模擬戦
公爵令嬢イリスをめぐるトラブル : シャノワール・王妃様の相談所 の続編です。
前作の第3章を読めば、大体話の流れが分かると思います。第3章は男装したイリス(イクリス)が敵国のバイエルに潜伏して活躍する章です。
真っ青い空。
爽やかな風、そして硝煙の匂い。
イリスは前方のボウガン部隊を下げ、工作部隊に合図をした。
中間地点で起こした数回の爆発と、打ちかかっては逃げての誘導で、敵の主力部隊を本陣から切り離し、狙った場所に追い込む。
腕を振り下ろすと、あらかじめ仕掛けさせておいた爆薬が引火し、辺りは大きな爆発音と煙に取り巻かれた。敵の部隊は乱れに乱れている。
待機していた騎士達に、槍と盾を構えての突入を命じる。
一本の槍のようにまっすぐ、敵の本陣深く突入するよう命じてある。
周辺の兵は、後ろから追いかけるボウガン部隊と、歩兵で討ち取っていく。しばらくすると、敵陣営内が混乱し、叫び声が響き渡った。
「イリス様、陣を移動させますか」
風向きが変わり、こちらの陣にも埃や煙が流れてきたのを危惧して、アイラが問いかける。
「エドワードと一緒に移動して。その後、突入部隊と一緒に飛び込んで行った、ミラとカイルを引っ張ってきてちょうだい。あの二人、深く入り込みすぎだわ」
アイラが走り去った後、その場に兵士を集め、周囲に警戒させた。
しばらくすると、態勢を立て直した一群が予想通りに攻め込んで来た。
迎え撃つ素振りをしながら、陣を移動した本隊の方に誘導し、包み込んで討ち取らせる。
これでだいぶ敵の数が減った。
イリスが勝てると確信し、拳を握ったその時、煙の中から大きな人影が馬とともに躍り出てきた。
ルーザーだ。その他十騎程を従えている。
「司令官殿がこんなところまで出張るとは、そちらの軍は壊滅状態ってことね」
「お見事ですね、イリス様。だが、まだ終わりじゃない。王は生きている」
後は無言で睨み合った。
まともに剣を交えたら勝てない。周囲に居る兵は無駄死にだ。
この窮地を救うためには……
考えを巡らせるイリスの目は、二つの動きを察知した。ルーザーに気付かれないよう、視線を隠してすばやく確認した。
一つは自陣のエドワード。こちらの救援に駆けつけるつもりのようだ。
アイラ、ぶん殴ってでも止めてちょうだいよ、とイリスは心の中で念じた。
もう一つは、ミラとカイルだ。敵陣営方向から、こちらに向かっている。
馬を奪ったらしく、素晴らしい勢いで駆けて来る。
ミラが縄のような物を高く掲げた。
イリスは表情を変えないよう注意して、ルーザーに向き合った。
「その王を放ってきたの? 危険な策じゃないかしら」
「それは大丈夫ですよ。そんなことはしない」
その言葉の意味を考える間も与えずに、ルーザーが打ちかかってきた。
イリスの周囲を守る兵たちが次々に倒されていく。どうしようもない。
遂に、ルーザーがイリスに向かってきた。
「イリス様。お覚悟を」
剣を振りかぶったルーザーは、次の瞬間、網に囚われていた。
そのまま、ドサッと落馬する。
ミラがはあはあしながらも、笑っている。
助かったが、彼らの今までの行動は、命令違反すれすれだ。罰則と報償で相殺かなと、イリスはため息を付いた。
その時、ルーザーの後ろにいた一騎がイリスに駆け寄り、剣を振りかざした。
イリスはその剣をかろうじて受け止めたものの、勢いに押されて、剣をはじき飛ばされてしまった。しかし相手の騎士も、馬が驚いて立ち上がったため、剣を放りだして落馬することになった。
襲撃者はゼノンだった。馬から降りて向き合い、イリスが声を掛けた。
「王自らが戦うのですか?」
「兵がいなければ、そうなるな」
フッと笑い、イリスは間合いを取った。
防具をかなぐり捨て、素手で向かい合う。こういうのは、十三歳が最後で、それ以来だった。
他の騎士も馬を降りた。そのうち二人は、ゼノンの弟のテリーとノエルのようだ。敵陣の残りの主力で、斬り込んできたのだろう。
従弟たちは昔と同じように、二人から離れて座り、応援の態勢だ。その他の騎士達が、どうしようかというようにキョロキョロしている。
イリスは思わず吹き出してしまった。それを見て、ゼノンが怒鳴った。
「応援しているんじゃない。もうガキじゃないだろう。お前らも戦え、馬鹿者」
兄に叱り飛ばされ、従弟達は慌てて剣を手に立ち上がった。彼らも大きくなったな、とイリスは微笑ましく思う。
ゼノンがイリスを掴もうと、間合いを詰めてくる。力では敵わないから、掴まれたらお終いだ。相手より身軽な事が利点なので、それを生かして体勢を崩させ、関節技を仕掛けたい。こっちからも踏み込んで隙を探ってみる。
