全然ずるくなかった。むしろ当然だった。
カロリーナには二つ年上の姉がいる。
その姉は別に家を継ぐでもない。七つ年上の兄が次期当主だからだ。
それでいてよその家に嫁ぐ風でもなく、自由に生きている。
しかも両親はそれでいいと思っているようで、ある程度の教育は受けさせているが、カロリーナとは比べるべくもない。
最低限の貴族令嬢としての教育を受け、蝶よ花よと大事にされる姉。
嫁ぐ家の家格が格上なこともあって、厳しい教育を受け、ある程度の贅沢は許されてもわがままは通らない事が多いカロリーナ。
そんなカロリーナが爆発したのは、十四歳の時だった。
「お姉さまばっかりずるいわ!私はこんなにも頑張らされているのに、お姉さまはほとんどなんにもしないでわがままばっかり!
どうして私だけ我慢しなきゃいけないの!?
お勉強だって、どれだけ頑張っても褒めてもらえないのに、お姉さまは一つできただけでものすごく褒められてるわ!
どうしてこんなに扱いが違うの!?不公平よ!」
さっと両親と兄の顔色が蒼白になる。
姉、リラティアはというと、面白そうな顔で扇子をすっと動かす。
続けろ、の意だとわかり、ますます頭に血が上った。
「私は格上の家に嫁ぐからって朝から晩まで勉強してるのにお姉さまは結婚の話ひとつないし!
それなのにご自身で頑張るでもなく、お父様もお母さまもうるさく言わない!
私の好きなマドレーヌをおやつに出して、って言っても、お姉さまの好きなクッキーばっかり!
食事だってそう!お姉さまの好物ばっかり!私はもっと味が薄いのが好きなのに!
ドレスだって装飾品だって、お姉さまは毎月いくつも買ってもらってるのに私には半年に一度だけ!
ずるいわ!お姉さまばっかりずるい!」
ぜえぜえと、滅多に出さない大声を出したせいで乱れた息のまま、カロリーナはぎっと姉を睨む。
「お姉さまなんかいらない!大嫌いよ!」
感情を乗せた大絶叫。
しかしリラティアは堪えた様子もなく、両親を見る。
「ですって。まあ、もう飽きてきていたから頃合いね。
この十五年間楽しかったわ。
恩恵は与えていたのだから、領地は立て直したのでしょ?
じゃ、私はまた旅に出るから」
「待ってくれ、リラティア様!
まだ終わっていないんだ、この子には言い聞かせるから!
あと五年…いや、一年でもいい!」
「無理じゃない?それに、飽きたのよ。
チヤホヤされるのも悪くなかったけど、変化がない生活って嫌いなの。
じゃあね?かりそめの家族さんたち」
扇子を振ったリラティアは、虹色の光を残してその場から消滅した。
がくりと膝をつく父。顔を覆う母。蒼白な顔色のまま立ち尽くす兄。
カロリーナはわけがわからなかった。
それから、カロリーナは姉がどういう存在だったのかを、兄から聞いた。
彼女は魔女だったのだ。
この世界で唯一魔法を扱える種族で、この世に生を受けた瞬間に独り立ちし、旅を続ける彼女らは、子供時代を知らないし、家族も知らない。
故に、どういうものか興味が沸いたのだそうで。
ちょうど、領地の経営に四苦八苦している程よい家格の貴族――この家に目をつけた。
既に跡取りがいて、次の娘も妊娠中。
兄や妹がいるなんて都合がいい。
魔女は、領地の経営を魔法で手助けする代わりに、家族ごっこをさせろと言ってきた。
娘として扱えばそれでいい。
長くとも十八歳になる程度の年齢で出ていく、と。
両親は受け入れた。
魔女の扱う魔法は魅力的だった。
魔女の魔法は土壌さえ変え、治水にさえ影響を与える。
天候さえ操るのだから、数年続いた冷害で困窮した領地を救ってもらえるのは確実だと言えた。
思った通りで、二歳児の姿に化けようとも魔女は約束通り領地を繁栄へと導いた。
不自然にも発見されたルビーの鉱脈だとか、農作物の連続的な豊作だとかで、家は豊かになった。
故に、機嫌を損ねぬよう、家族として成立する程度に機嫌を取る行為を続けた。
兄にはある程度育ったところで説明した。
しかし、カロリーナは外に嫁ぐのだ。
よその家でちらとでも話をされたら、と思うと怖くて話すことが出来なかったのだ。
結果。
カロリーナから見た魔女、リラティアは、異常なまでの厚遇を受けながら当然とするような、傲慢な姉に見えてしまったのだ。
愕然とし、その場に崩れ落ちる妹に、兄は疲れた顔で笑う。
「幸い、ルビー鉱脈から採ったものは、きちんと保管してあるし、鉱脈もまだ枯れてはいない。
土壌や治水も、リラティア様は一時しのぎじゃないと言ってくれていた。
だからこの家は以前に比べれば随分豊かなままでいられる。
だからカロリーナはそこまで気に病む必要はないよ」
しかしカロリーナは、リラティアをほうっておけば、まだ数年はリラティアによる恩恵があったという事実に押しつぶされてしまった。
いくらリラティアがヒトとは違う種族とはいえ、契約時期が終わったからすぐ出ていくということもないだろうし、円満終了したのなら恩義を感じて何かしらしてくれた可能性だって高いのだ。
それを、リラティアは追い出したに等しい。
大嫌いな姉だった。
けれど、それは羨ましさが前提にあったもので。
平等に扱ってくれるのなら、いずれその感情は消えるはずだった。
そのために糾弾したのに、結果はこれだ。
カロリーナはただ、己の仕出かした結果を嘆くことしか出来なかった。
さて、リラティアはといえば。
豪奢なドレスや靴は滞在していた家に魔法で送り返し、元々のワンピースとローブ、ブーツといった動きやすい服装に着替えていた。
最後の仕上げに、と、領地のいい感じのところにダイヤがそれなりに生えた鉱脈を二つ作った。
いつか見つけるだろう。
見つけられる位置に作ったのだから。
リラティアなりの恩返しである。
別にカロリーナは嫌いではなかった。
じっとりした目つきの娘で、明確にこちらを羨望の目で見てきていたが、姉妹の扱いの差は自覚があったのでそういうことなのだろうなと納得していた。
これも家族の醍醐味ね、と楽しんでさえいたのだ。
しかしリラティアは去年くらいから貴族令嬢ごっこに飽きていた。
家族ごっこも十分堪能したな、とも思っていた。
だから切っ掛けになってくれたことに感謝すらしている。
「さて、次は何をして遊ぼうかなあ」
リラティアはまだ若い魔女である。
好奇心の赴くままに、己の心が促すままに生きていても許される。
しばらくは隠れ家でのんびり考えて、また何か思いついたら実行しよう。
そう考えて、リラティアは隠れ家へと移動したのだった。
なんだかんだリラティアは恩義感じてたから毎年一つは宝石類の鉱脈生やしてました。
広い領地だし、一つルビー鉱脈が見つかったことで調査が停滞したのでその他の鉱脈はまだ未発見です。
最初の鉱脈が尽きた後にちょっとずつ見つけて、改めてリラティアに感謝するんじゃないですかね。