方でしょ?愛してるって今更言っても信じないわ、大好きで大嫌いな貴方。最後に一つ聞かせて?私の体はどうだった?”」
「…っ!?」
シェグレの青い瞳は空を連想させる綺麗な色だ。自分の愚かさを見透かされているようで落ち着かない。どれほど体が大きくなろうが、僕の心は貧しいままだった。君じゃなきゃ嫌だと言えるのに、いざ手にすればどう扱えばいいか分からない。失うのが怖いなんて感情知らなかった。やがて失うくらいなら、手に入れたくなかった。父の様にはなりなくない。でもきっと、君を愛したら父のような無様な男になり果てる。そんな僕を君は許してくれるかな。信じきれない。…結局僕はいつだって小心者なんだ。
「おい、リーフ聞かせろよ!お前の最愛とかいう俺に何か隠してんだろ?」
シェグレの心は空の様に様々な色を移し、そして最後には…綺麗に晴れる____。
「あぁ…そうか、僕はね…きっと君の強さに惚れたんだ…。」
「はぁ!?普通にお前の方が強いだろうが…てか話逸らすなよ。」
「いいよ。君が知りたいと言ってくれた秘密を明かすよ。だから…日付が変わるまでここで躍りあかそうか!」
「意味わかんねぇが…望むところだ!舞で俺に挑むとは、いい度胸だな…。」
シェグレと初めて会った日は満月の夜だった。満月が照らすシェグレの瞳は美しい空の色で、僕を見た途端に面倒くさそうな顔をして…でもその後、僕を助けるという覚悟を映した青い瞳が何よりも綺麗だったんだ。