しばらく向かい合って観察すると、左脇に隙ができる癖が変わっていないのが見て取れた。
イリスはわざと隙を作ってみせ、攻撃を誘うと見事に飛び込んできた。
足払いをかけて体勢を崩すと、腕をギシッと決めた。ロブラールでの二年間、ミラと毎日行った訓練のたまものだ。
わーッと歓声が上がった。
エドワードが王、イリスが司令官のレンティス軍が勝利を収めた瞬間だった。
相手側のロブラール軍はゼノンが王で、ルーザーが司令官だ。
今回のレンティスとロブラールの合同訓練は、模擬戦形式で行われている。
剣は刃引きした訓練用の物、ボウガンの矢は先に矢尻ではなく塗料がつけられている。どちらも当たったら死亡とされる。
爆薬も威力が弱いもの限定で、ミラは音だけ増幅させるよう改良したと言っていた。
今回の訓練では、数合わせと諸々の事情から、ルーザーとケビンを相手側に貸し出している。
諸々の内の一つは、一度敵味方に分かれて戦ってみたいと、ブルーシャドウのメンバーが言い出したせいだ。
またロブラール側は、若手の騎士達を率いて来ている。そのため、ロブラールで訓練教官をしていたルーザーに、司令官を頼んできていたのだ。
レンティス軍の司令官がイリスに決まったのは、もう少し色々な理由がある。
誘拐事件の時の采配を認められたこと、ゼノンがイリスと戦いたいと言い出したこと、ブルーネル公爵が、イリスの能力を周囲に披露する、と決めた事による。
誘拐事件を知る者は少ないし、今までは公爵の方針で、イリスの能力を隠していたので、なぜイリスがといぶかしがる者が多かったが、対戦の様子を見て皆が驚いていた。
イリスは、ブルーシャドウの提案は、明日結婚式のルーザーに、花を持たせる意図かと思っていた。
だが、全く違ったようだ。生け捕りにしたルーザーを、先ほどから、からかって遊んでいる。
応援席にいるルイス嬢の手前、少し態度をあたらめさせようと、そちらに向かった。
「イリス、大丈夫か。怪我は無い?」
エドワードが心配そうに話しかけてきた。イリスは叱り飛ばしたいところをぐっと抑えて、お礼を言っておいた。それから模擬戦の終了式に向けて兵をまとめにかかった。
「捕虜と死亡者とで分けて並んで。ゼノン王太子殿下、あなたは死亡者の方に行って。弟達に当たらないでよ。相変わらずね」
一番手が掛かるのは、やはり昔からのケンカ相手のゼノンだった。
そこにカイルが近寄ってきた。ルーザーをからかうのに飽きたのだろう。
「ルーザーは生け捕りにしましたよ。明日の花婿に傷をつけるなという厳命に、ちゃんと従いました」
ミラも寄ってきた。
「本気でやりあったら、かすり傷くらいは覚悟しないといけないし、対策したんですよ。ライオンの生け捕り用の網」
二人とも褒めてもらう気満々で、あまりに無邪気な顔をしているので笑ってしまい、結局褒めることになってしまった。
模擬戦終了の挨拶をレンティス王が行い、勝利したレンティス軍を称え、最優秀戦士として、イリスの名を呼んだ。
「司令官としての采配、軍師としての作戦共に見事だった。加えて戦闘能力も際立っている。イリス嬢に褒賞を与える」
そう言って、男物の胸飾りをイリスに掛けてから、小声で言い訳をした。
「こんなに君が強いなんて、知らなかったんだ。後日女性用の物に取り替えよう」
「これで結構です。私は大柄な方だし、使い道がないわけでもありませんから」
王は不思議そうだったが、それ以上聞いても来なかった。
「今夜は健闘を称えて、パーティーを開くので、皆楽しみにしてくれ。話題のブルーネル公爵家のシェフが、腕を振るってくれるそうだ」
わーッと、再度歓声が上がった。
レンティス軍のメンバーが躍り上がっている。
負けて沈み込んでいたロブラール軍も、元王宮シェフの噂を聞いているのか、急に笑顔に変わった。
その場を撤収する前に、イリスはルーザーに声を掛けた。彼は、思っていた以上に落ち込んでいる様子だ。
「イリス様、猛獣みたいに網で生け捕りなんて酷いです。せめて騎士として扱ってください。ルイス嬢に合わせる顔がない」
イリスは肩をポンポンと叩いて慰めた。
「ごめんなさい。花婿に傷を負わせること厳禁、と言い渡したものだから」
そこでちょっと首を傾げた。
「面白がっているだけかもしれないけど」
「最低な奴らだ。あいつらの結婚式では、暴れてやる」
もう一度、肩をポンポンとして、明日の結婚式が穏やかなものでありますように、とイリスは祈った。
イリスが恋をして幸せになるまで続の予定。初作品なのでそれを完結として目指します。
今のところ、まだまだ難しそうです。