それぞれの思いと、バイエルから届いた釣書
披露宴が終わった後、使用人たちが慌ただしく片付けをする中、その指揮を執るロマンは考え込んでいた。昨夜見た青年はイリス様の分身のようだった。兄妹でもあんなに似るものだろうか。
ロマンは、全て料理をベースに考える。
料理を提供する相手の好み、体調、気分、料理素材との相性などを推し量って料理に取り組む。そして、料理の食べ方や反応で、満足度を測る。
つまり人の見方が一般とは違うのだ。
その彼から見ると、カーンはイリス様と同一人物に思える。だが、目に見える姿はどう見ても男性で、別人だ。
そして、隣国の王子とは、非常に親しいようだ。人参が苦手なのを知っているほどに。公爵の庶子として、今まで存在を隠されていたにもかかわらずだ。
ロマンは決めた。後で聞いてみよう。答えてもらえるかは分からないが。
◇◇◇
王宮の一室。王と王妃、王子が着替えを終えて、少しくつろいだ服装で集まっていた。
お茶を出している侍女が下がると、部屋の隅に侍女の服装で控えるアイラを、王が呼んだ。
「先ほどは、ミカエル君のプロポーズにショックを受けたのだが、そんな自分に驚いた。あの時アイラが割り込んだのは、意味があるのだろう?」
「もちろんです。ミカエル君はまだ5歳ですが、あの時は男の目をしていました。だから驚いたのでしょうね」
そう言われて王一家は納得した。小さい体と不釣り合いな、熱のこもった真剣な目だった。他の人々は彼の後ろにいたから見ておらず、皆が気付く前にアイラが割り込んで、ムードを変えてしまった。
「咄嗟に体が動きました。ミカエル君に嫌われても仕方ないです」
エドワードを見ると、焦った目で見つめ返された。
「イリスは、ああいった求婚をよく受けているのか?」
「いいえ。ご存じのように17歳までエドワード様一筋、その後、今まで引きこもっていましたから皆無です。今回が初めてでしょう」
エドワードは、納得と焦燥の表情を浮かべた。
「今日の様子を見て気付かれたと思いますが、本来釣り書きが天井まで積まれてもおかしくないご令嬢なのですよ」
「それは十分に分かっているつもりだった。先ほど目の前で彼女にプロポーズする者が現れ、イリスは自分のものだという自惚れに気付かされたよ」
エドワードはそう言い、沈み込んだ表情になった。可哀そうだが、事実を伝えなければ後悔することになるだろうと、アイラは続けた。
「しかも、二人の庶子を世間にお披露目したからには、公爵家を継がずに、嫁に行く可能性も出できました。ライバルは倍増するでしょう。外国の王族も手を伸ばしてくるでしょうね」
まだ帰国して2カ月にもならないと、のんびり構えていたのが間違いだ。その意味ではエドワード殿下はミカエル君に感謝しないといけない。
「イリスはこの先のことを、どう考えているんだろう。アイラは何か聞いているか?」
「幸い何も考えていません。今はバイエルとの戦いのことに集中しています。今の内ですよ」
そう言われても、という様子のエドワードにアイラが畳み掛けた。
「本気で口説いてください。5歳のミカエル君でもできるのだから、17歳の殿下にもできます」
本当はミカエル君が特別なのだ。だが、利用させていただく。彼は本当に素晴らしくいい男になるだろうと思うので、すごく惜しいのだが。
聞いていた王妃様が、素の感想をポロッとこぼした。
「私も、グッときたもの。あの子、凄いわね」
王妃様、ここでそれを言っては駄目ですと、アイラは心の中で突っ込んだ。この人達はまだ認識が甘いとアイラは踏んだ。
「非公式な話ですが、ロブラールの王妃もエドワード殿下とイリス様の婚姻を期待しています。それは友好国が強くなることを望むからです。イリス様は美しいだけでなく、軍事面でも力があります。王に何かあっても軍を率いることのできる王妃。欲しくありませんか」
王が、ぜひとも欲しいと力んだ。
「そして、美しく賢く、かつ強い子供たちが期待できます。男であっても女であっても」
その言葉に王妃様が真剣な顔になった。
「今まで隠していた、美しさと強さを披露したわけです。どの国も未婚の王子がいれば欲しいに決まっています。違いますか」
これにビクッとしたのはエドワードだった。やっと三人共正しい状況認識に至ったようだ。
「私もエドワード殿下とイリス様が結ばれることを強く望んでいます。覚えて置いてくださいね」
そう言い置いて、アイラは秘密の通路を利用して下がった。その通路を使うのは久しぶりだった。王宮で侍女をしているときには、よく使っていたので懐かしい。
着替えて廊下を歩いているとき、侍従が釣書らしき物を持って、執務室に向かうのとすれ違った。エドワード殿下も、十分すぎるほどのハイスペックな男性なのだ。
ただイリス様との最初の関係が弟で、それを変える前にシモン様の事件が起きてしまった。運が悪かったと言えるだろう。
アイラは自分ができることはやったので、満足し足取りも軽く王宮を後にした。
◇◇◇
それから暫くは静かな日々が過ぎていった。ルーザー達は2週間の新婚旅行に出かけたし、ロブラールからのお客様達は十分に満足して帰国した。
ミカエル君は相変わらず可愛いし、イリスが大好きだけど、結婚式の時のような迫力で迫ることもなかった。
やっと落ち着きが戻って来た頃に、それはやってきた。
緑色と銀の縁取りの立派な封書が、バイエルの外交官の手によってブルーネル公爵家に届けられた。
「ぜひ、前向きにお考えいただきたい」
外交官は、これまでの経緯を知っているのかどうか、全く掴めない愛想の良さでそう言った。
そして自国の王太子である、アダム・グレインの美点を挙げていく。
ブルーネル公爵は微笑を絶やさず、適度に相槌を打った。
正直なところ、本人がどれだけ素晴らしかろうが、どうでも良いのだ。敵としての情報収集と捉えていたので、趣味や特技などを、熱心に聞いておいた。
こちらが乗り気だと見たのか、外交官氏の話に弾みがついていった。
「アダム殿下はまだ婚約者を決めていないのですか? 何か事情でもお有りなのでしょうか」
すると、外交官氏は少し口ごもってから答えてくれた。
「実は最近まで婚約者がいたのですが、お相手の令嬢が病弱で解消を申し出てきたのです。残念なことですが、王太子妃としての責務には耐えられないと思ったようです」
「はあ、それはお気の毒な」
「まあ、そのおかげで今回のご縁が生じたわけです。これは運命的な展開かもしれませんね」
ブルーネル公爵は、心から楽しそうに笑った。馬鹿馬鹿しすぎて笑いが堪えられなかったのだ。
ますます、乗り気と見た外交官氏は、こちらも嬉しそうにアダム殿下の宣伝をして帰って行った。
すみません。今日の分もアップの日付けを設定ミスしていました。
時間がずれての投稿になります。